音楽ナタリー Power Push - 石崎ひゅーい×須藤晃
覚悟を決めた問題作
衝撃のタイトルトラック
──石崎さんは須藤流のレコーディングを体験してみてどうでした?
石崎 僕としてはいいのか悪いのかわからないんですよ。なんなら「バンドで合わせて適当に歌っといて」って言われて歌ったのがOKになったりして、「えーっ!?」みたいな。そういう感じなので。
須藤 ほとんどそうです。
石崎 だから僕、歌を録ったっていう思い出がなくて。
須藤 「サヨナラワンダー」はひゅーいがバンド時代に作っていたんですけど、それを今回僕がバラードでやってみよう、デモテープ作ろうって言ったんですね。それで僕がギター弾きながら歌ってもらったんですけど、そのときのボーカルのまんまですよ。
石崎 デモテープなんですよ、だから。
須藤 でもそれ以上のものはできないって感じるから。作ってる僕が「あ、いい!」って感じるかどうかが基準なんですよね。世界中で少なくとも自分だけは納得してるってものを作らないと、結局誰も満足しないアルバムができてしまうと思ったんで、僕がよけりゃそれでいいっていうか。「アタラズモトオカラズ」のポエトリーリーディングも、ちょっとやってみようって言って、1回しゃべっただけでOKを出しました(笑)。でもそれが石崎ひゅーいのすごいところで、「隣の家の母ちゃん!」とか「バンジージャンプ!」とか、あれ別になんの指導もしてないですからね。
──ここで急に声を張り上げろみたいなディレションは……。
須藤 一切ないですね。トオミヨウくんが作ってくれたトラックに合わせて朗読したんだけど、トラックのことも関係ないっていうか、とにかくひゅーいのやりたいようにやってもらいましたね。まあ正直、世の中の人はこの曲を聴いても全然喜ばないと思いますけど(笑)。
──アルバムのタイトル曲が8分超えのポエトリーリーディングって、一般的な概念を打ち崩しますよね(笑)。
石崎・須藤 あははは(笑)。
石崎 ありえない。
須藤 そりゃそうですよね。リード曲聴こうっていって「給料日にはエビチリ食べよう」ですからね(笑)。これがリード曲かよっていう。
──この“衝撃作”はどのようにして誕生したんですか?
須藤 僕は今年のグラミー賞を見たときに、ケンドリック・ラマーがすごくいいと思ったんですね。日本では本当の貧困とか命を脅かされる危険はないし、宗教観の違いによる闘争もないじゃないですか。だからケンドリック・ラマーみたいなことを歌うのは日本人にはそぐわない。だけど彼みたいにシンプルなトラックで主張をするっていうのはいいよっていう話をひゅーいとしていて。
──なるほど。
須藤 それで、僕はトオミくんの音楽性に全幅の信頼を置いてるんで、「ケンドリック・ラマーとひゅーいがイメージにあるんだけど、トオミヨウ的なデジタル感のあるオケを作ってくれよ」みたいなアバウトなオーダーをして彼に自由に作ってもらったんですよ。それで作ってくれたものがすごいよくて。で、ひゅーいと2人でまとめた詞があったんですけど……。
石崎 それがどう考えても20分しゃべり続けるくらいの分量があって。ここ最近芝居とかいろいろやってたりして、僕もポエトリーリーディングをやりたいなと思ってたんですけど、蓋を開けたらそんな感じだったから、これ1曲でアルバム終わっちゃうんじゃないかなって(笑)。
須藤 なのでそれを3分の1に削って、それを元にひゅーいが自由にパフォーマンスした感じですね。
──この曲、文字数を数えらた2257文字あったんですが、元はその3倍あったんですね。
須藤 そうそう。だからさ、できあがったものを聴いていいとか悪いとかじゃなくて、アルバムのタイトル曲でこんなにわかりずらくて、ラジオでも絶対にかからないようなものを作って本当にいい気分だなと思いますね。僕は今回、問題作を作ろうって思ったんですよ。みんながいいねって言うような聴きやすいアルバムじゃなくて、いいねって言う人が1人いれば100人が受け入れなくても構わないっていうか。
──石崎さんはこの曲のレコーディングはいかがでした? 短くしたといっても8分超えですし、大変だったのでは?
