中村正人(DREAMS COME TRUE)|音楽と生きる、音楽で生きる 日本最高峰のショーを目指すためには ここまでやらないといけない

楽曲やライブなどを通じてリスナーの生活に潤いを与えてくれるアーティストやクリエイターは、普段どのようなことを考えながら音楽活動を行っているのだろう。日本音楽著作権協会(JASRAC)との共同企画となる本連載では、さまざまなアーティストに創作の喜びや苦悩、秘訣などを聞きつつ、音楽活動を支える経済面に対する意識についても聞いていく。

第4回は1989年のデビュー以来、日本の音楽シーンの最前線を走り続けるDREAMS COME TRUEの中村正人が登場。ドリカムは4年に一度のグレイテストヒッツライブ「史上最強の移動遊園地 DREAMS COME TRUE WONDERLAND」を2023年7月から10月にかけて行い、約44万人を動員したのも記憶に新しい。そしてこのライブの模様を収録したライブBlu-ray / DVD「史上最強の移動遊園地 DREAMS COME TRUE WONDERLAND 2023」とライブ写真集「ALL ABOUT 2023 史上最強の移動遊園地 DREAMS COME TRUE WONDERLAND」を1月31日にリリースした。今回のインタビューでは、「WONDERLAND」の魅力を紐解きながら、細部にまでこだわり抜いた執念のステージを作り上げるモチベーションについて話を聞いた。

取材・文 / 張江浩司撮影 / SHIN ISHIKAWA(Sketch)

プロフィール

DREAMS COME TRUE(ドリームズカムトゥルー)

DREAMS COME TRUE

ベーシストでコンポーザー、アレンジャーの中村正人と、ボーカリストでコンポーザー、パフォーマーの吉田美和からなるバンド。時代に合わせて楽曲をクリエイトし、吉田が生み出す歌詞は世代を超えて多くの人に愛されている。2023年夏にはグレイテストヒッツライブ「史上最強の移動遊園地 DREAMS COME TRUE WONDERLAND 2023」を5大ドームと2アリーナで開催し、約44万人を動員した。

吉田美和の執念を現実にする

──「史上最強の移動遊園地 DREAMS COME TRUE WONDERLAND 2023」の映像を拝見して、ヒット曲満載のセットリストや皆さんの演奏はもちろんのこと、こだわり抜いた演出が随所に詰まっていて「ここまでやるのか……!」と驚愕しました。エンタテインメントに懸ける狂気すら感じたほどです。

それは吉田美和が持っているものですね。彼女は2、3歳の頃に作曲を始めて、学生時代にバンドを組んで、振付も自分でやりながら歌って踊るスタイルを構築してきた。それを拡大していくと僕の好きなEarth, Wind & FireやFunkadelic、プリンス、The Commodoresのような、パフォーマンス込みのエンタテインメントショーにつながっていって、ドリカムはそれをずっと追求してきたんです。特に今回の「WONDERLAND」は2人だけでゼロから考えたんですよ。全部最初から関わって決めていくので、もう大変で大変で。例えば、冒頭の「次のせ~の!で - ON THE GREEN HILL -」で吉田美和が客席の上を飛ぶのですが、あれはマストなので、まず3Dフライト会社のスタッフの方とごはんを食べるところから始まってね(笑)。

──まずは親睦を深めるところから(笑)。

4年前に東京ドームでやったときと設備が微妙に違うんですよ。3Dフライトのためのアンカーを打てる場所も変わっちゃってるから、そこから逆算してステージの高さを決めて。そういう執念が、映像だとより伝わるんだと思います。映像の編集も吉田がやっているんです。U-NEXTでも配信しましたが、そのバージョンからずいぶん変わってるんじゃないかな。MCもノーカットにしたし、配信で一度観た方も楽しんでいただけると思います。

中村正人

──3Dフライトにはドローンも使われていますし、「LOVE LOVE LOVE」ではトーチを使った神秘的な演出があったかと思えば、「ヒの字」ではアヒルコースターが登場するなど、書き切れないくらい盛りだくさんの内容で。

いかに吉田の夢を叶えるかという。気付いたら34年ドリカムをやってきて、9回も「WONDERLAND」の演出をやっているわけだから、吉田が世界一の演出家なんですよ。アヒルコースターも、専門家からは「重量的にエンジンを積めないから無理」と言われていたんです。そうしたら吉田が「私が足で漕いで手でブレーキかけるよ」と。自転車と同じやり方ですよね。それで実現できた。これも、今までの「WONDERLAND」で自転車に乗る演出をやってきた経験があるから出てきたアイデアなので、ほかのミュージシャンからは出てこない発想だと思います。

──「羽を持つ恋人」での、羽の形に膨らむ衣装も印象的でした。

あれもリハーサルを重ねながら吉田が大改造していました。そもそも今回の衣装は丸山敬太さん、三原康裕さん、久保嘉男さんという世界的デザイナー3人が担当してくれたことがすごいのですが、最終的には吉田が動きながらアイデアをガンガン出して、現場で衣装チームが直していました。

