上白石萌音|「あの歌」を歌い、残していく意志

「勝手にしやがれ」のカバーに必要なのは“オス”成分

──ボーカル録りで一番苦戦したのはどの曲になりますか?

一番時間がかかったのは「勝手にしやがれ」ですね。何日もかけて、4回くらいチャレンジしました。あんなに気だるげに歌っているのにしっかりリズムを刻んでいるし、ちょっとニヤけて歌ってるのにめっちゃ切なかったりもするし、そこはあのカリスマ性が成せる業なんだなと痛感しましたね。選曲した時点で「この曲は挑戦だな」とは思っていましたけど、本当に難しかったです。どこまで行ききって歌うかという部分も含めて、“オス”になるのに時間がかかりましたね(笑)。

──この曲をカバーするにはオス成分が大事だったと。

上白石萌音

はい。そのためにポッケに手を突っ込んで歌いましたから。最後にはみんなで「バーボン飲むか!」って言ったりしつつ。もちろん飲まなかったですけどね(笑)。かなり低めのトーンが出た歌になったので、上白石萌音としては新しいかなと思います。

──僕は「キャンディ」がすごく好きで。原田真二さんの原曲に負けない、素敵な仕上がりになっているなと思いました。

これは原田さんのことが大好きな父からのリクエストだったんですけど、いい曲なんですよねえ。原田さんはものすごく色気があって、でもどこか少年っぽさも感じられる不思議な声をお持ちなんですよ。強いカリスマ性もあるし。なので、この曲もレコーディングはけっこう時間がかかりましたね。

──男性曲ならではの難しさもあるんですかね?

そうですね。やっぱり性別を超えることは簡単ではないというか。女性のために作られた旋律っていうものは当然あると思いますし、その逆ももちろんそうで。でも、そこをあえてひっくり返す楽しさもあるんですよ。そういった部分でのやりがいを強く感じられたレコーディングでした。

好きなものをわーって集めた感じ

──もう1枚の「あの歌-2-」には、80~90年代の楽曲が収められています。

この時代は、歌い手さんがご自身で書かれている曲が多いので、メッセージ性の強さが印象的ですよね。ジャンルや曲調に多様性があるのも魅力だと思います。こちらの選曲に関しては、けっこう自分の趣味が出たような気がしていますね。スタレビ(スターダスト☆レビュー)さんの「ブラックペッパーのたっぷりきいた私の作ったオニオンスライス」や、フィッシュマンズの「いかれたBABY」は昔からずっと大好きな曲ですし、ユーミンの曲の中から「ダンデライオン~遅咲きのたんぽぽ」を選べたこともすごくうれしくて。好きなものをわーって集めた感じです(笑)。

──でも「世界中の誰よりきっと」や「Diamonds<ダイアモンド>」といった、ド真ん中のヒット曲も入っているので、いいバランスだと思います。

最初に選曲案を出したときに「コアすぎる」「もうちょっと王道を入れたほうがいいんじゃない?」って言われたんですよ(笑)。なので、おっしゃるようにバランスを取ってこういうラインナップになった感じではあるんですけどね。どっぷりコアなものはまた機会があればということで。

──多彩な楽曲を多彩なクリエイター陣がアレンジしているのも「あの歌-2-」の聴きどころですよね。

上白石萌音

これまでの活動の中でご一緒してきた方々にお願いさせていただきました。カバーする曲を決めた段階で、「この方が編曲されたものを聴いてみたいな」というイメージが湧いたので、その欲望を形にしていただいた感じで。どれも本当に素敵な仕上がりになりましたね。原曲へのリスペクトを詰め込みつつ、それぞれの方が持つ色をしっかり感じるアレンジになっていて。「いかれたBABY」をお願いしたグリム(GLIM SPANKY)さんはもともとフィッシュマンズさんが大好きらしく、「依頼してくれてホントにありがとう!」ってすごく喜んでいただいて。そういう部分でのうれしさもありました。

──「ブラックペッパーのたっぷりきいた私の作ったオニオンスライス」は大橋トリオさんによるジャジーなアレンジが最高ですね。上白石さんの歌声も素敵でした。

この曲を入れようと思った瞬間、アレンジは絶対大橋さんがいいなって思ったんですよ。ジャズはこれまでに歌ったことがなかったので大きな挑戦ではあったんですけど、大橋さんが隣で細かくディレクションしてくださったことで楽しく歌えました。ジャズのイロハを教えていただけた感じで。ジャズは私自身すごく好きなので、今後も歌っていきたいです。