石崎 でも思った以上にすんなりできました。歌詞を見てその場で感覚でしゃべるというような録り方だったので、「ここでこういう言い方をしよう」みたいな考え方はあまりしなくて。レコーディングの途中で、須藤さんに「ちょっとここ変えていい?」って言われたところがあって、感覚でぽんって変えるんですよ。それでまたやり直すって作業だったんですけど、それに自分もついていかなくちゃいけないから、考えていたらできないんですよね。でもその感じが楽しかったですね。
須藤 朗読を聴いて伝わりにくいなと思ったときにちょっと順番変えてみようとか、何か足りない要素があるなと思ったときにその場で思い浮かんだものをひゅーいにぶつけるんですね。そうするとひゅーいは「そうそう、これ」っていうものを、ほぼ一発でほしいところに返してくるんですよ。
石崎 すごい新鮮でした。
──お二人は感覚が合ってたということなんでしょうね。
須藤 まあ、合わせてくれたんだと思いますよ。ひゅーいは玉置浩二の「JUNK LAND」が一番好きってさっき言ってましたけど、あれも玉置さんと僕で今回と同じように作ってるんです。「JUNK LAND」で僕はベースを弾いてるんですけど、そうやってそのときの自分たちの思いつきを楽しんで作るっていうことをずっとやってきてるだけで。今回ひゅーいに伝えたかったのは、レコードを作るなんてぜいたくをやらせてもらってるわけだから、楽しんでやらないと意味ないってことで。お金も時間もかかるし、いろんな人が関わるわけじゃないですか。それを苦痛だって思いながらやってもらっちゃ困るというか。本当に楽しかったなって思ってほしいし、またすぐやりたいって気持ちになってほしいですよね。
アルバムの本当のテーマ曲
──「敗者復活戦」にはMINMIさんがコーラスで参加していますね。
須藤 テレビでオリンピックを観てた時期に、なんかの試合で敗者復活戦で負けた選手をずっとカメラが追いかけてたのが印象に残ってて。それでひゅーいと、8ビートのミディアムな感じの曲がアルバムに足りないから作ろうって言ってサッとできたのがこの曲ですね。
石崎 敗者復活戦でも負けたほうの人を歌にしてます。
須藤 それで僕の中ではブライアン・アダムスとメラニー・チズムがディエットしてる曲(「When You're Gone」)のイメージに近いと思ったんで、こないだ僕がプロデュースさせてもらったMINMIさんに電話してハモってくれないかなってお願いをして。音源を送った2時間後に送り返してきてくれて、あっという間に完成しました。
──2人が歌詞を共作した曲で言うと、ラストを飾る「謝肉祭」もそうですよね。10分を超える大作で、この曲も胸に突き刺さる言葉が満載でした。
須藤 僕がひさしぶりにオールプロデュースをやった理由にもなるんですけど、そういう言葉が刺さるものを世の中の人が待ってる気がしたんです。「謝肉祭」では国技館で力士の出待ちして背中を叩いて、「おい横綱になれよ」って、「でも人生に番付はないよ」って歌う。そんな言葉をみんなが待ってるんだろうなって実感することが最近何度もあったんですね。自分もそうだし、だからひゅーいとそういうものを作ろうよって。
──石崎さんにとって「謝肉祭」はどういう曲ですか?
石崎 なんていうか、このアルバムの中のすべてのストーリーを「謝肉祭」では歌っていて。アルバムにはこれ以外に11曲あるんですけど、それをまとめてる気がするんですよね。「さよなら、東京メリーゴーランド」っていう曲があって、それは僕が小説を書いたときに作った曲なんですけど、その小説に登場する人物も「謝肉祭」に入っていて。
須藤 僕は「謝肉祭」が一番すごいなと思いますね。メロディもきれいだし、人生の真理を言い当てたような言葉が多いじゃないですか。「しょうがない しょうがない あんたが作った焼きそばを あんたは自分で食べなさい」「すべてはあなたのやる気しだいです」とかね。
──「愛情には失望が棲みついてる」「さよならだけがたった一つの真実」も真理をついてると思いますし、糖質制限している人に向かって「長生きするのにあと何やめよう」って語りかけるアイロニカルな感じも素晴らしいと思います。
石崎 うんうん。
須藤 それと、日本ってアメリカのカルチャーにすごく影響を受けてきたんだけど、それも壊れてきちゃってるじゃないですか。アメリカがカッコいい国ではなくなってきてる。「いつかは帰ってこいよイチロー 玄関で靴脱ぎ忘れんな」とか、ああいうところもすごく優れてると思うんですよね。この曲、「盆と正月には帰ろう」っていう日本の風習で始まって、最後は「サンタクロースがつけひげ忘れてる」ってクリスマスで終わるんですよね。アウトロの万歳三唱も“大日本帝国万歳!”ふうでしょ?