──いかに吉田さんの理想を具現化するかという戦いですね。

僕の仕事は、吉田ががんばって考え出したものを現実にすることなんですよね。「WONDERLAND」はただの大規模コンサートじゃなくて、日本トップクラスのショーだと思っています。しかも全国を回るので、「どうやって効率よく機材をトラックに積むか」というノウハウまであります。隙間なく積むには丸いものを作らないというのが鉄則なんですが、最後の最後でアヒルコースターができて困っちゃった(笑)。移送費だけでも数億円かかりますし、全公演完売を前提で予算が組まれるから、シビアにならざるを得ない部分でもある。ベイビーズ(DREAMS COME TRUEファンの呼称)に楽しんでもらいたいというだけ。「エンゲージメント」というビジネス用語があるけれど、それを何年もかけてベイビーズと深めてきた末に「WONDERLAND」ができているんです。

中村正人

──ファンにとっても待望の声出しOK公演でもありました。

やっぱり、みんなのリアクションがあってこそのライブですよ。まだコロナは完全になくなったわけじゃないし、インフルエンザも流行っているから安心はできないけれど、本当に大変だったじゃないですか。特にボーカリストにとって声を思うように出せないということはつらかったと思う。吉田は今でもマスクをしてリハーサルやってますしね。ベイビーズにとっても、僕らにとっても、コロナ禍という地獄を乗り越えてようやく実現できたショーなんだと思いました。

──それもあってか、出演者の皆さんが本当にいい顔でパフォーマンスされていました。その表情をつぶさに観ることができるのも、映像作品や写真集ならではだなと。

それができるミュージシャンにしか声をかけないんです。1分1秒たりともショーではない顔をベイビーズに見せちゃダメ。これは僕と吉田が1995年の「WONDERLAND」を一緒にやった、当時マイケル・ジャクソンも担当していた演出家のケニー・オルテガから学んだこと。こんなこと言っているわりに、僕はすぐ疲れた顔をしちゃうんだけれど(笑)。でも、ショーってそういうものですよね。

「きっかけ」になるために

──以前、中村さんは亀田誠治さんとの対談の中で「今はスタンディングのライブハウスでツアーをやれば、物販の収入である程度は儲かる」とおっしゃってました(参照:中村正人×亀田誠治対談)。演出はできるだけ簡素にして、細かく各地を回ったほうが利益は出るわけですよね。

ギター1本で弾き語りドームツアーができれば、利益率は最高です。想像するだけで「うわー!」って思っちゃう(笑)。そういう意味だと今回は真逆です。ミュージシャン、パフォーマー含めるとツアーキャストは365名で過去最多の出演者数。海外からミュージシャンも呼んでいるし、吉田が「全国でがんばっているパフォーマーに場所を与えたい」ということで各地でオーディションもしたんです。そうやって集まってもらった若いパフォーマーがドームで数万人を前に踊るわけですよ。それだけの経験をしたら、その中からトップアーティストが育つかもしれない。

──次世代の音楽シーンにつないでいく、という意識が強いんですね。

吉田が小さい頃、地元にプロの合唱団が来て、それにすごくインスパイアされたそうなんです。そういうきっかけに僕らもなれたらと。でも、それにはお金も手間もかかりすぎる!(笑) ダンスの演出も吉田が全部監修しているから、彼女は自分の練習ができないんですよ。気が遠くなります。僕だったらできないですね(笑)。

中村正人

──世界的なドラマーのクリス・コールマンも参加していますが、「すごい!」としか言えないプレイでした。

今の若いミュージシャン、J-POPを聴いて育った世代に話を聞くと、洋楽をあまり聴いてないんですよね。コロナ禍もあったから、海外との交流がすごく少なくなっていて、日本の音楽シーンがさらにガラパゴス化していると思っていて。僕らがやっている音楽は、実はアメリカとかイギリスとか、西洋の民族音楽なんですよ。日本で生まれたものじゃないから、やっぱり本家に触れておく必要はあると思う。シティポップだって、もちろん洋楽がベースにあるわけだから。例えば海外の管弦楽団を聴くと驚きますよ。あまりにも音が大きくて豊かで。日本人はどちらかというと音をそろえることに一生懸命で、楽器の鳴らし方には気が向いていないことが多いと思います。僕が20代の頃からお世話になっていた、ポンタさん(村上“ポンタ”秀一)や細野(晴臣)さん、教授(坂本龍一)世代の音を聴くと、全然違います。すごく豊かで強い。クリスも同じで、音が違うんですよ。それを理屈抜きでみんなに聴いてほしいんです。

──中村さんはさまざまな洋楽から影響を受けて楽曲を作ってきたことを公言されていますが、「WONDERLAND」の規模のライブだと参考にできるものが少ないのではないでしょうか?

そうですね。でも、1970~90年代にさかのぼれば今のエンタテインメントのオリジナルがあるじゃないですか。YouTubeで昔の貴重な映像がいくらでも観られるんだから最高ですよ。昔は「ソウル・トレイン」(※1971年~2006年に放送されたアメリカのダンス音楽番組)を観るのにどれだけ苦労したか(笑)。まだVHSがなくて8mmだった時代に、知り合いから借りて擦り切れるまで観ましたね。みんなもっともっといろんなものを観たほうがいい。過去に戻れば参考にすべきものはいくらでもありますからね。例えばヒップホップが大きな支持を受け始めたとき、アメリカではサンプリングの著作権がすぐに確立されたから、楽曲を使われたフュージョンのミュージシャンが突然儲かってまた新しいレコードを作り始めたわけですよ。そういう循環がいいんですよね。


2024年3月28日更新