音楽ナタリー Power Push - 石崎ひゅーい×須藤晃
覚悟を決めた問題作
石崎ひゅーいが3rdフルアルバム「アタラズモトオカラズ」を12月7日にリリースする。
星や宇宙を題材にしたファンタジックな世界観の歌詞を、キャッチーなメロディに乗せて歌うシンガーソングライター。そんなこれまでの石崎のパブリックイメージを覆す楽曲が本作には並んでいる。「流行りの雑誌読みあさってるやつらは人生が何度でもリセットされると勘違いしてる大馬鹿者なんだ」と早口で巻くし立てるフォークソング「溺れかけた魚」をはじめ、8分超えのポエトリーリーディング「アタラズモトオカラズ」や昭和歌謡の名曲である大友裕子「傷心」のカバー、石崎流の人生賛歌「謝肉祭」など、どの楽曲にも突き刺さるような言葉が並んでいる。
アルバムは尾崎豊や玉置浩二を手がけたことで知られる須藤晃のオールプロデュース作品。須藤は「1人がいいねって言ってくれれば、100人が受け入れなくても構わない。そんな問題作を作ろうと思った」と語る。その真意について、石崎と須藤に話を聞いた。
取材・文 / 丸澤嘉明 撮影 / グレート・ザ!歌舞伎町
四の五の言ってるの面倒くさいからアルバム作ろうか
──1stアルバム「独立前夜」から2ndアルバム「花瓶の花」までに3年のインターバルがあったのに対し、今回は7カ月弱という短いスパンでのリリースだったことに驚いたんですが、今作は須藤さんが石崎さんに作ろうと持ちかけたそうですね。
須藤晃 はい。ひゅーいを発掘したのは僕なんですけど、僕はレコード会社の副社長をやったりしていて、現場からはずいぶん離れていたんですね。それでひゅーいのこともちょっと離れたところからずっと見ていて。「花瓶の花」はもちろんとても優秀な曲なんですけど、あの曲を聴いていたときにふっと思ったんです。「こんな感じの男じゃないんだけどな」って。
──こんな感じじゃない?
須藤 役者で言うと、青春群像劇の主人公みたいなことばっかりやらされてるんですよ。ひゅーいは殺人犯もできるし、小心者の役もできる。それが全然生かされてないなって。それで直接ひゅーいに電話して「四の五の言ってるの面倒くさいからアルバム作ろうか。俺がプロデュースするよ」って。
──石崎さんは須藤さんから話があったときどう思いましたか?
石崎ひゅーい 純粋にうれしいかったですね。須藤さんがプロデュースした作品で玉置浩二さんの「JUNK LAND」っていうアルバムがあるんですけど、それが一番好きなアルバムなんですよ。僕はメジャーデビューして4年くらい経つんですけど、今回須藤さんがやってくれたことって、たぶん僕が一番やりたかったことで。
──それは具体的にどういうことですか?
石崎 作品作りって自分では考えずにやってたことなんですけど、モノ作りの学校に入ったみたいというか。
須藤 つまりわかりやすく言うと、ひゅーいは台本を与えられて、「君はこういう役だよ、こういうセリフを言いなさい」って言われて生きるタイプなんですよ。
石崎 そう、たぶんそうなんですよ。
須藤 それを僕はある時期に見抜いていたんですね。自分の中にあるものを表現するタイプの人もいるじゃないですか。
──石崎さんはそっちのタイプだと思っていました。
須藤 アウトプットされる表現としてはその2つに大きな差はないんですよ。でも作る過程は違って、ひゅーいは自分で無理やりひねり出していた。だから歌詞を書くことも曲を作ることも全部苦痛を伴うんですね。音楽に限らずモノを作り出すことって生産する喜びみたいなものがあると思うんですけど、それをひゅーいには教えたくて。
──では須藤さんは今回の作品で石崎さんにどういう役を与えようと思ったんですか?
須藤 いい質問なんだけど、役として石崎ひゅーいにどんな役柄を与えましたかって聞かれたら、石崎ひゅーいって役を与えたって感じですね。僕はひゅーいが母親の勧めで劇団に入っていたことも、水戸でバンド組んでライブやってたことも知ってる。友達関係もなんとなくわかるんですよ。だから僕は自分の知ってる限りの石崎ひゅーいの実像をもとに、もっと魅力的な虚像を作ろうとしただけ。石崎ひゅーいのすべてを引きずり出したっていうんですかね。本当に丸裸ですよ、石崎ひゅーいは。これ以上のものでもないし、これ以下のものでもない。でもやっぱりできあがった作品を見てみると相当すごいっていうか、今の時代にこのレベルの人間はそうそういないですよ。
悪魔の石崎ひゅーい登場
──アルバムを聴いて、1曲目の「溺れかけた魚」から一気に引き込まれました。とにかく言葉の持つ力が強くて。
石崎 正直、「なんでこんなの出したんだろう?」って思いませんでした?
