音楽業界は開かれていくべき
──音楽業界と出版業界、2つのフィールドで活動してみて違いを感じますか?
1つのレコード会社と契約してずっとそこに所属するのと、1作ごとに出版社を変えることができるのが一番の違いだと思います。個人的には出版業界のほうがいいと思います。例えば芥川賞の発表のとき、担当編集の方と2人で結果を待っていたんですが、あとからほかの出版社の方たちも連絡をくれて、最終的に10人以上が集まって遅くまで飲んだんです。「転の声」は文藝春秋から出た作品ですが、ほかの出版社ともまた一緒にやる可能性があるし、もし芥川賞を獲っていたら過去に出した本も売れるはずです。作家さんとトークイベントをやるときも、いろいろな出版社の方が来てくれて、それもすごくうれしいんです。「今度はあのときに話していたあの感じを膨らませて書いてみませんか?」というふうに、次につながることもあるので。すごく開かれていて、風通しがいい。違う出版社の編集者さん同士がしゃべっているのを聞くのも面白いです。レコード会社だとそういうこともないから、閉じていると感じることも多い。
──音楽業界も今後開かれた仕組みになっていくと思いますか?
どうなんでしょう。JASRACさん、もしも変わったら管理しづらくなったりするんですか?
JASRACスタッフ いえ、それはないです。曲の権利については、曲ごとに違う音楽出版社と契約することができますので、出版業界と似ている状況なのかなと思います。
そうか、音楽出版社はタイアップによって違ったりしますよね。いろいろなレコード会社からリリースできるようになったほうが、会社側もアーティスト側も、もっと緊張感を持ってやれるのかもしれない。他社からヒットが出たときに、そのアーティストを次は自分が担当できるかもしれないと思ったら、悔しさよりも楽しみのほうが勝りそうですよね。何より、出版業界はいろいろな人に出会えるので、とても面白いです。
「変な声」は自分の立ち位置を示すもの
──「社会の窓」や「今今ここに君とあたし」、今回のアルバムの初回限定盤に収録されている短編映画「変な声」など、尾崎さんにとって自分の声の受け取られ方も重要なモチーフですよね。
インディーズ時代、700~800人キャパの会場でやっていた頃までは、声について「個性的な唯一無二の武器」だと言われていたんです。それが赤坂BLITZでライブをやるようになったあたりから「変だ」と言われ始めて。明確に、聴かれる数によって変わりました。音楽が仕事になったことと同じで、自分は「変な声」だと言われ続けなければいけないと思っています。そう言われないということは、多くの人の耳に入るような活動ができていないということでもある。だから、「変な声」というのは、今自分がどこにいるかを示す、すごく大事なものですね。
──最初からそのスタンスで受け入れられたんですか?
最初は無理でした。でもだんだん「昔は言われてなかったよな?」と考えるようになって。そもそも、同じくらい変でも、言われていない人がいるということに気付いたんです。その人たちは、単純にこれくらいの規模でやっていないんですよね。どっちがいいかといったら、まだ「変な声」だと言われているほうがいいなって。自分でも「確かに変な声だな」と思うし(笑)。
──今年は現メンバー15周年であり、小説の発表、トリビュートアルバム「もしも生まれ変わったならそっとこんな声になって」の発売と盛りだくさんの中でアルバムの制作まで行っていたわけですが、スケジュール的に大変だったんじゃないですか?
けっこう前からやっていたんですが、最終的には曲が足りなくなってしまい、慌てて作ったりしました。でも余裕がある中で作った曲とギリギリで作った曲がバランスよく入っていて、結果的にはよかったと思います。それと、トリビュートアルバムの存在がすごく大きかったですね。自分を客観的に見るという話をしましたが、トリビュートアルバムはその最たるものだと思うので。「自分たちってこうなんだ」ということを好きなアーティストから教わりました。そして、それをリスナーの皆さんが受け入れてくれた。本当に、このトリビュートアルバムは悔しいくらい広がったんですよ。ここまで聴かれなくてもいいのにと思うくらい(笑)。参加アーティストのおかげですね。内容が本当に素晴らしいので。音楽には賞があまりありませんが、そういう意味で、トリビュートアルバムで何かを受賞した感じがします。自分たちの好きなアーティストがそれぞれ評価してくれて、クリープハイプの曲を音源として残してくれたわけですから。
──トリビュートアルバムから受けた影響は今回のアルバムに反映されていますか?
制作も佳境に入るタイミングだったので、また1つギアが上がりましたね。ますますいいアルバムにしなければという、いい意味でのプレッシャーになりました。
ファンへの理想的なメッセージソングが書けた
──「泣きたくなるほどうれしい日々に」以降のアルバムはどれも14~15曲収録されていて、近年のアーティストだとかなり多い部類に入りますが、こだわりはあるんでしょうか?
