平井堅のニューアルバム「あなたになりたかった」が5月12日にリリースされた。
前作「THE STILL LIFE」から約5年ぶり、通算10枚目のアルバムであり、平井としては初めて日本語タイトルを冠したアルバムである本作。2017年リリースの「僕の心をつくってよ」から最新シングル曲「怪物さん feat. あいみょん」まで、この5年間に平井が発表してきたシングル8曲に加えて、ケンモチヒデフミやSeihoが制作に参加した新曲5曲が収録されており、全13曲の巧みな配置により既存曲もシングルリリース時とはまた違った味わいを感じられる力作となっている。
音楽ナタリーでは平井にインタビュー。アルバムに収録されている全13曲について、収録順に解説してもらった。1つひとつの曲に込めた思いを語る言葉の合間から、この5年間を彼がどう過ごしてきたか、彼の心模様の変わらないところと変わりつつあるところ、なども読み取っていただきたい。
取材・文 / 高岡洋詞
25周年イヤーを締めくくるアルバム
──デビューが1995年の5月13日ですから、アルバムがリリースされる5月12日は25周年イヤーの最終日ということになります。以前からこのタイミングにアルバムをリリースしようと決めていたんですか?
決めてたわけでは全然ないんです。たかが区切りですけど、「25周年イヤーの間にアルバムを出そう」という話は2019年くらいからあって、本当はもうちょっと早く、それこそデビュー記念日の2020年5月13日とかも考えてたんですよ。そこにコロナ禍があって、いろんなことが後ろに後ろにと延びてしまったんですが、「25周年中にカタをつけたい」ということでギリ最後の日になったっていう感じです。
──結果的に25周年イヤーを締めくくる形になって美しいと思います。内容には追って触れていきますが、まずは平井さんがのっぺらぼう化したジャケットが強烈ですね。
「あなたになりたかった」というタイトルに引っ張られた形ですね。自分以外の何者かになりたがる気持ちもそうだし、幾度となく言ってることですけど、僕は歌手として、自分の主義主張を訴える仕事にも関わらず、伝えたいことがさしてないというか、むしろ自我を消す作業のほうが多いんですよ。そういう自分のスタンスみたいなものを一番よく表すのが、顔の中身を消すことなんじゃないかと思って。あと単純に、ジャケットにせよタイトルにせよ、何かを提示する、力のあるものにしたいなと思ったのもあります。
──撮影はどのように?
思いっきりフラッシュを焚いて「まぶしい!」みたいな感じにして、それでもちょっと写り込みがあったので、うっすら見えてる部分は加工で真っ白にして、なるべく匿名性というか、気味が悪い感じにしました。
──「自分がない」というような話は過去にも何度か話されているので、「あなたになりたかった」というタイトルには納得がいきます。
同じことを繰り返し言ってるんですけど、その気持ちは今も続いてますね。アルバムタイトルはまず日本語にしたかったんです。今までずっと英語だったけど、なんとなく言い得て妙みたいなふんわりした英語よりは、ズバッと日本語のタイトルがいいなと思って。散歩中にふと思い浮かんだのが「あなたになりたかった」っていう言葉でした。
──確かに日本語タイトルのアルバムは10枚目にして初めてですね。
皆さんもそうかもしれないけど、コロナ禍で仕事もなくなったので、内省することが増えて、「自分はどんな人間なのかな」って散歩しながら考えてたんです。そしたら、いいときもそうでないときも、常に誰かをうらやんだり憧れたり妬んだり、ここじゃないどこかに行きたかったり、現状に満足できないといえばそれだけのことなんだけど、そういう心情しか自分にはないな、という極論に行き着いて(笑)。「あなたになりたかった」は最初にアの音が続いて最後に促音が入って響きもいいし、発音しても気持ちいいな、と思って決めました。なんで自分はこうも満たされないんだろうって考えたら、結局、常に他人になりたいのかなあと思うんですよね。
──“あなた”には、そのときどきでいろいろな人物が代入されるんでしょうか。