──いやいや、それはないです。今の時代に、それこそ吉田拓郎さんばりの1970年代のフォークソングをやるっていうことの驚きはありましたけど。アルバムでは「溺れかけた魚」「敗者復活戦」「アタラズモトオカラズ」「謝肉祭」の4曲が石崎さんと須藤さんによる作詞になっていますが、まず「溺れかけた魚」はどうやって作っていったんでしょうか?
須藤 そもそも魚が溺れかけるっておかしな比喩ですよね。ただ、突然大量のイルカが死んだり、魚が海で生きられなくなったりするっていうニュースを立て続けに見たときがあって。やっぱり世の中、地球自体が変になってるなって思ったんですよね。ひゅーいとこの話をしてたときに、魚って溺れるはずがないんだけど、人間にも常識で考えたらありえないことが起きているよなって。例えば10歳くらいの女の子が自爆テロを起こさせられたりとかね。それで、ちょっとおかしいなって思うことを歌にしたっていうのかな。
──なるほど。
須藤 吉田拓郎さんっておっしゃいましたけど、そういうど真ん中のフォークソングを石崎ひゅーいが歌ったらどうなるんだろうっていう。ただ「僕は水の上を自由に歩けます」「僕は晴れた日ならば空を飛べるんです」って歌われたときに、ひゅーいならもしかしたらそうかもしれないって思わせる不思議な力がありません? そのファンタジー感が吉田拓郎さんやボブ・ディランとは違う新しさですよね。
──確かに、そう思わせる雰囲気はありますね。「流行りの雑誌読みあさってるやつらは人生が何度でもリセットされると勘違いしてる大馬鹿者なんだ」や「地に足が付いてない男たちはアブク出してわらにもすがりつく思いで地べたはいつくばっている」もなかなかのパンチラインだと思いました。
須藤 自分に言われてる感じしますよね。
石崎 そうそう。歌ってて全部自分に返ってくるんだよなあ。
須藤 だからレコーディングでは、メインのボーカルっていうのは1回しか歌わせてないんですね。ライブで歌い直しがないのと一緒で、石崎ひゅーいが歌ったらそれでできあがりなわけで。
──そうなんですね。
須藤 ただ、実はもう1回チャンスがあって、歌を録ったあとに「なんとなくやり残し感があるならもう1回歌え」って言って録ったのが後ろでワーワー言ってるコーラスなんです。「バカヤロー」とかずっと言ってるやつあるでしょ? あれは石崎ひゅーいの内なる声なんですよね。
──「やっちまえ」とか「そうだそうだ」って言ってる、“1人合いの手”みたいな。
石崎 そうそう。頭おかしいやつ(笑)。
須藤 普通は「サビのここからここまでハモってください。じゃあ録りまーす」ってレコーディングするんですけど、僕はメインのボーカルを録ったら、「頭からもう1回行くよ」って言って、最初から最後まで通してコーラスを録るんですよね。それも1回しかやらせないんですよ。まあ種を明かすと、「“悪魔の石崎ひゅーい”を登場させろ」って言うんですね。
石崎 そうなんですよ(笑)。「はい、もう1回やるよ。じゃあ次は悪魔の石崎ひゅーいで」って。何を言うか全然決めてないのに「さあ、やってみろ」みたいな感じで。だから変なことを言っちゃって。
──確かにあのコーラスって、ライブ感というか勢いがありますよね。
須藤 僕は常々言ってるんですけど、レコーディングって2016年の何月何日に石崎ひゅーいが歌いましたっていうただの記録だから、きれいにまとめるっていう発想がなくて。それをひゅーいはうれしそうにやるんですよ、これが須藤流なんだみたいな。だからすごく生き生きしたものになるんですよね。だって、「あんまり考えすぎるとアリストテレスになっちまう」っていう歌詞に対して「誰だよそれ!」って(笑)。誰か哲学者の名前を歌詞に入れようって入れたんですけど、普通アリストテレスのことは名前くらいは聞いたことあってもよく知らないじゃないですか。それでいきなりコーラスを録り始めるから準備ができてなくて「(え? え? んー)『誰だよそれ!』」って。もう、大笑いですよ。(笑)。
石崎 ふふふ(笑)。
