音楽ナタリー Power Push - 平井堅
5年ぶりアルバムに込めた、闘いの軌跡
“陽だまり”が今のモード
──ここからは収録曲について話を聞かせてください。1曲目の「Plus One」と最後の「それでいいな」は、同じ人物のことを歌っているような印象を受けました。
えー!? そうですか? なるほど、そうか。そうかもしれませんね。
──わがままな恋人に振り回される楽しさを歌った歌でサンドイッチしたことによって、アルバムのまとまりができた感じがして。そうした意図はありましたか?
いや、全然(笑)。ありがたい誤解というか深読みで、完全にたまたまです。僕ホント何も考えてなくて、単純に自分がMだから、そういう関係性の曲ができやすいんですよね、きっと。「お腹が空くと 機嫌が悪くなって黙りこむ」って歌ってた「君の好きなとこ」なんかも通じるものがあると思うんですけど。44歳にもなって気持ち悪いけど(笑)、振り回される恋愛へのファンタジーが強いんですよね。ラブソングにはやっぱり実人生、実体験が反映されがちなので、自分が惹かれるタイプがそういう人なのかもしれないです。従順な人にはあんまり興味がないというか。
──アルバムの最後を飾る新曲「それでいいな」はどういう経緯からできたんでしょうか?
最後のほうに「TIME」を入れると決めていたんですけど、壮大なアレンジのライフソングで終わるんじゃなくて、身近で些細な日常を慈しむようなラブソングをもう1曲書きたいなと思って作ったのが「それでいいな」なんです。このアルバムに“毒”と“陽だまり”という2つの軸があるとするなら、陽だまりっぽいものとしてある「魔法って言っていいかな?」と「それでいいな」が今の僕のモードだと思います。
「うわー、ハマくんだ!」
──僕がもともと平井さんのニッチな曲が好きなせいもあると思うんですけど、新録の3曲にはどれも興奮しました。やたらと荒ぶってる「驚異の凡才」とか、シングルではなかなか出てこない面ですよね。平井さんの中では遊びっぽい感覚なんですか?
遊びももちろんあるし、揶揄もあるし、自虐もあるし。さっき“毒”と“陽だまり”って言いましたけど、今回のアルバムは今までで一番、毒の部分を前面に打ち出したいと思ったんです。タイトルも「THE STILL LIFE」(静物)のほかに「ANTI-SELFIE」(アンチ自撮り)と「PARACITISM」(寄生主義)という候補があって。悩んだ末に一番マイルドな「THE STILL LIFE」にしました。その「ANTI-SELFIE」的なもののテーマ曲が「驚異の凡才」で、歌詞に「I don't have myself but I like selfie(自分はないけど自撮りは大好き)」というくだりがあるんですけど“全人類みな発信者、表現者”みたいな現代の風潮に対する、ちょっとしたクエスチョンみたいなのがあって、それをぶつけたわけでございます。
──歌詞カードでは“Hey”のあとがニコちゃんマークになっていますね。なんて歌っているのか尋ねるのは野暮だと思うんですけど……。
意味がないんでね。なくはないけど、本当に文字にするとそれこそ野暮というか、ちょっと韻を踏んで、古語とネット用語を組み合わせて“凡人驚異”って連呼しているだけなんですよ。
──1つ例を教えていただいてもいいですか?
1番が“揚々 弁士を フォロー乙”、2番が“Yo yo 策士を スルー乙”で韻を踏んでます。完全なナンセンスでもなくて、意味があったりなかったり(笑)。
──この曲は完全なロックバンドサウンドですね。プレイヤー陣としてピエール中野さん(Dr / 凛として時雨)、ハマ・オカモトさん(B / OKAMOTO'S)、滝善充さん(G / 9mm Parabellum Bullet)がクレジットされています。
バンドのメンバーとしてやってらっしゃるミュージシャンをお呼びしたのは初めてかもしれないですね。参加していただいた3人は、僕がただファンだったんです。せっかくやるなら好きなバンドから1人ずつ借りてみようって思って声をかけさせてもらいました。実はこのアルバム、けっこう初めて尽くしなんですよ。「魔法って言っていいかな?」の長岡亮介さんとか、「Plus One」のUTAさんとか、「それでいいな」の松任谷正隆さんとか。新しい人とやるのは寿命が縮まるっていうか、気を遣うからしんどいんですけど、新しい扉を開いていかないとなって自分を鼓舞してがんばりました。ほとんど会話はなかったですけど(笑)。
──人見知りなんですか?
全然そういうわけじゃないんですけど、「驚異の凡才」の3人とは、アレンジャーの田中直くんに全部やり取りをしてもらったんです。「俺、何もしゃべんないから」って言って。スタジオには行ったけど、何話していいかわかんないし「うまいですね」とか言うのも変だし、隅のほうで座って見てました。ミーハーだから「うわー、ハマくんだ!」とか思いながら(笑)。
──今作では若いアーティストと意欲的に組んでいますね。
若いということはあまり関係なくて、僕が書く曲をいろんな人に調理してもらいたいのと、単純に才能のある人とご一緒したいっていうだけなんですよ。センスをいただきたいという。ナガリョーさんはペトロールズを聴いて「センスいいな」って思ってて。聴いてきた音楽も好みもまったく違うのはわかりきってるんで、そういう人にやってもらったら面白いかなって。「なんで僕なんですか?」って言われて「ですよね」ってところから始まったんですけど(笑)。異物感がほしかったんです。ストリングスが鳴ってどんどん盛り上がっていって「さあ泣け!」みたいなアレンジにはしたくなかったから。聴いてきた音楽も好みも全然違うんだけど、スピリットは似てて「ありがちにしたくない」っていうところは同じなんですよね。いろんな人と一緒にやるのは疲れるけど、これからもやっていきたいなって、今はより強く思ってます。
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- ニューアルバム「THE STILL LIFE」/ 2016年7月6日発売 / アリオラジャパン
- 初回限定盤 [CD+DVD] / 4050円 / BVCL-731~2
- 通常盤 [CD] / 3240円 / BVCL-733
CD収録曲
- Plus One
- 魔法って言っていいかな?
- 告白
- かわいいの妖怪
- 桔梗が丘
- Missionary
- ソレデモシタイ
- 驚異の凡才
- 君の鼓動は君にしか鳴らせない
- ON AIR
- おんなじさみしさ
- グロテスク feat. 安室奈美恵
- TIME
- それでいいな
初回限定盤DVD収録内容
<STUDIO LIVE 2016>
- 君の好きなとこ
- LIFE is...
- POP STAR
- 魔法って言っていいかな?
<MUSIC VIDEO>
- 告白
- 桔梗が丘
- グロテスク
- ソレデモシタイ
- 君の鼓動は君にしか鳴らせない
- ON AIR
- Plus One
平井堅(ヒライケン)
1972年大阪生まれのシンガーソングライター。大学在学中にソニーミュージックのオーディションに入選したのをきっかけに、1995年にシングル「Precious Junk」でデビュー。2000年にリリースしたシングル「楽園」がヒットを記録し、その卓越した歌唱力と完成度の高い楽曲で一躍トップシンガーの仲間入りを果たす。2002年には童謡「大きな古時計」のカバーで世代を超えた人気を獲得。その後も「瞳をとじて」「POP STAR」など多くの楽曲をヒットチャートに送り込んでいる。また「Ken's Bar」と題したアコースティックライブシリーズを自身のライフワークとして定期的に開催しており、同タイトルのカバーアルバムも3作発表。2016年7月に約5年ぶりのオリジナルアルバム「THE STILL LIFE」をリリースした。