音楽ナタリー Power Push - 秦 基博
自らの手で描ききった「青の光景」
「こういうアルバムにしたい」から生まれた楽曲
──イメージが明確になってからは、制作は順調にいきましたか?
そうですね。今回はあらかじめスタッフに「アルバム用の曲作りのタイミングは2回欲しい」とお願いしてました。まず今年の初めに最初の曲作り期間を設けて「とにかく思い付いたことを全部形にしよう」って。曲のアイデア、ラフなスケッチみたいなものを含めて、どんどん作っていく中で「これは入れる、これは入れない」と選別したんですよね。でもそこからさらに少し時間が経つと「こういう曲が足りない」というものが出てくるし、アイデア自体が変わってくることもあるので、完成に向けてもう一段階ブラッシュアップさせるための制作時間を夏くらいに設けて。一気に作ってしまうのではなく、時間を置いて熟成させることも大事だと思ったんです。曲との距離を取って客観的に聴けるようになるまでは、やっぱり時間が必要なので。そうやって後半に生まれた曲が「ディープブルー」「Fast Life」「美しい穢れ」の3曲です。
──「ディープブルー」「美しい穢れ」はアルバムのイメージを決定付ける曲ですよね。秦さんの中でプロデューサーの視点とソングライターの視点とのバランスがさらにうまく取れるようになってきたのかも。
なかなか難しいですけどね、そこは。だからこそ時間が欲しかったんです。作った曲をすぐに俯瞰で見られるほど、2つの視点が分離できているわけではないので。例えばベーシックなリズム録りにしても、ホントは自分も一緒に音を出して録りたいんですよ。「せーの」でアコギを弾いたほうが絶対に楽しいんだけど、それをやるとアコギ弾きの頭になっちゃうので、まずはほかの方の演奏を聴いて、音やグルーヴがどうなってるのかを確かめるようにしたんです。そのトラックをしっかり構築して、皆さんが帰ったあとから僕はアコギを弾いて。ほとんどの曲はそういうふうに録りましたね。
──アルバムの曲順からも秦さんの明確な意図が感じられました。「ひまわりの約束」のヒットによって秦さんの存在を知ったリスナーの方も多いと思うんですが、アルバムを聴くと「ひまわりの約束」はあくまで“アルバムの中の1曲”になっていますね。
曲順に関して言うと「嘘」を1曲目にして「デイドリーマー」を2曲目に、というのは決めていたんです。この2曲は衝動的に作ったものですが、今の自分がやりたいことがちゃんと表れていて、サウンド的にもアルバムを自然と表している楽曲だと思ったので。そして最後は「Sally」で終わらせるというのも決めていて。全体を通して「青の光景」をどう伝えるか、それを意識して曲順を考えたんです。「ひまわりの約束」もアルバムの中で聴くと「(アルバムでは)こういう音楽をやろうとしていて、その中の1曲なんだな」ということがわかってもらえると思うんですよ。自分の中ではすべて「こういうアルバムにしたい」というところから始まっているし、自分の音楽のモードがどこにあるのかもはっきりしていて。その中で「STAND BY ME ドラえもん」に何をどう重ねるか、というところから作り始めたのが「ひまわりの約束」だったので。それはほかのCM、映画のタイアップでも同じですね。
楽曲におけるギリギリのライン
──アルバムの新曲についても聞かせてください。まずはアコギの弾き語りによる「美しい穢れ」。
弾き語りの曲は絶対に欲しいと思っていたし、「どういう曲にするか」というところまで決めてから作りました。マイナーコードの曲、かつこのアルバムに合う内容ということで、かなわない恋やねたみをテーマにして。あとは少し性的なものを匂わせながら歌いたいっていうのもありました。
──確かにエロティックな雰囲気がありますね、この曲は。
歌い方にもよりますけど、「このメロディで、このニュアンスの曲だったら、ここまで書いていい」というラインがあるんですよね。安全なところだけで歌っていてもドキッとしないというか、聴いてくれる人の心根に刺さっていかないと思うし。逆にこの曲を聴いて「ここまで歌われるとちょっとイヤだな」って思う人もいれば、「まだまだヌルい」と思う人もいるだろうけど、自分なりのギリギリを歌おうというのは意識してました。
──そのギリギリのラインというのは、具体的にはどういうことなんですか?