──最高ですね(笑)。そういえば尾崎豊さんの「I Love You」も一発録りだったんですよね。
須藤 そうです。僕は尾崎さんとやってても玉置さんとやっててもほとんど歌は1回しか歌ってもらわないし、物足りなさそうにしてたら「じゃあもう1回、悪魔登場バージョンで」みたいなことをずっとやってきただけなんですよね。尾崎さんで言うと「Driving All Night」っていう曲があって、その曲のことを「溺れかけた魚」を録ってるときに思い出しましたね。あれも歌を録り終わったあとに尾崎さんが歌い足りなさそうにしてるから、「じゃあ悪魔の尾崎豊を登場させてください」って言ってコーラス録ったんですけど、「ヴワー」って言ってる感じがそっくりですよ。
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- 石崎ひゅーい ニューアルバム「アタラズモトオカラズ」2016年12月7日発売 / EPICレコードジャパン
- 初回限定盤 [CD+DVD]4000円 / ESCL-4748~9
- 通常盤 [CD]3200円 / ESCL-4750
CD収録曲
- 溺れかけた魚
[作詞:石崎ひゅーい、須藤晃 / 作曲:石崎ひゅーい / 編曲:須藤晃] - 牧場で僕は迷子になって
[作詞・作曲:石崎ひゅーい / 編曲:トオミヨウ] - ダメ人間
[作詞・作曲:石崎ひゅーい / 編曲:トオミヨウ] - 敗者復活戦
[作詞:石崎ひゅーい、須藤晃 / 作曲:石崎ひゅーい / 編曲:須藤晃] - 傷心
[作詞・作曲:大友裕子] - 沈黙
[作詞:須藤晃 / 作曲:浅田信一 / 編曲:須藤晃] - サヨナラワンダー
[作詞・作曲:石崎ひゅーい / 編曲:須藤晃] - ピノとアメリ
[作詞・作曲:石崎ひゅーい / 編曲:トオミヨウ] - お前は恋をしたことがあるか
[作詞・作曲:石崎ひゅーい / 編曲:トオミヨウ] - さよなら、東京メリーゴーランド
[作詞・作曲:石崎ひゅーい / 編曲:トオミヨウ] - アタラズモトオカラズ
[作詞:石崎ひゅーい、須藤晃 / 作曲:トオミヨウ] - 謝肉祭
[作詞:石崎ひゅーい、須藤晃 / 作曲:石崎ひゅーい / 編曲:須藤晃]
初回限定盤DVD収録内容
石崎ひゅーいTOUR2016「花瓶の花」東京キネマ倶楽部 2016.07.28 ライブ映像収録
- 夜間飛行
- ファンタジックレディオ
- ピーナッツバター
- 花瓶の花
ライブ情報
石崎ひゅーい TOUR2017「アタラズモトオカラズ」
- 2017年1月28日(土)大阪府 Shangri-La
- 2017年1月29日(日)愛知県 SPADE BOX
- 2017年2月10日(金)埼玉県 所沢市民文化センター ミューズ
- 2017年2月16日(木)東京都 LIQUIDROOM
石崎ひゅーい(イシザキヒューイ)
1984年3月7日生まれ、茨城県水戸市出身のシンガーソングライター。風変わりな名前は本名で、デヴィッド・ボウイのファンだった彼の母親が、ボウイの息子・ゾーイ(Zowie)をもじってひゅーい(Huwie)と名付けた。高校卒業後、大学で結成したバンドにてオリジナル曲でのライブ活動を本格化させる。その後は音楽プロデューサーの須藤晃との出会いをきっかけにソロシンガーに転向し、精力的なライブ活動を展開。2012年7月、ミニアルバム「第三惑星交響曲」でメジャーデビューし、2013年2月から5月にかけて全国47都道府県を回るライブツアー「全国!ひゅーい博覧会」を実施した。同年6月にテレビ東京系ドラマ「みんな!エスパーだよ!」のエンディング曲「夜間飛行」を、7月に1stフルアルバム「独立前夜」をリリース。2015年6月には劇団鹿殺しの舞台「彼女の起源」で俳優に挑戦した。2016年5月に2ndフルアルバム「花瓶の花」、その7カ月後となる12月に須藤晃オールプロデュースによる3rdアルバム「アタラズモトオカラズ」を発表。同じく12月には、松居大悟監督、蒼井優主演の映画「アズミ・ハルコは行方不明」に出演。