もちろん歌手としての自分が抱く、イケてるアーティストたちへの「いいなあ」とか「チッ」とかいう(笑)憧れとか羨望とか嫉妬もあるんだけど、特定の人物がいる場合ばかりでもないですね。「自分がない」とか「自分を消す」とか僕はよく言いますけど、そもそも自分で曲を書いてはいるけども、自分から出てくるものってつまんないんですよ。だから友達でも家族でも、例えば隣でお茶してる人でも、極端な話、自分以外の人なら誰にでもなりたい。自分の発想の乏しさに辟易してるから、自分じゃないというだけで尊いというか、すごく強い憧れがあるんです。他者の感覚をとにかく取り入れたい。そういう気持ちもあるのかなと思います。
──「自分がない」かどうかはともかく、そう聞くとタイアップ巧者ぶりにも納得がいきますね。アルバムにはこの5年間にリリースしてきたシングル8曲がすべて収録されていて、うち7曲がタイアップあり。いずれもドラマや映画に寄り添いつつ、しっかり「平井堅の曲」になっているなと思いました。
そうなんですかねえ……ありがとうございます。前作(「THE STILL LIFE」)の頃から、「タイアップはすごくありがたいけど、クライアントに気に入られることに終始するだけの曲にはしたくない」とずっと思っているので、わかんないけど、どういうお話が来てもやりたいことが通底しているのかもしれないです。過去には忸怩たる思いをした経験もあるし、もちろん気に入ってくださるのは願望だし、前提でもあるけど、それよりも大事なのは自分が納得することだと思うから。毎回、闘いですけど、なんとかやってますね。
01.ノンフィクション
──今回のインタビューでは、アルバム全曲についてお話を聞かせてください。1曲目はTBS系ドラマ「日曜劇場 小さな巨人」主題歌の「ノンフィクション」(2017年6月シングルリリース)ですね(参照:平井堅「ノンフィクション」「Ken Hirai Singles Best Collection 歌バカ2」インタビュー)。アレンジは亀田誠治さん。この曲で印象的だったのは「FNS歌謡祭」で……。
ああ、てち(平手友梨奈)と一緒にやりましたね(参照:「FNS歌謡祭」に椎名林檎が初登場、ももクロや欅坂46平手友梨奈のコラボステージも)。
──平井さん、最後にちょっと声が震えていましたよね。
はい、はい(笑)。ただひっくり返っただけなんだけど、みんなに「泣いてたんでしょ」って言われました。
──僕はてっきりそうだと思い込んでいました。
泣いてないですよ。でも感極まったと思われたみたいで、「ひっくり返っただけだよ」って言ったら「泣いてたことにしといたほうがいいんじゃない?」って言われました(笑)。でもどうかな……ちょっと感情が昂ぶってはいたかな。
──お知り合いの方が亡くなったことをきっかけに生まれた曲だと伺っていたこともあって、観ている僕が泣きそうになりましたよ。
この曲はめっちゃくちゃテレビに出て歌ったのを覚えてます。年末に「平井さん、今年22回歌いました」ってディレクターに言われましたけど、スタッフ一丸となってこの曲を売ろうとしてたんですよね。平手さんも本当に素晴らしかったし、いろんな人がゲタを履かせてくれたっていうか、神輿を「わっしょい、わっしょい」してくださったなって。
──平手さんのパフォーマンスのことは覚えていますか?
もちろん。番組サイドの発案だったんですけど、お話が来たときにはぜひ乗りたいと思いました。彼女には本当に興味があったし、すごい吸引力のある子だなと思っていたので。その後に「知らないんでしょ?」っていう曲をちょっと彼女をイメージして書いたぐらい、ひと言で言うとファンだったんです。今はちょっと明るくなられたのかな? でもあの頃は……心を閉ざして大人を拒絶するみたいな感じだったんですね、打ち合わせのときから。僕に対しては全然そんなことなくて、誠実に曲を理解しようとしてくれて、すごくありがたかったけど。
──パフォーマーというか表現者同士で、信頼感があったんでしょうね。
今思い出したんですけど、リハーサルのときにプロデューサーの石田(弘)さんが「平井くん、どう? いいね!」みたいな感じで話しかけてきてくれて、僕は平手さんとご一緒することについて「芸能と寝てるんで」って言ったんですよ。僕は常に芸能と寝ていきたいと思ってるんです。いっちょかみと思われてもいい、自分が認めたその時々のスターと一緒にやることで何かスパークするものもあるだろうから、って。そう言ったら、石田さんが間髪いれずに「だよね!」って返してきて、「あ、ちゃんとわかってくれてるんだ」ってうれしかったです。「えっ、何言ってんの?」ってリアクションが返ってくると思ってたから。