2番の歌詞には「くちびる」「足」という言葉を使っていて、いろいろな部位の中で「足」をチョイスするのは若干フェティシズムというか変態的に聞こえるんだけど、「美しい穢れ」の世界だったら成立するかな、と。アルバム全曲それぞれに「この曲ではこれを歌う」というのを決めて、そこを突き詰めていますね。
イメージを具現化した音楽表現
──「ディープブルー」はまるで海の中にいるようなサウンドの仕上がりが印象的でした。まさに秦さんの「青」のイメージの1つが具現化された曲だな、と。
そうですね。「深い海の底を表すために、どういう音にするか?」と考えて制作したので。歌にディレイやリバーブを深くかけたり、「両耳を塞いで」という歌詞のところでくぐもった音に変えたり、いろいろなことを試しました。この曲のリズムはスネア、キックなど単音をそれぞれ録って、それをPro Toolsで組んでるんですよ。リズムは無機質な感じのほうがこの曲の温度に合うなと思って。イメージを絵画的に落とし込んでいく感じもあったし、そういう意味ではトライアルだったんですけどね。
──ファルセットを中心にしたボーカリゼーションも、曲の音像に合わせたんですか?
もともと「メロディ全体をファルセット中心にする」という着想だったんです。そういう曲は作ったことがなかったし、浮遊感が出るなって。それに今回のアルバムでは自分の声のすべてを注ぐという意識もありました。
──声の使い方も広がっていますからね。
いろんな歌い方をしてるし、年齢を重ねることで自分の声も変わってきてるとは思います。曲を書いたときから、「ここではクールでいたい」とか「温かさが感じられるほうがいい」とか、ボーカルのイメージもあるんですよ。それをエンジニアの方と共有しながら、マイクやエフェクターのバランスを決めていきました。
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- ニューアルバム「青の光景」 / 2015年12月16日発売 / アリオラジャパン/AUGUSTA RECORDS
- 初回限定盤 [CD+DVD] / 4500円 / AUCL-192~3
- 通常盤 [CD] / 3240円 / AUCL-194
CD収録曲
- 嘘
- デイドリーマー
- ひまわりの約束
- ROUTES
- 美しい穢れ
- Q & A
- ディープブルー
- ダイアローグ・モノローグ
- あそぶおとな
- Fast Life
- 聖なる夜の贈り物
- 水彩の月
- Sally
初回限定盤DVD収録内容
- ドキュメンタリー映像「Behind of“青の光景”~interview, recording & live~」
- 「Q & A 」「ひまわりの約束 」LIVE映像(世界遺産劇場 -縄文あおもり三内丸山遺跡-)
- 「言ノ葉 -Makoto Shinkai / Director's Cut-」MUSIC VIDEO
秦 基博「HATA MOTOHIRO CONCERT TOUR 2016」
- 2016年3月5日(土)福岡県 福岡サンパレス
- 2016年3月11日(金)岡山県 岡山シンフォニーホール
- 2016年3月12日(土)広島県 広島文化学園HBGホール
- 2016年3月19日(土)秋田県 秋田県民会館
- 2016年3月30日(水)京都府 ロームシアター京都
- 2016年4月3日(日)北海道 ニトリ文化ホール
- 2016年4月10日(日)香川県 アルファあなぶきホール 大ホール
- 2016年4月17日(日)愛知県 名古屋国際会議場センチュリーホール
- 2016年4月24日(日)新潟県 新潟県民会館
- 2016年4月28日(木)神奈川県 神奈川県民ホール
- 2016年5月3日(火・祝)宮城県 仙台サンプラザホール
- 2016年5月11日(水)埼玉県 大宮ソニックシティ 大ホール
- 2016年5月18日(水)大阪府 オリックス劇場
- 2016年5月19日(木)大阪府 オリックス劇場
- 2016年5月26日(木)石川県 本多の森ホール
- 2016年6月3日(金)東京都 東京国際フォーラム ホールA
- 2016年6月4日(土)東京都 東京国際フォーラム ホールA
秦 基博(ハタモトヒロ)
オフィスオーガスタに所属する、1980年生まれ宮崎県出身のシンガーソングライター。横浜を中心に弾き語りでのライブ活動を開始し、2006年11月にシングル「シンクロ」でデビュー。柔らかな声と叙情豊かな詞、耳に残るポップなメロディで大きな注目を浴びる。2007年9月に発表した1stフルアルバム「コントラスト」が支持を集め、2009年3月に初の東京・日本武道館公演を実施。2011年には自身3度目の武道館公演を全編弾き語りで成功させた。2013年10月に自身が選曲したセレクションアルバム「ひとみみぼれ」をリリース。そして2014年8月発表の3DCGアニメ映画「STAND BY ME ドラえもん」の主題歌「ひまわりの約束」は100万ダウンロードを超える大ヒットを記録し、10月発売の弾き語りベスト「evergreen」も今なおロングセールスを続けている。2015年7月に青森県の縄文遺跡群の魅力を伝える「あおもり縄文大使」に任命され、三内丸山遺跡での野外公演は4000人を動員。新曲「聖なる夜の贈り物」のミュージックビデオは縦型と横型の2タイプを同時発表し話題を呼んだ。12月には全曲セルフプロデュースの5thアルバム「青の光景」をリリースする。