──「世界中の誰よりきっと」はandropの内澤崇仁さんのアレンジですね。

全肯定して抱きしめてくれる曲の雰囲気と内澤さんの持つ包容力が見事にリンクしたと思います。歌はシンプルがゆえにめっちゃ難しかったですね。耳なじみがいいけど、実はすごく難しい曲なんだなと改めて思いました。当然ではあるんですけど、やっぱりカラオケで歌うのとレコーディングは別物なんだなって。

──n-bunaさんがアレンジした「Diamonds<ダイアモンド>」は原曲に忠実なようでいて、随所に独自の色が盛り込まれている感じですよね。

そうですね。ギターでかなり遊んでくださっていますからね。n-bunaさんのギターの軽快さがこの曲にハマったら気持ちいいんじゃないかと思ってオファーさせていただいたんですけど、バッチリでしたね。思っていた通りに楽しい仕上がりになりました。

──「AXIA~かなしいことり~」は清塚信也さんによるピアノ1本で歌われています。

清塚さんの抒情的で歌っているようなピアノがこの曲には合うんじゃないかなと思ったんです。曲の持つ繊細さやかわいらしさがグッと際立つ仕上がりになっていたので、聴いた瞬間にものすごく感動しましたね。原曲のメロディラインを弾いているのに、こんなにも印象が変わるんだという驚きもありました。

──松田聖子さんの「制服」もすごくよかったです。河野伸さんのアレンジですね。

聖子さんの曲はどれにしようかとにかく迷ったんですけど、今の年齢ならまだギリで歌えると思って、学生時代をテーマにしたこの曲を選んだんです(笑)。原曲に忠実だけれど、ものすごく広がりのあるアレンジをしてくださいました。河野さんには「ダンデライオン」もお願いしたんですけど、どちらもすごくドラマチックな仕上がりになりました。

──81年リリースの「まちぶせ」がいいアクセントになっているようにも感じました。70年代の匂いも残した楽曲なので、「あの歌-1-」とのいい懸け橋になっているというか。

そうですね。2枚のアルバムのブリッジみたいな役割を担ってくれる曲になっていますよね。去年のオンラインライブで「異邦人」をカバーしたんですけど、そのアレンジがすごくよかったんですよ。なので、それと同じノリで「まちぶせ」もやってもらえたらということで、今回も遠山哲朗さんにお願いしました。この曲も素敵に仕上がりましたね。

上白石萌音

──今回2枚のカバーアルバムを作ったことで、何か手に入れたものはありましたか?

それぞれの曲がいかに考えられたうえで作られているのかということを学べたと思います。「この音にこの言葉がハマっている理由」みたいな部分であったりとか、曲を細かく紐解いていく姿勢みたいなものは今後も生かしていきたいですね。これまでは受け取った楽曲をいかに素敵に歌えるかだけを考えてきたんですけど、作る側の視点を意識すればまた違った歌い方が見えてくるんじゃないかなって。

──カバーは今後も続けていきたいですか?

いろいろやっていきたいです。アルバムに「1」「2」と番号を振ったのは、「あの歌」の名の元に今後も続けようと思っている意志の表れでもあるので。

──7月には全5公演の「上白石萌音『yattokosa』Tour 2021」も開催されます。4年ぶりのツアー、楽しみですね。

20代になって初めてのツアーであり、地元の鹿児島にも行けるのでとにかく楽しみですね。4年前と比べれば、ステージに立つことの怖さをより知ったところがあるので、自分自身との戦いになるのかもしれないという思いもあります。応援してくださる方の数も増えたので、皆さんに会える喜びをかみしめながら各地を回りたいですね。芸能活動10年という節目でもあるので、原点になった曲から「あの歌」の曲まで幅広く歌えたらいいなと思っています。

ツアー情報

上白石萌音「yattokosa」Tour 2021
  • 2021年7月1日(木) 大阪府 フェスティバルホール
  • 2021年7月3日(土)福岡県 福岡サンパレス
  • 2021年7月4日(日)鹿児島 宝山ホール
  • 2021年7月16日(金)愛知県 日本特殊陶業市民会館 フォレストホール
  • 2021年7月21日(水)東京都 東京ガーデンシアター