上白石萌音|「あの歌」を歌い、残していく意志

今年で音楽活動5周年を迎える上白石萌音が、カバーアルバム「あの歌-1-」「あの歌-2-」を2枚同時リリースした。

上白石は「あの歌-1-」では「年下の男の子」(キャンディーズ)や「木綿のハンカチーフ」(太田裕美)、「勝手にしやがれ」(沢田研二)といった70年代の名曲の数々をカバー。すべての楽曲のアレンジは鳥山雄司が手がけている。一方の「あの歌-2-」では、「青空」(THE BLUE HEARTS)、「ダンデライオン~遅咲きのたんぽぽ」(松任谷由実)、「いかれたBABY」(フィッシュマンズ)など80~90年代の楽曲群を、内澤崇仁(androp)や大橋トリオ、清塚信也、GLIM SPANKY、n-buna(ヨルシカ)、河野伸、遠山哲朗ら多彩なアレンジャー陣によるサウンドでカバーしている。

時代を超える名曲を歌い継いでいきたいという意志を持って紡がれた2作品。そこに込めたシンガーとしての思いを、上白石萌音本人に聞いていく。

取材・文 / もりひでゆき 撮影 / 草場雄介

「今だ!」と思って

──今回のタイミングでカバー作品集のリリースを決めたのはどうしてだったんですか?

私は70年代の曲をカバーするアルバムをずっと作りたくて、心の中で何年も温めてきていたんです。で、前作の「note」というアルバムが出たあと、「次はどうしようかね」という話になったとき、「今だ!」と思って自分から提案してみました。「今だ!」と思った理由は謎なんですけどね(笑)。オリジナルアルバムの次はカバーかなって、なんとなく思ったのかもしれないです。

──上白石さんの音楽活動は2016年にリリースされたカバーアルバム「chouchou」でのスタートでした(参照:女優の上白石萌音、秋に歌手デビュー「深みのある音楽を」)。そこから今年で丸5年。その間で手にしたさまざまな経験や成長が、改めてカバー作品をリリースすることへの後押しになったところはありませんでしたか?

どうなんでしょうね。振り返ってみるとデビューのときはまっさらな状態でカバー曲を歌っていましたけど、そのあとにいろいろな経験をさせていただいたうえで今回改めてカバーに挑んでみると、より難しさを感じたところがあったんです。当時の自分は勇敢だったなってすごく思った(笑)。

上白石萌音

──当時は自分の好きな曲を歌えて楽しいというシンプルな感覚でカバーに向き合っていたんでしょうね。

その気持ちだけで歌っていたような気がします。今回ももちろん自分の大好きな曲ばかりですし、それぞれがすごく楽しいレコーディングではあったんです。ただ、カバーすると原曲を歌われているご本人の耳にも届くんだなとか(笑)、そういう事実を知ったうえで取り組むとなると、やっぱり当時よりも背筋がより伸びる感覚は強かったというか。でも芸能活動を始めて今年で丸10年でもあるので、自分のやりたいことをやりたいという気持ちが強かったんですよね。それが今回の作品に挑む後押しになったんだと思います。

──上白石さんにとってカバーをすることの醍醐味ってどんなところにあるんですか?

カバーを聴くと音楽的な興味がどんどん広がるじゃないですか。好きなアーティストさんがカバーしている曲を聴けば原曲のことも知りたくなってくるし、オリジナルを歌われている方のほかの曲にも興味が湧いてきます。そういう出会いがつながっていく素敵さがあるから、私はカバーアルバムを聴くのがすごく好きなんです。あとは音楽を歌い継いでいく営みとしても魅力を感じますね。名曲はいろんな人が歌って残していくのが素敵だと思うので。それが私にとってカバー作品を作る意図でもあるんです。若い世代の方たちにも知ってほしい曲たちばかりなので。

我は勝手に出ちゃう

──オリジナル曲とカバー曲では歌い手としての意識に違いがあったりします?

なるべくシンプルに伝えたいという思いはオリジナルもカバーも変わらない部分ではあるんですけど、私が歌う意味みたいなものをより強く紐付けられるのはカバーのほうかもしれないです。カバーをすると、「自分の歌ってどんなものなんだろう」と改めて向き合うきっかけになったりしますね。

──とは言え、カバーだと我を出しすぎるとダメな場合もあるわけですよね。

上白石萌音
上白石萌音

そうですね。その塩梅がカバーの難しさでもありますよね。ただ、我はどうしたって出るものだと思っているところもあって。原曲をリスペクトし、できるだけ原曲通りに歌っていけば、我は自然と付いてくる……と言うより勝手に出ちゃうという認識なので、そこはあまり深く考えず、シンプルにまっすぐ歌うことだけを心がけるようにしています。

──完成したアルバムを聴いて、そこに漂う“上白石萌音らしさ”をご自身でも感じます?

