菅田将暉の3rdアルバム「SPIN」が7月3日にリリースされた。
2022年11月、気心の知れたライブバンドメンバーと制作したEP「クワイエットジャーニー - EP」をリリースし、2023年2月には東京・日本武道館公演を行った菅田。俳優として活躍する傍ら、音楽活動も精力的に行う彼の最新アルバム「SPIN」には、アニメ「るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-」の第2クールのオープニングテーマ「るろうの形代」、「劇場版 君と世界が終わる日に FINAL」の主題歌「谺する」といったタイアップソングのほか、Vaundy、石崎ひゅーい、小野雄大、佐藤千亜妃、甫木元空(Bialystocks)、牧達弥(go!go!vanillas)らが手がけた楽曲、ライブバンドメンバーが制作した楽曲など全13曲を収録。タイアップに沿った壮大な楽曲から、生活に寄り添うようなナチュラルな楽曲まで、菅田のさまざまな一面を凝縮した1作になっている。
音楽ナタリーでは二足の草鞋を履く多忙な菅田にインタビュー。本作の全体プロデュースを手がけた菅田将暉ライブバンドのドラマー・タイヘイを交えてアルバムの制作エピソードを聞いた。
取材・文 / もりひでゆき撮影 / 永峰拓也
三角形の違いで生まれる曲が変わってくる
──3枚目のアルバム「SPIN」、めちゃくちゃいい作品になりましたね。ある意味、菅田将暉というアーティストのスタイルが1つ完成した感があるというか。
菅田将暉 それはめっちゃうれしい感想ですね。まさにそんなことを思いながら作っていたというか、それが目標だったので。
──本作に至る流れにはライブバンドメンバーとともに作り上げられた、2022年11月リリースの「クワイエットジャーニー - EP」のタイトルが冠されたツアー「菅田将暉 LIVE TOUR “クワイエットジャーニー”」が影響しているのではないでしょうか。
菅田 きっかけはそこですね。普段ライブを一緒にやっているメンバーとあのEPの曲作りができたことで、より自分の好み……サウンドだけではなく、ステージでのパフォーマンスや演出の好みがわかって。だからこそ、今回は改めて自分の好みや思いを踏まえて楽曲が作れた感じがあります。
タイヘイ うん。今後やりたいことや、「もっとこんなことができるんじゃないか」ということは、「クワイエットジャーニー」ツアーの最中からいろいろ思い描けていたからね。そういう話はメンバー間でもよくしていたし。
菅田 それをどんどん形にしていくのが楽しくて。
──今回のアルバムには、テレビアニメ「るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-」第2クールのオープニングテーマである「るろうの形代」や、ドラマ「最高の教師 1年後、私は生徒に■された」の主題歌「ユアーズ」、「劇場版 君と世界が終わる日に FINAL」の主題歌「谺する」といったタイアップ楽曲が多数収録されています。それらの楽曲は情感的でスケールの大きな世界観が特徴ですが、一方ではグッと日常的な視点にフォーカスしたラフでナチュラルな雰囲気のノンタイアップ曲も並んでいて。菅田さんの中でそこのすみ分けはどんな感覚でやっているんですか?
菅田 僕からしたら両方とも新しい場所に誘導してもらえる楽しさと試練がある感覚なんだけど、タイアップの場合は楽曲を作ってくれる人とタイアップ作品の人たち、そして僕という三角関係になっている。で、ノンタイアップの場合はバンドのみんなと僕、そしてライブという三角関係があるような気がしていて。
タイヘイ うんうん、そうだね。
菅田 その三角形の違いがあるから、必然的に生まれる曲も変わってくる感じだと思います。
──なるほど。本作はその2つのスタイルのバランスが見事ですよね。どちらかに偏ることなく、1枚のアルバムの中で違和感なく共存している。冒頭でもお伝えしたように、これこそが菅田さんのやりたいことなんだろうなと思いました。
菅田 そこは今回、なんとか共存できたのかなと。そもそも、このアルバムの起こりとしては、今までやってきた自分の幹から生えてきた枝をもっと太くしたいという思いがあったんです。それがまさにおっしゃっていただいたような、タイアップ曲に顕著なフォーマルでスケール感のある曲とナチュラルで日常的な楽曲の2本柱だった。そこが離れすぎていても違うなという思いもあったんですけど、うまくいったんじゃないかな。
──菅田さんとともに、タイヘイさんがアルバム全体のプロデュースを手がけることになったのもそこに理由がありそうですね。
菅田 これはライブバンドメンバー全員に言えることなんですけど、僕としては彼らのナチュラルな生活感や音楽性にすごく惹かれているんです。アルバムも3枚目となってくると、20年、30年経った先の自分を想像するようになってきて。仮に60歳でライブをやっていたとして、どんなステージを作っていたいのかということをみんなと話したことがあったんです。そういう未来へのイメージは、俳優としてはなんとなく見えてはいるんだけど、音楽についてはまだ見えていなかったから、じゃあそこをクリアにするために必要なものは何かなと考えたときに出てきたのが、タイヘイにプロデュースしてもらおうというアイデアだった。
タイヘイ 僕としてはもうワクワクしかなかったです。「クワイエットジャーニー」ツアーはすごくいいものになったけど、同時に「もっとこんなこともできたかもしれない」という思いが芽生えて、ちょっと悔しい気持ちになったりもしたんですよ。だからこそ、そこで感じたことを音源として形にできる機会を与えてもらえたのがすごくうれしかった。
アルバムのテーマは“ちょっと踊りたい”
──具体的にアルバムに照準を合わせて制作を始めたのはいつ頃だったんですか?