──確かに。
石崎 やばいね。
須藤 何十年もの間、日本のロックシーンでやって来てたどりついた僕の中の歴史観みたいなものを石崎ひゅーいが表現してくれたと思って、すごい気に入ってるんですよね。「アタラズモトオカラズ」がタイトルチューンだけど、本当のテーマ曲は「さよなら、東京メリーゴーランド」と「謝肉祭」なんですよ。
次のページ » 一番大事なのは生きること
- 石崎ひゅーい ニューアルバム「アタラズモトオカラズ」2016年12月7日発売 / EPICレコードジャパン
- 初回限定盤 [CD+DVD]4000円 / ESCL-4748~9
- 通常盤 [CD]3200円 / ESCL-4750
CD収録曲
- 溺れかけた魚
[作詞:石崎ひゅーい、須藤晃 / 作曲:石崎ひゅーい / 編曲:須藤晃] - 牧場で僕は迷子になって
[作詞・作曲:石崎ひゅーい / 編曲:トオミヨウ] - ダメ人間
[作詞・作曲:石崎ひゅーい / 編曲:トオミヨウ] - 敗者復活戦
[作詞:石崎ひゅーい、須藤晃 / 作曲:石崎ひゅーい / 編曲:須藤晃] - 傷心
[作詞・作曲:大友裕子] - 沈黙
[作詞:須藤晃 / 作曲:浅田信一 / 編曲:須藤晃] - サヨナラワンダー
[作詞・作曲:石崎ひゅーい / 編曲:須藤晃] - ピノとアメリ
[作詞・作曲:石崎ひゅーい / 編曲:トオミヨウ] - お前は恋をしたことがあるか
[作詞・作曲:石崎ひゅーい / 編曲:トオミヨウ] - さよなら、東京メリーゴーランド
[作詞・作曲:石崎ひゅーい / 編曲:トオミヨウ] - アタラズモトオカラズ
[作詞:石崎ひゅーい、須藤晃 / 作曲:トオミヨウ] - 謝肉祭
[作詞:石崎ひゅーい、須藤晃 / 作曲:石崎ひゅーい / 編曲:須藤晃]
初回限定盤DVD収録内容
石崎ひゅーいTOUR2016「花瓶の花」東京キネマ倶楽部 2016.07.28 ライブ映像収録
- 夜間飛行
- ファンタジックレディオ
- ピーナッツバター
- 花瓶の花
ライブ情報
石崎ひゅーい TOUR2017「アタラズモトオカラズ」
- 2017年1月28日(土)大阪府 Shangri-La
- 2017年1月29日(日)愛知県 SPADE BOX
- 2017年2月10日(金)埼玉県 所沢市民文化センター ミューズ
- 2017年2月16日(木)東京都 LIQUIDROOM
石崎ひゅーい(イシザキヒューイ)
1984年3月7日生まれ、茨城県水戸市出身のシンガーソングライター。風変わりな名前は本名で、デヴィッド・ボウイのファンだった彼の母親が、ボウイの息子・ゾーイ(Zowie)をもじってひゅーい(Huwie)と名付けた。高校卒業後、大学で結成したバンドにてオリジナル曲でのライブ活動を本格化させる。その後は音楽プロデューサーの須藤晃との出会いをきっかけにソロシンガーに転向し、精力的なライブ活動を展開。2012年7月、ミニアルバム「第三惑星交響曲」でメジャーデビューし、2013年2月から5月にかけて全国47都道府県を回るライブツアー「全国!ひゅーい博覧会」を実施した。同年6月にテレビ東京系ドラマ「みんな!エスパーだよ!」のエンディング曲「夜間飛行」を、7月に1stフルアルバム「独立前夜」をリリース。2015年6月には劇団鹿殺しの舞台「彼女の起源」で俳優に挑戦した。2016年5月に2ndフルアルバム「花瓶の花」、その7カ月後となる12月に須藤晃オールプロデュースによる3rdアルバム「アタラズモトオカラズ」を発表。同じく12月には、松居大悟監督、蒼井優主演の映画「アズミ・ハルコは行方不明」に出演。