え、どうでしょう? どうなんですかね(笑)。

──いちリスナーとしては、すべての曲が完璧に上白石さんの曲になっている印象があります。原曲の素晴らしさはそのままに、独自のカラーに染め上げているというか。

本当ですか? 結果としてそうなっていれば自分としてはすごくうれしいです。まあでも、確かに楽しそうだなとは思いました(笑)。本当に楽しく歌っている感じが、自分で聴いてもわかったので、それはよかったなと。

──2枚のアルバムでトータル21曲が収録されていますが、選曲はかなり大変だったんじゃないですか?

大変でした! 昨年9月のオンラインライブの時点でカバーアルバムを出すことはすでに決まっていて、私の中には歌いたい曲が数曲あったんですけど、そこからがとにかく大変で。リスナーの皆さんからリクエストを募ったら、「うわ、そう来たか!」と思うものも含めてものすごい数の曲が集まりましたし、お芝居の現場では先輩の俳優さんや監督からも直接リクエストをいただいたりもして。アルバムを2枚にしておいてよかったと思いました。1枚だったらとても選びきれなかったと思います(笑)。

──他者からのリクエストを反映させたことで、王道と言える名曲から上白石さんのコアな部分も垣間見られる面白いラインナップになりましたよね。

そうですね。自分だけで決めていたら、もっと私の趣味嗜好が色濃い内容になっていたと思います。でも、いろいろな意見を聞いたことで、チャレンジという意味で選ぶことができた曲もあって。音楽好きとしてはうれしい体験になりました。

──2枚を年代で分けたのはどうしてですか?

男性曲、女性曲で分けようとか、季節で分けようとか、いろんな案が出たんですけど、シンプルに年代で分けてみたところ、すごく収まりがよかったんです。70年代の曲はどこか統一した空気感をまとっているような気がするけど、80年代以降は曲に多様性が見えてくる。その境界線みたいなものが2枚に分けることで見えてくる感じがあったので。

いやー、70年代に行ってみたい!

──「あの歌-1-」には70年代の楽曲が収められています。当然、どの曲もリアルタイムで聴いていたわけではないですよね。

はい。母が音楽にすごく詳しいので、小さい頃からいろんな曲を聴かせてもらっていたし、音楽活動をするようになってからもいろいろ教えてもらっていたんです。中でも「この時代の音楽はすごいよ」と薦めてくれていたのが70年代の曲たちで。今回そのすごさを再確認しましたね。

──どんな部分にすごさを感じます?

上白石萌音

70年代って、掘れば掘るほどわんさか名曲が出てくる時代なんですよ。不動の1位みたいな曲が乱立して、それぞれがしのぎを削り合っているというか(笑)。どの曲も言葉が美しいですし、メロディラインには古きよき日本といったノスタルジックな雰囲気がある。しかも、あの時代はシンガーソングライターが主流ではなくて。作詞家と作曲家が作ったものを歌手が歌う、そのコンビネーションの妙みたいなものが奇跡を起こしているんですよね。そこに今の時代とは違ったすごさを感じます。いやー、あの時代に行ってみたい!(笑)

──アレンジはすべての曲を鳥山雄司さんが手がけられています。お一人に委ねたのは、70年代の楽曲たちに統一したムードを感じたからですか?

そうですね。明るいんだけど、ちょっと切なかったり哀愁があったりという70年代の曲ならではの統一感を感じたので、「あの歌-1-」では鳥山さんにすべてをお任せしました。鳥山さんはどんなジャンルでもこなせてしまう方なので、曲ごとにいろいろなアレンジをしてくださいましたね。存じ上げてはいましたけど、改めてすごい方だなとひしひしと感じました。

──アレンジに関して、上白石さんからリクエストをした部分もあったんですか?

基本的なところは鳥山さんが先導してくださったんですけど、「原曲のこのイントロは残したい?」とか、細かい部分で私の意見もいろいろと聞いてくださって。アレンジができあがったらそこに私が仮歌を入れたものをお送りして、また手を加えていただくって言うやり取りを何度も繰り返したので、私の声の雰囲気に合った、すごく歌いやすい仕上がりにしていただけたと思います。難曲ばかりだったので、レコーディングには時間がかかったんですけど(笑)。

──特に印象深い曲は?

「みずいろの雨」のアレンジはすごく好きですね。「あ、ボサノバかな」って思ったら、めっちゃラテンで異国の世界に誘ってくれるようにぐわっと展開していって。で、最後にはまた静かに1人の世界に戻っていく。その意表を突いた緩急に歌でついていくのは難しかったんですけど、すごく面白い1曲になったと思いますね。この曲は母からのリクエストだったので、すごく喜んでくれています(笑)。あと「君は薔薇より美しい」もいいんですよねえ。

──「君は薔薇より美しい」も原曲とはかなり違ったアレンジになっていますよね。

そうそう。原曲は管楽器がバーンと華やかに鳴ってるんですけど、そこをあえてゆったりしたチルな感じにしてるところがすごく気に入っていて。曲の持つグルーヴ感がより際立ったように思います。この曲はすごく歌いやすかったですね。