タイヘイ 去年の4月前後くらいだよね。
菅田 そうだね。とは言え、実際に打ち合わせや曲作り、レコーディングにかけた時間のことを考えると、制作期間自体はコンパクトな感じでした。制作を始めた段階で、めっちゃ簡潔に言えば、“ちょっと踊りたい”という1つのテーマがあったんですよ。ライブでもそうだけど、僕自身がいい意味で歌にとらわれたくないというか。純粋にノれるものを、「ノリってなんですか?」という部分も含めて表現したいなと思いました。
──へえ。今のお話を聞いて、アルバム収録曲の「サディスティックに生きなくちゃ」がパッと思い浮かびました。作詞作曲は菅田さんと石崎ひゅーいさんが手がけていて、遊び心のあるノリ満載の楽曲です。曲中にはアルバムタイトルにもなっている“SPIN”というワードも登場しますが、この曲がアルバムの取っかかりになった感じなんですか?
菅田 いや、それがね、「サディスティックに生きなくちゃ」は最後でした(笑)。
タイヘイ そうそう。アルバムの仕上げとして作ったというか(笑)。
菅田 アルバムを見据えたタイミングでは「ユアーズ」とか「谺する」を作ってたんですよ。そこで、「これがいずれアルバムにつながっていくよね」という話をしていて。で、そこからいろんな曲を作っていき、「SPIN」というタイトルも最後の最後につけた感じで。
タイヘイ うん。さっき菅田くんが言ったように、“ちょっと踊りたい”というマインドでアルバムを作っていって、最終的にそれを言語化してみたら“SPIN”だったという流れですね。
菅田 思想はずっと変わってなかったからね。それを言語化する中では、相当いろんな案が出ましたけど。もうわけがわからなくなるくらいタイトル候補はありました(笑)。
──そのタイトルもちょっと面白かったんですよ。前回のインタビュー時、菅田さんは「クワイエットジャーニー」ツアーを「地に足につけるツアーにしたい」とおっしゃっていて。で、そのツアーを経て完成したアルバムで今度は回り出したぞという(笑)。でも、よく考えれば、地に足をつけたからこそ安定して思い切り回れるようにもなったってことなんだろうなと。
菅田 あー確かに。本当だ。まさにそうだと思います。
タイヘイ 確かにあのツアーを通して、ちゃんと自分たちの現在地を確認できたところがあったからね。
菅田 うん。ホントにいいツアーだった。
子供の授業参観に行くパパ
──アルバムの出発点になったという「谺する」について聞かせてください。この曲は菅田さんとタイヘイさんが2人で作り上げたものですね。
菅田 タイアップに僕らで挑むというのは大きな出来事で。それを初めて任せてもらえたことに対しては本当に感謝しかないです。ただ、かなり大変でした。
タイヘイ 難産でしたね。先方からのオーダーは当然あるわけですけど、自分的にはわがままではいたかったというか。俺らがカッコいいと思うものをやりたいという基本姿勢があるので、そことどううまくバランスを取っていくかでかなり悩んでしまって。やっぱり斜め上を狙っていきたいじゃないですか(笑)。
菅田 そうだよね。
タイヘイ でも結果的には大成功だったと思います。
菅田 うん。「劇場版 君と世界が終わる日に FINAL」を一緒に観に行けたのもよかったよね。あの劇場体験はかなり新鮮でした。初めてミュージシャンみたいな気持ちになったかも。
タイヘイ 今まで以上に、より自分から出たものが形になったからこそだろうね。
菅田 タイヘイが「子供の授業参観に行くパパみたいな気持ちだ」とか言ってたんだけど、その気持ちがよくわかる。
タイヘイ ずっとそわそわしちゃって。「うちの子、大丈夫かな」って思いながら(笑)。
菅田 そうだよね。自分が俳優として出てる映画ではそういう気持ちにならないんですよ。でも今回はそう思えた。違った視点、立ち位置で映画に関われたからでしょうね。
タイヘイ この曲が早い段階で作れたことで、アルバム制作に対しての気持ちの勢いがついたところは間違いなくあったと思います。
──菅田さんとタイヘイさんががっつりタッグを組んで作った曲で言えば、「Magic Hour」もそうですよね。
菅田 はい。「Magic Hour」には、タイヘイにプロデュースしてもらった意味が集約されている気がするな。この曲って“なんでもないこと”を歌ってるんですよ。今までは何かしら言いたいことがあったんです。伝えなきゃいけないこと、やらなきゃいけないこと、使命みたいなものが。もちろんそれは今も継続してあるんだけど、音楽を含めた表現はそれだけじゃないよね、という。“なんでもない”って、実はぜいたくだということを改めてこの曲で感じられたんですよね。今はそういうモードなのかな。
──“なんでもないこと”すらも歌えるようになったのは、アーティストとして大きなことかもしれないですよね。
菅田 めっちゃ大きいですね。特に何も大きな出来事が起こらなくても、観てるほうが涙しちゃう映画ってありますからね。それも「クワイエットジャーニー - EP」からの延長ではあると思うんだけど、そんなことが今の自分はやりたいんだと思う。
──「クワイエットジャーニー - EP」のインタビューでは、何か起こりそうで何も起こらない「NOPE/ノープ」という映画を引き合いに出してそういったお話をされていましたね。
タイヘイ あー、してたね。
菅田 そうね。今回のアルバムタイトルとして、「NOPE」も候補に上がってたし(笑)。
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曲中のセリフを言い慣れない理由