羊文学「our hope」特集|暗い部屋の中で探した少しの希望、バンドの新たな一面が垣間見えるメジャー2ndアルバム (2/3)

「シンセを買ったから入れた」くらいの軽い動機でもいいんだ

──4曲目の「電波の街」は曲のテンポ感というか、これまでの羊文学にはなかったテイストの曲かなと思いました。

塩塚 それ、よく言っていただくんですけどびっくりなんですよね。私の中では「電波の街」と「金色」はアルバムに入っている“押しすぎない曲”みたいなイメージだったんですよ。でもいろんな人に「新しいね」と言われることが多くて。テンポが速いからかな。

──特別新しいことに挑戦したわけではない?

塩塚 そうですね。私は曲が思い付かないとベース音だけを弾いて、ざっくりラフな感じで曲を作っていくんですね。「電波の街」はその感じでできたラフな曲という位置付けでした。

──なるほど。それで言うと音楽的な拡張がわかりやすく表れているのが「OOPARTS」です。3人の演奏だけでなく電子音が鳴っていてびっくりしたんですけど、なぜシンセを取り入れようと思ったんですか?

塩塚 Cwondo(No Buses・近藤大彗によるソロプロジェクト。ガレージ調のバンドサウンドが印象的なNo Busesとは異なり、打ち込みを用いた楽曲を多く発表している)くんが去年出したアルバムを聴いているときに、2000年代の世の中について考えていたんです。私はいろんなことの技術が進み切っていなかったその頃の雰囲気が好きで、その雰囲気には電子音が合うんじゃないかなと思って。それに電子音が入った音楽がもともと好きでよく聴いていたし、単純に最近シンセを買ったから活用したかったというのもあります。

──なるほど。

塩塚 私の中で「羊文学は3ピースだから3人で演奏できない音は入れない」みたいなこだわりがあったんですよ。でも、くるりさんが「THE WORLD IS MINE」(2002年3月発表の4thアルバムで、ダンスミュージックに接近した1枚)をリリースしたときのインタビューで、シンセを取り入れたことについて「買ったから使ってみた」みたいなことを話されていて。「シンセを買ったから入れた」くらいの軽い動機でやってもいいんだ、と思って(笑)。

──お二人は「OOPARTS」のデモを聴いたときはどう思いました?

フクダ 「OOPARTS」は楽曲の世界観とサウンドイメージが一致していたので違和感みたいなものはなかったです。2000年代の空気感だったり、2010年代のイメージで冒頭の部分はドラムの四つ打ちみたいなビートを叩きました。

フクダヒロア(Dr)

フクダヒロア(Dr)

塩塚 あ、思い出した。「OOPARTS」は最初に弾き語りのデモをみんなに送ったんですよ。私はすごい曲ができたと思っていたのに、みんなの反応が薄かったのが悔しくて(笑)。それで「こういう感じなんですけど!」みたいな感じでシンセを入れたバージョンを送って。

河西 イメージが変わった。

塩塚 これまでも「本当はこういう音で」みたいなイメージはあったけど、3人で鳴らしたらバンドだからこそのよさみたいなものを発見できるから、それはそれでいいかなと思っていたんですよ。今回は自分の中にあったイメージを、そのまま形にできたのはよかったなと思いますね。

──さっき名前が挙がったくるりは音楽的な変化を繰り返しているバンドですけど、「OOPARTS」を聴いたときに羊文学もそういうタームに入ったのかなと思ったんです。今後も打ち込みを取り入れた楽曲を作る予定はあるんですか?

塩塚 うーん、まだわからないんですね。ただ、せっかく買ったんでね、シンセ使っていかないと。がんばります(笑)。

心の叫びについて歌った「金色」

──「金色」は日々の生活に対して何か物足りなさを感じる主人公を描いた歌詞と、塩塚さんの気だるげなボーカルが印象的な1曲です。僕もそうなんですけど「満足してるよ、人生の大体の部分では でも少し、あと少しの安心が欲しい」というラインに引っかかる人は多いんじゃないかと。

塩塚 刺さりました?(笑) これは私の心の叫びですね。去年の12月末からアルバムのレコーディングに入ったんですけど、「アルバムの顔になるようなキャッチーな感じの曲を書いて」と言われていて。曲が全然できないし、もう無理だみたいになっているときに、ほかのアーティストのライブに足を運んだり映像を観ていたら、自分を貫き通して大きくなってるというか、ステージ上で自分を捨てていないと思ったんですね。それで「自分は何をやっているんだろう?」と思ったときのことを書きました。

──塩塚さんの内省的な部分が表れた曲だったんですね。

塩塚 今の環境が恵まれているというのはわかっているんだけど、どこかで何かが足りないとか、なんか違うなみたいなことにずっと悩んでますね。

羊文学

羊文学

──フクダさんは満たされない気持ちになる瞬間、ありますか?

