ひさしぶりに「せーの」で演奏
──ちなみにこれまでに、夢の中で出てきたストーリーを歌詞に反映させたりしたことはありますか?
佐藤 夢ってすぐに忘れちゃいますよね。特にメモもしないし、あまりないかな。生きていくうえで夢を何かの手がかりにしたりはしないですね。夢判断もしないし、夢のお告げに従おうとも思わないし。
佐野 私は自分が見た夢をよくMCのネタにしてますね。みんなが聞きたがっているかどうかはわからないけど(笑)。
──ギターのエフェクターで夢の中にいるような浮遊感が表現されている「夜の火」では、映像的な音作りが優れた効果を発揮しています。
佐藤 そういうふうな音作りをしていったから「夢」というキーワードが立ち昇ってきたのかもしれないし、相互作用だったと思います。
──あと、前作「丈夫な私たち」でも顕著だったエレキギターのエモーショナルな鳴りが今回もあちこちで聴かれて。エモさとドリーミーな感覚がほどよくミックスされているのも本作の特徴だなと思います。
佐野 そう言えば、部屋でエレキギターを録音できるようにしたじゃない?
佐藤 いや、部屋で録るのは、いきものがかりの曲を録ったときにやめちゃった(笑)。大変すぎて。自宅でギターを録れるならそれに越したことはないと思って、押し入れにアンプを入れて苦情が来ないように配慮してやってみたんだけど、配線やら何やら、準備段階でヘトヘトになっちゃって。全然手軽じゃなかった(笑)。
──スタジオではどのようにレコーディングが進行していったんですか?
佐藤 今回はほとんどクリックを使わずに録っているんです。ひさしぶりに「せーの」でやったんですけど、やっぱりいいなあと思いました。リズムパターンは前もって詰めておいたんですけど、ドラムの則竹裕之さんが予想を上回るいい感じのアイデアを出してくれて。デモでつかんだイメージから、どのスネアを使えばいいかとか考えてきてくれるし、こちらがリクエストを出すと喜んでいろんなことをやってくれるんです。
随所に込められた細やかなサウンドの工夫
──レコーディングでの印象的なエピソードを教えてください。
佐藤 細かい話なんですけど、CCR(Creedence Clearwater Revival)のライブ映像を観て、懇意にしている楽器店の方と、「ドラムのハイハット、めっちゃ大きいね」って話になったんです。その後、スティーヴ・ジョーダンのドラム解説の動画をYouTubeで観てたら「CCRみたいにハイハットを大きくしたら歌の邪魔にならなくなるんだよ」って解説していて、「えっ?」と思ってジョン・フォガティ(CCRのボーカル&ギター)のライブ映像を確認したら、ドラマーが曲によって違うサイズのハイハットを叩いていた。「私は空っぽ」をCCRっぽくしたかったこともあって、普段は15inchのハイハットを使っている則武さんに「18inchのクラッシュを2枚重ねて叩いてくれませんか?」と頼んでみたら、うまい具合に音が低くなったというか、チッチチッチ言わない落ち着いた音が鳴ってくれて、歌がグッと映えるようになったんです。
佐野 あとティンパニーを近くに置いたりしてね。
佐藤 ドラムセットのそばにティンパニーを置いてマイクを立てると、実際は叩いていないのに共鳴した音が録れるんですよ。それをこっそり混ぜると、いい感じのエフェクトになる。すごくマニアックな話ですけど(笑)。
──今回の音作りには、そうした細かい工夫が随所に施されているわけですね。
佐藤 そうですね。いろいろやってます。
書き手と編集者のような関係
──アルバムのハイライトとも言える楽曲「トンネル」についても聞かせてください。この曲はドキュメンタリー映画「大きな家」の主題歌に使用されていますが、どういう経緯で引き受けることになったんですか?
佐藤 監督から主題歌を作ってくれないか?という依頼をいただきました。制作途中のオフライン映像を見せてもらったら、当時作っていた「トンネル」の原型になる曲がぴったりなのでは?という声がスタッフから上がって。実際ぴったりだったんですよ。新たに書き下ろすのもいいけど、まずはこの曲を聴いてもらってから考えませんか?と提案したら、監督も同じく大賛成で。ちなみに原曲を作ったのは3年前です。
──映画の感想についても聞かせてもらえますか?
佐藤 「大きな家」は児童養護施設で暮らす子供たちに密着したドキュメンタリーなんですけど、作為的なものがまったく感じられなくて、カメラと子供たちの距離感がすごくいいんですよね。
──彼らが背負った苦労に対して必要以上にフォーカスしないところもいいし。
佐藤 こういう題材って作り手がやたらと意味を付けたがるものだけど、それがないところがいいですよね。
佐野 子供たちはもちろん、周りにいる職員さんたちも魅力的なんです。試写会に職員さんたちがいらっしゃっていて、「自分たちにとってはありふれた日常の風景だけど、こうして映画にしてもらうと、たまらないですね」って泣いていました。
──映画のエンディングで流れる「トンネル」が、彼らの物語はこれからもずっと続いていくんだと示唆する役割を担っていて素晴らしかったです。本作や「ぼくのお日さま」など近年ハンバート ハンバートが主題歌を手がけた映画の公開が続いていますが、多くの映像作家からハンバートにラブコールが届く理由をお二人はどのように考えていますか?
