蓮沼執太×編集者 若林恵|同じ音楽を聴く、奏でるということ

蓮沼執太を中心に総勢16名のメンバーからなる現代版フィルハーモニックポップオーケストラ「蓮沼執太フィル」が、7月18日に約4年半ぶりの新作アルバム「ANTHROPOCENE」をリリースした。さらに蓮沼は公募で募った新メンバー10人をフィルに加えた26人編成の新プロジェクト「蓮沼執太フルフィル」を始動させ、8月18日に東京・すみだトリフォニーホールでお披露目ライブを行うことも決定している。

今回音楽ナタリーでは蓮沼たっての希望で、編集者であり音楽ジャーナリストの若林恵との対談を実施。蓮沼の印象を「面白そうなことやってるなと思いつつ、いまいち像を結ばない」と語る若林に、“蓮沼執太”という人物を音楽性やフィルメンバーとの関係性などから多面的に掘り下げてもらった。また特集後半には蓮沼との初対談を終えた若林によるアルバムのレビューも掲載している。

取材・文 / 南波一海 撮影 / 草場雄介

蓮沼フィルは素直にやりたいことだけやっちゃった結果

──今回は蓮沼さんが若林さんと話してみたいということなんですよね。

蓮沼執太 そうです。こうでもしないとお話しする機会がなくて。

若林恵 僕、3月くらいにニューヨークに行ったんですけど、Pioneer Worksで個展やってましたよね。どういう縁で開催することになったんですか?

蓮沼 僕のように音楽をやったり、作品を展示したりするタイプの作家としては会場のPioneer Worksは両方できるスペースなんです。企画を提案したら、「ぜひやるべきだ」という話になりました。

若林 2カ月くらいやってましたよね。オリジナルの展示だったんですか?

蓮沼 その前に青森、東京、北京を巡回していたので、そのときの作品もあるし、新しく作ったのもあります。最初は国際芸術センター青森(ACAC)というスペースでやりました。その個展のキュレーターが服部浩之さんで、あいちトリエンナーレのキュレーターも務めた方です。ACACの建築は安藤忠雄さんが手がけていて、バームクーヘン型をしているグッゲンハイム美術館みたいに壁が円形のようなスペースなんです。

若林 うんうん。

蓮沼 窓もあって自然光も入ってしまうので、いわゆるニュートラルなホワイトキューブではなくて変わったスペースなんです。その服部さんが建築が持つユニークな特徴を使って音の展示をやりたいと。空間をコンポーズするような方法でやってくださいって。そこから始まったコンセプトで、それぞれの会場の建築の特性を読み取って、そこに合うように作品を作っていくっていう。ミュージシャンの誰もがそうですが、そもそもライブするときにそういうことをやってるじゃないですか。

若林 小屋に合わせてね。

蓮沼 そうです。そのニュアンスが直接的に建築だったり、ビジュアルやコンセプトとどういう関係性を作っていくのか。このあたりにチャレンジしていて、そのニューヨーク版でした。

若林 評判はどうでした?

蓮沼 展覧会自体も近年の実践をシンプルにまとめることができました。また、オープニングでタブラ奏者のU-zhaanとほぼ即興でパフォーマンスしました。現地の人がたくさん来てくれたし、内容もよかったですね。

蓮沼執太

若林 今回のアルバムは海外でディストリビューションされたりは?

蓮沼 フィジカルな盤としてはないですね。ただSpotifyなどでは海外でも聴けるようになっています。U-zhaanとのアルバム「2 Tone」は海外流通もしています。

若林 なるほど。蓮沼さんって面白そうなことやってるなと思いつつ、いまいち像を結ばずにいて。お会いするにあたって過去のアルバムをさらってみたんだけど、やっぱりよくわからないなって(笑)。最初のフィールドレコーディングに電子音が入ったアブストラクトなものから、音楽的になっていくっていうプロセスが、どういう興味に従って動いてきて、どういうふうにフィルハーモニックオーケストラにたどり着いたのかなっていうのを今日は聞いてみたくて。

