蓮沼執太×編集者 若林恵|同じ音楽を聴く、奏でるということ

どこかでマジックをかけたい

若林 今回の場合、曲が完成した瞬間ってどうやってわかるんですか?

蓮沼 ミックスを葛西(敏彦)さんと2人でやっているので、意見交換しながらああだこうだやってます。締切がゴールという感じでもなかった。徐々に帳尻を合わせて細かい作業をやっていくと、これで終わったねっていうのが見える。

若林 例えば僕とかは雑誌を作っていて、カチッとハマった瞬間っていうのはわかるんですよ。

蓮沼 もうちょっと泥臭いのかも。ちまちまやってます。同じものを作っていたとしても意見は絶対に違うし、むしろ違ったほうがいいことを認めつつ、作業を進めていきます。2人とも真面目だからメモしたりして、それを1個ずつ消していく感じですね。もちろんカチッといく瞬間もあるんですけどね。

若林 面白い。意見が分かれるときって解釈の違いがありますよね。この曲はこういうバランスであるべきであるっていう解釈が折り合わなかったりすると、第三の意見が出てきて、そこにおいて妥当性がありうるときもある。そういう感じですか?

蓮沼 他人のことなので、向こうは譲歩してくれてる可能性もあるかもしれないけど(笑)、新しく何かを立ててそれがOKになるってプロセスもあると思います。でもそれがすべてではないですね。

若林 だとすると、どっちかが妥協している?

蓮沼 大前提として、僕ら2人の音楽ではなくて、フィルみんなの音楽をミックスしていく視点なんですね。これはソロとは決定的に違うわけですが、その視点から見てお互いに意見を提示しつつ妥協せず進めていくという感じです。

若林 コンフリクトしてるけど、お互い納得できる点があるということですよね。

蓮沼 そうです。それは何回も一緒に作ってきてるのが大きいのかもしれない。でも、そうやっていると化けはしないですよね。魔法がかかりづらい。石橋を叩いていく感じなので。

若林 どこかでマジックをかけたいわけですよね。今回それはどこで?

蓮沼 実は、今回はマスタリング作業で!

若林 へー。どういうふうにかかったんですか?

蓮沼 今回はメンバーみんなの表情が見えるように作っていったんですよ。録り音をベーシックに自然な音を作っていったんですけど、それをジョン・ランバートに渡したら、ボトムが超どっしりして。重心が下がって上に空間ができたので、そのスペースを使って音がのびのびした音像になりました。それはマジックだなと。僕らが要はコントロールしてない部分の変化ですよね。マスタリングという工程自体が、ある意味では第三の意見的ポジションですが、音盤制作というのはそういう過程を経てだんだんと社会性を帯びていき、世に出るんでしょうね。

若林 こういうふうにしてくれってオーダーしたわけではなかった?

蓮沼 もちろんオーダーはしましたけど、想像以上の仕上がりだったし、制作中にあれだけ聴き込んだ音楽にも関わらず、自分が聴いたことない音楽として返ってきたことにも衝撃でした。

若林 マスタリングした人の解釈ということですよね。同じものを聴いてても、蓮沼さんにどう聴こえてるかっていうのは100%知る由がないわけじゃないですか。

蓮沼 それは本当に不安定なことだなと思いますよね。まず全員で音を出して音楽が1つになるのは不思議なことだなって思います。全員が同じように聴いてるとは限らないですよね。フィルは僕の中では最新の音を使って作ったアルバムだと思っているんです。「どこが?」って感じかもしれないけど、ジャンルの違う人が集まって、僕の音楽を演奏するプロセスが新しいと思っている。それはトレンディではないけれど、OPNみたいな最新鋭の音を使って作るのと一緒のことと言うか。システムから新しい構造を作り上げてやってるのと、シンセのパッチングが新しいのと一緒。仕組みの話と言うのかな。

左から蓮沼執太、若林恵。

茨の道って感じがしますよね

若林 メンバーのアセンブリーの仕方自体がなかったので、もしかするとパーツもある種の新しさがあると。さらに今度は蓮沼フィルに新メンバーを追加してエクスパンドするわけですよね。それはどういうことになるんですか?

蓮沼 年齢、性差は関係なし、どこの国の人でもOKという公募でやりたいって言ってくれた人に集まってもらいました。テクニックもまばらだし、楽器もバラバラで。

若林 楽器は指定してないんですか?

蓮沼 しなかったです。なんでもいいと。蓮沼フィルのメンバーは僕から参加をお願いした人たち。公募で参加してくれるメンバーとは関係性が違いますよね。その中でどうやって一緒にできるかなっていうのを模索中です。

若林 それはけっこう難しいですね。受発注の関係に違う人が入り込んでいるっていうのと、音楽的にどういうレベルで成立させるかっていうのと。

蓮沼 フィルではオムニフォニックと言うか全員の個性が出せるようにやってるけど、公演前なので僕の予想だと今回の26人の編成では一丸となってやらないといけない。言ってしまえばフィルではズレてもいいし、むしろズレがあったほうがいいんですけど、26人ではそれがハマらないと思う。

若林 ただ下手に聴こえてしまうから。面白いね(笑)。何が狙いで公募したわけですか?