佐野 なんだろう……たぶん想像する余白があるところですかね。歌詞で言うと、私はあまり説明的にならないほうがいいと常々思っているんです。良成が書いてきた歌詞に目を通して、最初に気にするところはそこです。「これこれこうだから、こうなった」みたいな説明っぽい表現が入ってると絶対に指摘します。それが私の役割だと思っているから。
佐藤 「トンネル」は何回も歌詞を直したね。構成も変更したし、完成までずいぶん時間がかかりました。遊穂から、いつも編集者みたいにチェックが入るんです。「ここの表現は言わずもがなにしておいたほうがいい」とか。
佐野 たまに、わかりやすいオチみたいなのが入ってるんだよね。それはもったいないと思うから。
佐藤 「もったいない」っていつも言われます(笑)。自分で歌詞を書く人って、「ここを書き直したほうがいい」とか客観的に気付くのが難しいと思うんです。僕たちは2人で一緒に曲を作っているし、遊穂がズバズバ言ってくれるので、そこはありがたいですね。
──ビシッと的確に。
佐藤 いや、的確かどうかはわからないです(笑)。
佐野 前のほうがよかった可能性もある(笑)。
佐藤 その時点でほかの誰も聴いてないからね(笑)。でも僕らはこのやり方がすごくいいと思っているんです。実際、自分でも「詰めが甘いかな」と思っているポイントを遊穂が指摘してくれるので。僕としては曲が早くできたってアピールしたいんですよ。だからちょっとぐらい甘かろうが構わず提出しちゃうという(笑)。
今の課題は「ツアーで収録曲をどうやって再現するか」
──アルバムを作り上げて、手応えはどうですか?
佐藤 曲作りや音作りの引き出しが広がったことと、あとはライブをあまり意識せずレコーディングに専念できたことに対する手応えがあります。コーラスの多重録音をOKにしたイコールそういうことですから。やりたいことに制限をかけることなく、思いつくままに楽器を足したりアレンジを変えたりすることができました。その反面、来年のツアーで収録曲をどうやって再現するのか、頭が痛いところではありますけど(笑)。
佐野 今回のアルバムには、すでにライブで披露している曲が2曲あるんですけど、私が好きな曲をライブでみんながどう感じてくれるのかというのも、すごく気になります。
佐藤 あれって不思議だよね。結局お客さんの前でやってみて、ようやく自分たちでも曲の魅力や存在感がわかる。ライブで演奏してみて初めて確かな手応えが得られるんですね。
佐野 今後もセットリストに残っていくだろう、みたいな空気がね。
佐藤 手応えということでは、僕は「やり切ったな、疲れた」ってのが正直なところです(笑)。
──いつも以上に疲れが?
佐藤 まあ、レコ―ディング後はいつも疲れてるんですけどね。毎回納得のいく作品作りを目指すんですけど、いざ完成すると、「次こそは……」と考えている自分がいて。ミックスやマスタリングが終わったときに、「次はここをもっとよくしよう」と自分の中で課題になっていたことの答えがようやくわかったりする。だから早く次のアルバムが作りたいという気持ちですね、今は。
──いずれにせよ、これらの充実した新曲がライブでいったいどのような変貌を遂げているのか、それを確認するのを心待ちにしています。本日はありがとうございました。
佐藤・佐野 ありがとうございました。
公演情報
ハンバート ハンバート TOUR 2025「寝ても覚めても」
- 2025年1月26日(日)東京都 NHKホール
- 2025年2月2日(日)新潟県 りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館
- 2025年2月9日(日)宮城県 電力ホール
- 2025年2月15日(土)香川県 レクザムホール(香川県県民ホール)小ホール
- 2025年2月22日(土)愛知県 岡谷鋼機名古屋公会堂
- 2025年2月24日(月・振休)石川県 金沢市文化ホール
- 2025年2月28日(金)大阪府 オリックス劇場
- 2025年3月2日(日)島根県 島根県民会館 中ホール
- 2025年3月15日(土)北海道 札幌市教育文化会館 大ホール
- 2025年3月29日(土)広島県 JMSアステールプラザ 大ホール
- 2025年3月30日(日)福岡県 福岡国際会議場 メインホール
プロフィール
ハンバート ハンバート
1998年に結成された佐藤良成(Vo, G)と佐野遊穂(Vo, Harmonica)による男女デュオ。2人ともがメインボーカルを担当し、フォーク、カントリーなどをルーツにした楽曲と、別れやコンプレックスをテーマにした独自の詞の世界は幅広い年齢層から支持を集める。テレビ、映画、CMなどへの楽曲提供も多数。2014年に発表した楽曲「ぼくのお日さま」が主題歌 / タイトルとなった映画「ぼくのお日さま」(監督:奥山大史)が2024年9月に全国公開された。同月に佐藤によるオリジナルサウンドトラックと、発売から10年となるアルバム「むかしぼくはみじめだった」の限定生産アナログ盤を同時発売。11月には通算12枚目となるオリジナルアルバム「カーニバルの夢」をリリースした。本作には12月6日より東名阪で先行公開、12月20日より全国順次公開されるドキュメンタリー映画「大きな家」(監督・編集:竹林亮 / 企画・プロデュース:齊藤工)の主題歌「トンネル」も収録。2025年1月26日に全国ツアー「寝ても覚めても」がスタートする。