楽曲で表現したかった懐かしさを映像でも
──「色香水」のミュージックビデオは映画監督の井樫彩さんがディレクションされています(参照:神山羊×井樫彩「色香水」MV本日公開、新アー写は笹原清明が撮影)。神山さんはMVにもこだわりをお持ちですが、井樫さんとはどんなお話を?
こういう時期なので、直接お会いするのではなくZoomでお話ししたんですけど、基本的にはお任せしました。井樫さんが監督された作品は色も絵作りも本当にきれいで。僕は特に「真っ赤な星」が好きなんですけど、こんなに素敵な映像を撮る方にとやかく言う必要はないなと。あと、井樫さんはマカロニえんぴつさんの「恋人ごっこ」のMVも手がけていらっしゃって、それが今のティーン層に対してリアリティを感じさせるものだったんですよ。だから、僕が楽曲で表現したかった懐かしさをMVでも表現してくださるじゃないかという期待もありました。
──完成したMVをご覧になった感想は?
美しいです。“懐かしさ”にしても、MVをご覧になった方々がそれぞれ自分の体験とリンクできるような絵作りをしてくださっていて。それは、さっきも言ったように僕が作詞でも試みていることなので、とてもうれしいです。
自分をコントロールできない自分が作る曲
──カップリングの「生絲」も、「色香水」と同様に80年代の歌謡曲を志向していますよね?
はい。今回のシングルは2曲ともそういう意図で作りました。「生絲」はめちゃくちゃ気に入ってるんですけど、今までとはまったく違う作り方をしているんですよ。ミュージシャンからレコーディングエンジニアまで、今まで関わったことのない人たちばかりで。逆に言うといつもは固定メンバーで、僕がDTMで作ったデモの音を差し替えていく作業がレコーディングだったんです。でも今回は、僕がPCの前で音楽を作る体験をそのまま現場に持ち込んだというか、自分の脳内をフィジカル化するみたいな作り方をしています。
──なぜ普段とは違ったアプローチをしようと思ったんですか?
1つは、楽曲に熱量を込めたくて。どうしてもPCで作る音楽というのは熱が入りにくい気がしているんですよね。エモーショナルになっている自分を俯瞰している自分がいるというか、どこか他人事な感じがしちゃうというか。それは、自分をコントロールできるという意味ではいいんですけど、この曲に関してはそれを一切なくしたくて。自分をコントロールできない自分が作る曲というのを作ってみたかったんですよね。
──哀愁を帯びたクセのあるメロディのイントロからAメロにかけては淡々としてるんですけど、いつの間にか盛り上がって、サビでは踊れるぐらいになっていますよね。
そうですね。歌謡曲然とした曲にはしたかったんですけど、それだけじゃつまらないと思って。自分らしさ残すためにはどういう要素が必要か、自分らしい楽曲とはどういうものなのかというのを考えながら作りました。
──神山さんが思う「自分らしさ」とは?
まさに今おっしゃった通り、「踊れる」というのは自分らしさの1つだと思っています。やっぱりダンスミュージックが好きなので、自然と体が揺れてしまうみたいなところは絶対になくしたくない。
今までで一番リアルな自分の歌声
──「生絲」の歌詞の内容には、ひょっとしてコロナ禍の影響があります?
ありますね。いろいろと大変な状況が続いているじゃないですか。僕自身にもしんどいこととか自分では消化できないようなことがあったので、それを楽曲に残しておこうと思って。「生絲」というタイトルにしても、人と人とのつながりを歌った曲なので、「糸」じゃなくて「絲」にしたんですよ。あとボーカルに関して言えば、今まで一番脱力した状態で、声を張らずに、テンションをかけずに歌いました。めちゃくちゃ歌と向き合った結果そうなったんですけど、そういう意味では今までで一番リアルな自分の歌声だなって思います。
──先ほど「生絲」は今まで関わったことのない人たちと制作したとおっしゃいましたが、ミュージシャン選びは神山さんがなさったんですか?
そうですね。紹介してもらいながらですけど、こだわって選ばせてもらいました。
──まずベースが太いですね。
最高ですよね。ベースはすごく悩んで、どうしてもいかつい音を入れたいなと思っていたら、いかつい音を出す方が見つかって。なかむらしょーこさんという、渋谷すばるさんのサポートなどをやられている方なんですけど、すごいんですよ。もう、すごい。
──2回言いましたね。ギターとドラムはどういう基準で選んだんですか?
ギターは有賀教平さんなんですけど、めっちゃうまいんですよ。かなりテクニカルなことをやっているのに、テクニカルに聞こえないのが本当にすごい。ドラムはBrian the Sunの田中駿汰さんで、やっぱりめちゃくちゃうまくて……っていうか「すごい」とか「うまい」しか言っていないんですけど、それが基準です(笑)。
ポップスを体現するアーティストであり続けたい
──今回のシングルのアーティスト盤には、2019年のツアー「ゆめみるこどもが目覚めたら」の模様を収めたBlu-rayが付いています。1月末に神山さんはTwitterで「ライブができないから2019年のライブ映像をつけました」とおっしゃっていましたが……。
めちゃくちゃ久しぶりにCDを出させていただけて嬉しいです。
— 神山羊 - Yoh Kamiyama (@Yuki_Jouet) January 30, 2021
自分にとって大きい、意味のある一枚になりました。
たくさんの人に届いたら嬉しくて嬉しくて嬉しいです。
ライブができないから2019年のライブ映像をつけました。でも本当は早くみんなの前で歌いたいし話がしたいです。画面上じゃなくてな
そういうことですね(笑)。いやもう、ライブしたいのにできないんですもん。
──ライブをする・しない、それぞれの判断が尊重されるべきですが、神山さんがライブをできない理由は?
ライブって、体験として残るものじゃないですか。それを嫌なものにはしたくないというのが一番の理由ですね。もしライブをやって、不幸にも誰かがコロナに感染してしまったら、その誰かにとってはライブが嫌な思い出として残ってしまうかもしれない。それが悲しくて、なかなか決めきることができずにいる状態です。なのでせめてBlu-rayで……。
──前回のインタビューでも神山さんは場の共有というものを大事にされていたので、おつらいでしょうね。
つらいですね。もちろんオンラインという選択肢もあるんですけど、やっぱり僕がしたいこととは違ってくるので。例えば、去年の8月にサカナクションさんの配信ライブ(「SAKANAQUARIUM 光 ONLINE」)があったじゃないですか。あれぐらいエンタメとして完成されていて、オンラインでやることの意味や役割が明確にあるものだったら別ですよ。でも、残念ながら今の僕にそれは無理だし、自分で納得できないものはお見せできないですね。ただ、今のところライブの予定はないですが、僕のやりたいことを皆さんにお伝えする場を設けられないかと、スタッフさんと相談している最中です。
──「ライブができないから曲をたくさん作る」というアーティストもいますが、楽曲リリース面では?
曲はめちゃくちゃ作ってます。何もできない時期もあったんですけど、自分は新しい音楽を届けることしか今はできないから、そこに集中して。今回は80'sを意識しましたけど、また別のアプローチも試してみたいですし、そのへんのカメレオンみたいなところも大事にしつつ。僕は間違いなくJ-POPのアーティストであり、何をやってもいいのがポップスだと思っているので、それを体現する存在であり続けたいですね。