蓮沼 事前に青写真を描いて「こうしたい!」というのがなくて、思うがままに活動しています。一般的にはしっかりしたストラテジーを立てて活動をすると思うんだけど、素直にやりたいことだけやっちゃった結果なんです。最初は1人で音楽を作ってたんですね。つまり、音楽制作を通してずっと自分と向き合ってやってきたんだけど、こうやって大人数になっていったのは、ライブパフォーマンスをするようになったからなんです。ほかの音楽家と交流してフィルのようなアンサンブルをやるようになったのも、事前に「フィルを作りたい!」という理想があったわけじゃなくて、時間の経過と共に自然に作られた感じです。あとは単純に好奇心ですね。今まで自分がやってこなかった部分への創作意欲です。

若林 なるほど。どうですか、実際にやってみて曲を作るのは面白いですか?

蓮沼 刺激的なときもあれば、大変なときもありますよね。フィルに関してはまず演奏するミュージシャンがいるので、そのミュージシャンに向けて楽曲を書く作り方をしているので、自分のソロ作のようにスタジオにこもって黙々と音から作り込む作業とは、そもそも作っていく過程が全然違うので、制作ののめり込み方がまったく別なんですね。

若林 頭の動き方で言うとどういうふうに違うんですか?

蓮沼 1人でやってると時間感覚が取れなくなっちゃうんですよね。作業行程も忘れてて、いつの間にか音ができてたりします。時間的な作品を作っているのに(笑)。だけどフィルの場合は構成される楽器が決まっているので、音楽全体を想像しながらずっと考えていきながら作曲していきます。

若林 記譜するんですか?

蓮沼 メンバーによって作曲された指示の受け入れ方が違うので、記譜しつつ、デモをレコーディングしつつ、さまざまな方法でフィルのメンバーに渡してます。

若林 音楽には和声とかメロディとかリズムとかいろんな要素があるじゃないですか。その中でどこに一番の興味がありますか?

蓮沼 リズムにはずっと興味があります。

若林 それはフィールドレコーディングをやり始めたときからですか?

蓮沼 フィールドレコーディングも関係ありますね。周期性という意味はなくて、いわゆる大きいリズム。

音楽はスケートビデオで流れてたから聴いてた

若林恵

若林 それってどういうところから来ているんだと思います? 例えば子供の頃にアート・ブレイキーを聴いてたとか。

蓮沼 そうですね。もちろん音楽的で身体的なリズムを聴いていくことへの興味もありますが、環境音から得られるリズムへの興味は音楽ではない興味ですね。

若林 ずっと基本的な質問で申し訳ないんですけど、音楽的な出自はどこなんですか? リスナーとして何を聴いて育ったのかが本当にわからないなと思って。「OPNのカバーとかやるんだ」とか思ったけど、OPNがすげえ好きって感じも漂ってこないじゃないですか。「チャンス・ザ・ラッパーの新作よかったね」みたいな話はしなさそうと言うか。

蓮沼 しないですね(笑)。でも普通に新譜とかも聴きますよ。

若林 何を聴きます?

蓮沼 最近は制作で音楽をあまり聴けてないですけど、新譜だったらアクトレスとかクラインとかが好きです。

若林 へー。じゃあ普段はいろいろ聴くんですね。子供の頃、あるいは中高生の頃はどんなのを聴いて育ったんですか?

蓮沼 その頃は邦楽が好きじゃなくて。1990年代の音楽が。

──ミリオンセラーがたくさん出てた頃の。小室サウンドとか?

蓮沼 全般的に聴かず嫌いでした。

若林 カラオケで歌うには楽しいんですけどね(笑)。何を聴いてたんですか?

蓮沼 スケボーをやってたんですよ。だからDCパンクとかインディペンデントな音楽が好きです。だいたいこれを話すと意外と言われますけど。

若林 Minor Threatとか?

蓮沼 はい。Fugaziとか。特にイアン・マッケイが大好きだからとかじゃなくて、スケートビデオで流れてたから聴いてたっていうレベルです。だけど、自分で音楽を作って、出して、日本で流通するようになってからは日本の音楽も聴かないとダメだなと改めて思って、聴くようになりました。邦楽に対して生意気だった気持ちは改めていますね。結局、日本の音楽を知らずに固定概念でダサいと思ってたんですよ。そんなダメ野郎でした。