細野晴臣|50周年イヤーに生まれ変わる「HOSONO HOUSE」

来年はやっと自由になれるかな

──今年は50周年イヤーです。先ほど話の中にも上がりましたが、夏前にはニューヨーク公演があります。

そうだ、今年は大変だ……気が重い(笑)。ニューヨークのライブ、恐ろしくてね。みんな何を求めているのか全然わからない。去年の海外公演は、日本公演と同じ気持ちで行ったら日本と同じく楽しくできた。そういう意味では、ニューヨーク公演も楽しみではありますね。

──お話を伺ってきて、細野さんが「作っているときは高揚していた」とおっしゃっていて。とても感触がよかったのかなと思いました。それに伴い、50周年イヤーはいい感じでスタートされたと言えるのかな、と。

なるほど。いろんな捉え方があってね、星野くんは、「平成最後の仕事ですね」って(笑)。確かに平成最後のアルバムだ。

──そういうことになるんですね。

そうそう。へんてこりんな時期に元号が変わるんだよ。しかし、周年が多いよね。近いところだと小坂忠とか。「ミュージック・マガジン」も50周年だし。あとは20周年を迎える人が多いですね。20年もやっていれば大体ベテランだ。まあ僕は50周年が終わったら、来年はやっと自由になれるかな(笑)。

──これまでが自由ではなかったような言い方ですね(笑)。しかし今年は「HOCHONO HOUSE」リリースや海外公演のみならず、いろいろな企画が用意されていると聞きます。

周りが動いてくれているけれど、今はわりと人ごと。内容はボーッとしか聞いていなくて。いつもそうですけど。関わる人たちからいろいろなアイデアが出てくるから、お任せしているんです。まあ、いろいろな企画でまた自分と向き合うことになるになるでしょうね。今年はライブも映画音楽もやりますし、忙しいは忙しいけれど、一番忙しかった頃は音を上げていたから。それに比べたら全然。

細野晴臣

つくづく音楽好きなんだな

──細野さん、振り返ってみて楽しい50年でした?

そうですね、思い残すことはない……ですかね。そう言うと死んじゃいそうだけど(笑)。

──かねてから折に触れて、「これで引退」などと発言されてきた細野さんでしたけど、50周年までたどり着きましたね。

でも20代の頃だって、もう最後だと思っていたし。20世紀もノストラダムスの予言通り終わると思っていた。だから未来のビジョンってないんですよね。今も同じ。その日暮らしに近くなってきている。

──これからやりたいことなどは?

ああ、それはね、ありますよ。僕はつくづく音楽好きなんだなって思うんですけど、やっぱりレコーディングが好きなんです。やりたいカバーもいっぱいあって。

──そうなんですね。まあ、「Heavenly Music 2」も作らなければならないですし。

え、なに? そんなの聞いたことないよ。前に言った?

──実は以前音楽ナタリーのインタビューで、そのような発言をされているんです(参照:細野晴臣 ソロ活動40周年インタビュー)。

そうか……こういうのが危ないんだよな(笑)。でもカバーアルバムはやぶさかではないね。やりたいですよ。

──心強いです。

だから多作になるしかない。

──いろいろと、ほかの音楽に刺激ももらい続けて。

もらうどころじゃなくて、「負けた」と思い続けているよ。この間も「モーニング娘。に負けた」って言ったら、それが拡散されちゃって(笑)。

──それはどういう意味だったんですか?

音です。ヘッドフォンで聴くとそう思うんだ。

──しかし音楽への興味や探究心、本当に頭が下がります。

こちらが下がっているんだよ。

──なるほど(笑)。とにかくこの1年、楽しませていただきますし、もちろんファンの皆さんにとっても楽しみな1年になると思います。

そうか……健康診断に行かなきゃな……(笑)。まあ、あまりつらそうな顔はしないと思います。