蓮沼 狙いと呼べるほど野心的ではないのですが「音楽をするのにどの年代の人でも、どの国の人でも、性別も関係ないじゃないか」という思いから、この蓮沼フルフィルのプロジェクトを始めました。大きな編成の作曲が目的ではなくて、音楽で今できることをやりたいですね。

若林 あまり聞いたことないですよね。全部素人でそろえるみたいなことっていうのはあるじゃないですか。それこそコーネリアス・カーデューとか。ポーツマス・シンフォニアみたいなことをするわけでしょ? 茨の道って感じがしますよね。

蓮沼 過去に行われてきた「音楽」という制度を否定するために行うプロジェクトではないですね。その意思も僕は持ってなくて。だからこそ求められるのは作曲として作品の強度だったりする。当たり前のことなんですけどね。

──ここまで話を聞いていると、やっていることすべてが茨の道とも言えますよね。今回のアルバムがわかりやすくアバンギャルドでもなければ、J-POP然としたものでもないこととか。

蓮沼 確かに(笑)。

若林 本当にそうですよね。ところで僕は人を理解するうえで不寛容な人で、血液型と家族構成で相手を判断するんですよ。参考までに聞いていいですか?

蓮沼 AB型です。

若林 マジで!?

蓮沼 はい(笑)。それで妹がいます。

若林 僕もAB型なんですけど、AB型って一緒に仕事すると進まなくないですか? A型の人間がいないと進まないっていう。

蓮沼 フィルにAB型の人っていたかなぁ。

若林 今日は与太話っぽくなってすみません。ちょっとわかってきた感じがします。でもAB型の人って、やっぱりどこまで本当のこと言ってるのか、わからないところあるんですよね(笑)。

若林恵

若林恵「ANTHROPOCENE」レビュー

同じ音楽を聴いていたとして、人がそこに聴いている音が、自分が聴いている音と同じものなのかどうかは、どうにも確かめようがないものなので、そのことを考えはじめるとだんだん不安になってくる。

「同じものを見る」ことよりも、「同じものを聴く」ということははるかに難しそうで、もしかしたら「自分が聴いている音」を他人と共有するなんてことは、原理的に不可能なような気もしてくる。けれども、そんな認識上の命題は、普段の音楽生活においては、そこまで重要ではないはずで、みんなにだいたいおんなじものが聞こえているというざっくりとした前提のもと、音楽は、音楽家とリスナーのあいだに置かれることになっている。

ところが、蓮沼執太の音楽に関しては、聴くたびに、こうした不安が首をもたげてくる。蓮沼が、彼自身が作った音楽の中に聴いている「何か」は、こちらが表面上聴き取っている「何か」と、なんだかとってもズレている気がしてならないのだ。

蓮沼執太フィルの新作「ANTHROPOCENE」は一聴して音楽的で素敵にポップで、決して飲み込みにくいものであるわけではない。けれども、額面通りに受けとめてはいけないと思わせる何かがあって、表向きに聴こえているその音の向こう側に、蓮沼は、何か「別のもの」を聴いているような気がする。表向きの心地よさとは裏腹の、奇妙な居心地の悪さを、それは隠し持っている。

どだい蓮沼自身が「ポップス的なもの」をやりたくて「ポップス的なもの」をやっているわけではないだろう。そこにポップス的洗練を求めるわけでもないのも明らかだ。そのくせ、彼が操る楽団はといえば、当代きっての敏腕・辣腕・豪腕揃いの最新鋭の最高スペックだ。けれども、蓮沼はそれを「第一線のプロ集団をもって自分の音楽を高精細な技術をもって描画する」ことに使うわけでもない。蓮沼執太は、その演奏に、間違いなく別の何かを聴こうとしているはずなのだが、それが何なのかをつきとめることは案外簡単ではない。

「同じものが聴こえている」という前提への懐疑の上に成り立つ音楽というものがあったとしたら、それは相当に奇妙なものだろう。けれども一方で、その奇妙さの上に、すべての音楽は成り立っているというのもまた真実であるのかもしれないのだ。

蓮沼は、独特のやり方で、音楽というものの、その奇妙さと危うさを浮き彫りにする。誰1人として同じものを聴いていないかもしれないところで成り立つ不思議としての音楽。「それって、ちょっとした奇跡じゃないですか」。そう彼は言っていたっけか。

ライブスケジュール

蓮沼執太フルフィル「フルフォニー」
  • 2018年8月18日(土) 東京都 すみだトリフォニーホール
蓮沼執太フィル「アントロポセン -Extinguishers 愛知全方位型」
  • 2018年9月16日(日) 愛知県 ナディアパーク アトリウム
蓮沼執太フィル「アントロポセン - 360° 大阪全方位型」
  • 2018年9月17日(月・祝) 大阪府 ユニバース
MUSIC CITY TENJIN 2018
  • 2018年9月29日(土) 福岡県 福岡市役所西側ふれあい広場ほか特設会場