今回は15周年なので、15曲入れることを決めていましたが、それまではたまたまですね。でも確かに、2010年代にデビューしたバンドとしては多いのかもしれません。リスナーにいいと思ってもらえる可能性が上がるのであれば、少ないよりはいいかなと思っています。多くて怒られることはないですから(笑)。
──打席にはなるべく多く立ったほうがいいと。
その分打率は下がるかもしれませんけど。アルバムに多くの曲が入っているからこそ作れるいかにもアルバムらしい曲もありますし。あとは曲数が多いと、既発曲がまた違った聴こえ方をするので、それもいいところだと思います。
──4曲目の「生レバ」は「転の声」と世界観が通じていますし、15曲目「天の声」はそもそもタイトルがかかっています。
小説と関連付けた曲や歌詞は過去にもあるのですが、「生レバ」は明確にそうしようと思って作りました。「天の声」は、小説でファンを突き放すようなことを書いていて、フィクションとはいえ落ち込んだという意見も多かったので、逆にこの「天の声」ではとことんファンに向き合うという。小説で問いかけて音源で答えるというやり方をしました。
──「天の声」は15年の集大成とも言える、自虐でも自慢でもないフラットな自己言及ソングですよね。先ほどの客観性の話にもつながってきますが、ある種の自意識からの解放を感じました。
15年やってきて自分自身を見る角度みたいなものも変わってきたと思うし、「今はこうなんだ」とはっきり提示できたと思います。ファンに対する向き合い方、寄り添い方もちょっとずつ変わっていて。15年経ったから言えるようになったことも、15年経ったから言えなくなったこともある。そのバランスは常に変わっていくけれど、結局言えることは同じなんですよね。現時点では、お客さんにメッセージを伝える曲として、自分の理想に限りなく近いものができました。
──表現の幅を広げたいという欲は昔よりも強くなっていますか?
そうでもないですね。音楽を作る感覚はなるべく一定にしておきたいんです。まずレコーディングが決まってからどんな曲を作るか考え始める、これもいつも同じです。そのときにやっているほかの仕事に影響されることはありますが、曲を作って、バンドでアレンジして、歌詞を乗せて、レコーディングしてリリースするという流れはずっと変わらないと思います。
──そのルーティンに迷いがなくなったというか。
自信もあるし、この形以上に届くやり方はないと、今は思っています。世の中が変わっていく分、たとえ同じことをやっていたとしても受け取られ方が変わるはずで、たまには自分たちからやり方を変えてみようとか、その都度、悩みながらやっていくんだと思います。
──クールさを保って活動する強さと自信を獲得してきた15年ですね。
毎日すごく怒っていますけどね。インタビューだから言わないだけで(笑)。自分にも、周りにも。お客さんにちゃんと届けたい、作った以上はより多くの人に聴いてほしいという気持ちがあるので、それに対してはいろいろ思うところがあります。
──最後に、バンドを始めたての自分に言葉をかけられるとして、音楽で生きていく道を勧めますか?
勧めますね。悔しいことはたくさんあるけれど、自分のそういう足りなさや、バンドメンバー、周りの人たちも含めて、今を気に入っているので。生まれ変わってももう1回尾崎世界観をやりたいです。
──2回目はもっとうまくやれそうですか?
いや、たぶんできないでしょうね(笑)。
公演情報
君は一人だけど 俺も一人だよって
ホール、ライブハウス公演
- 2025年2月8日(土)新潟県 新潟県民会館
- 2025年2月14日(金)宮城県 仙台サンプラザホール
- 2025年2月16日(日)北海道 札幌文化芸術劇場hitaru
- 2025年2月19日(水)大阪府 フェスティバルホール
- 2025年2月24日(月・振休)京都府 ロームシアター京都 メインホール
- 2025年2月28日(金)千葉県 市川市文化会館
- 2025年3月2日(日)熊本県 市民会館シアーズホーム夢ホール(熊本市民会館)
- 2025年3月8日(土)群馬県 高崎芸術劇場
- 2025年3月9日(日)静岡県 アクトシティ浜松 大ホール
- 2025年3月14日(金)神奈川県 相模女子大学グリーンホール
- 2025年3月20日(木・祝)岩手県 盛岡市民文化ホール
- 2025年3月22日(土)石川県 本多の森 北電ホール
- 2025年3月29日(土)香川県 サンポートホール高松
- 2025年3月30日(日)広島県 広島文化学園HBGホール
- 2025年4月5日(土)沖縄県 ミュージックタウン音市場
アリーナ公演
- 2025年5月18日(日)福岡県 マリンメッセ福岡A館
- 2025年6月12日(木)東京都 日本武道館
- 2025年6月13日(金)東京都 日本武道館
- 2025年6月28日(土)愛知県 ポートメッセなごや 第1展示館
- 2025年7月12日(土)大阪府 大阪城ホール
- 2025年7月13日(日)大阪府 大阪城ホール
- 2025年7月23日(水)東京都 日本武道館
- 2025年7月24日(木)東京都 日本武道館
プロフィール
クリープハイプ
尾崎世界観(Vo, G)、長谷川カオナシ(B)、小川幸慈(G)、小泉拓(Dr)からなる4人組バンド。2001年に結成し、2009年に現メンバーで活動を開始する。2012年4月に1stアルバム「死ぬまで一生愛されてると思ってたよ」でメジャーデビュー。2014年に初の東京・日本武道館2DAYS公演を開催し、2018年にも2度目の武道館公演を行い成功させる。2024年8月には現メンバー15周年を記念した初のトリビュートアルバム「もしも生まれ変わったならそっとこんな声になって」が発売されたほか、12月4日にはオリジナルアルバム「こんなところに居たのかやっと見つけたよ」を発表。2025年2月からホール・アリーナ公演を含むキャリア最大規模となる全国ツアーを開催する。また尾崎は作家としての才能も発揮しており、2020年12月刊行の小説「母影」は「第164回芥川賞」候補作品に、2024年7月刊行の小説「転の声」は「第171回芥川賞」候補作品に選出された。
クリープハイプ (@creep_hyp) | Instagram
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