フクダ いやー、どうだろう……。

塩塚 フクダはなさそう(笑)。

フクダ バンドやれてるしな。でももっと羊文学の音楽を聴いてほしいみたいな気持ちはあります。

──アルバムの中盤に配置された「くだらない」は、音数の少ないサウンドの中で塩塚さんのボーカルが際立つラブソングです。これはどのように作っていったのでしょうか。

塩塚 「our hope」は盛り盛りな曲が多いから、アルバムの中盤に引き算みたいな曲を入れたいなと思っていたんです。あと歌詞は一見ラブソングに見えるんですけど、これはさっき話した「キャッチーな曲を書いて」と言われてムカついたことを歌っているんですよ。「聞き飽きたラブソングを僕に歌わせないで」のところとか。ただ最初に思いついたのは冒頭の部分で「もういない恋人」みたいなイメージで書いていて。私が新宿の街について感じていたことというか、お店もいっぱいあるし、人もたくさんいるんだけど、いつも少し寂しさを感じるというか。その2つが多くの人を騙すであろうラブソングとしてうまくまとまったなと思っています。だから100%のラブソングではないんだけど、歌ってみるとラブソングの気持ちになるんですよね。

──アルバムのエンディングを飾るのは、弾き語りがベースの「予感」です。曲の途中でバンドの演奏が入りますけど、これは何かイメージがあったんですか?

塩塚 その部分はBillboard公演のオープニングで演奏したインスト曲を少し短くして入れているんです。ビリー・アイリッシュが去年出したアルバム(2021年7月リリースの「Happier Than Ever」)の最後に入っている弾き語りの曲がすごくよかったから、その曲を参考に羊文学らしさみたいなものを入れたいなと思って。そしたら眠れない夜の複雑な感じとか、ドロドロした体の中の感覚とか、寝ているのか起きているのかわからない朝方の感じとか、そういうのがうまく音になって言葉にならない何かを表現できたんじゃないかなと思います。

羊文学
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表現の中に小さな反抗心を

──ちなみに“私たちの希望”を意味するアルバムタイトルの「our hope」はどういうイメージで付けたんですか?

塩塚 去年ダンスの音楽を作ったんですけど、そこで「colorful」と「hope」がテーマになっていて。「hope」という言葉がずっと頭に残っていたんです。それでアルバムタイトルで悩んでいるときにアートワークの撮影打ち合わせがあって、アートディレクターのharu.さんに「今回はモエカが車の中から外を眺めていて、何かを見つけて、それを見つめているのか、伝えているのか、そういう目をしているカットを撮りたいと思う」と言われて。それで「視線の先に何があったらいいんだろう?」と考えていたときに、私が新宿の暗い部屋の中でずっと探していた少しの希望=hopeかなと。それにそれは自分だけじゃなくて「私たちの」みたいな、そういうイメージがなんとなく浮かんできたんです。

──なるほど。以前インタビューをさせていただいた際に、バンドの強みについて聞いたら“ホーリー感”だとおっしゃっていましたよね。ただそのときはその“ホーリー感”以外に具体的な言葉が出てこなかったので記事には載せなかったんですけど、改めて言葉で説明できますか?

塩塚 うーん、やっぱりまだ自分たちでもわかってないかもしれないです(笑)。名前は出さないですけど、あるバンドを見ていると同じところを目指しているなと思うことがあって。そのバンドは強い言葉を持って正面から戦いに臨むような人たちで、羊文学は戦ってないように見えるんだけど本当は戦っている。全部を「大丈夫、大丈夫」とにこやかにしているけど、心の中ではそのバンドと同じくらいの反抗心を持っていると思っているんです。強みとかはわからないですけど、そういうバンドなのかなって。

河西 一見みんなに受け入れられるような雰囲気があるけど、何か違和感みたいなものを持ってる感じはする。

塩塚 静かに反逆してる感じだよね。

フクダ 僕は羊文学はどこにも属さないバンドだと思っていて。塩塚の声が印象的で強みっていう部分もあるんですけど、羊文学というバンド自体がほかとは違う何かがあるのかなと思います。

羊文学

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塩塚 なんだろうね。今、一番危険なバンドかな(笑)。知らない間にいろんな人を洗脳しようとしてるかも。例えば「くだらない」はラブソングに聞こえるけど、とんでもない反抗心の塊の曲だったりするし。そういう誰にもわからない小さい反抗心を表現の中に挟んでいます。