春ねむり「春火燎原」インタビュー|北米ツアーは大盛況、全21曲の自信作が完成して (2/2)

みんな死ね=みんな生きろ、楽曲に込めたさまざまなメッセージ

──短いイントロの「sanctum sanctrum」を経ての「Déconstruction」はアルバムの主題を提示するような曲だなと思いました。破壊と創造は以前からねむりさんの大きなテーマの1つですよね。

昔はあんまり自覚がなくて、「『みんな死ね』って思ってるけど言えない人」という感じでした。殻に閉じこもってたんですけど、徐々に開けてきて、どこかで「始めようと思ったら終わらせなければいけないな」と思ったんでしょうね。あと、「みんな死ね」に引きずられてしまうのが怖かったんです。本当に思ってるから(笑)。言えないけど「みんな死ね」と思ってる自分を消すことはできない、という葛藤がずっとありました。「みんな死ね」と「みんな生きろ」は同じだよ、って思えるようになったからちゃんと言えるようになったのかもしれないですね。

春ねむり(Photo by Maya Kuraki)

春ねむり(Photo by Maya Kuraki)

──「あなたを離さないで」は内なる子供(インナーチャイルド)へのメッセージみたいに響きます。

手放したら自分じゃなくなってしまうものですね。自分自身、「どうせ言ってもめんどくさがられるだけだし、もう割り切って楽なほうに行きたい」みたいな気持ちになることがあるんですが、そういうときに自分自身に刺さる曲を書いちゃったなと思います。これは自分のために書いた曲です。

──なるほど。

イラストレーターのmajoccoさんにアルバムを送ったら1曲ずつの短い感想を送ってくれて、この曲については「心が柔らかいうちにこういう曲でちゃんと傷付いてほしい」みたいなことを書いてたんです。私もそういう気持ちで作ったから「すごく通じてるな」と思って、めっちゃうれしかったです。

──「シスター with Sisters」は明快にフェミニズム的なメッセージですよね。「森が燃えているのは」は環境コンシャスだし、今回は対象を明確にして怒っている曲が多い気がしました。

さすがにこれなら伝わるんじゃないかと思ってるんですけど、どう思います? Spotifyの「EQUAL Japan」という人権意識の高いミュージシャンやそういう作品を集めたプレイリストがあるんですけど、私の曲は1回もそれに入ったことないんですよ(笑)。「これけっこうフェミニズム的な曲なんだけどな」みたいな曲を全然そう捉えてもらえてないなーと。自分は詩としての鑑賞に耐えるように歌詞を書いちゃうから、難しいのかなと思って。例えば「“25歳になって結婚してないなんて、クリスマスケーキだね”って言われた」みたいな表現って、私はTwitterレベルだと思いますけど、結局そういう曲のほうがわかりやすいからたくさん聴かれるのかなあ、とか。

春ねむり(Photo by Josh Romero)

春ねむり(Photo by Josh Romero)

──それであえてわかりやすくしたとか?

それはないんですけど、個人的なシスターフッドを感じる友人のことを考えながら書いて、たまたまサビが「シスター」になったから、さすがにわかるよな、と(笑)。閉じてるにしろ開けてるにしろ、曲と社会の関係性ってどうしても意味を持ってしまうから、作り手はその意味にある程度責任を持たなきゃいけないと思うんですけど、自分がその責任を感じた程度には社会性の入った曲だと思ってます。

──「ねえシスター いま火を放って」という1節はアルバムタイトルともイメージが連関しているし、大事な曲ですよね。

めっちゃ大事です。「春火燎原」というアルバムタイトルだってもっとわかりやすいほうがいいのかなと思ったんですけどね。英訳できないし(笑)。でも自分にとって大事な曲ばっかりのアルバムだから、自分がしっくりくるタイトルが一番だなと思って。ジャケットも最初は「水平線で火が燃えてるイメージなんですよね」みたいな話をしていて、実際に海を燃やすのは無理だったので、「朝焼けで水平線が燃えてるイメージで撮りましょう」ってことで、こうなりました。

春ねむり「春火燎原」ジャケット(Photo by Jun Ishibashi, artwork by Kanako Taki[soda design])

春ねむり「春火燎原」ジャケット(Photo by Jun Ishibashi, artwork by Kanako Taki[soda design])

──全体を聴いて「これは一揆を扇動してるな」と思ったので(笑)、その内容をひと言で言い表したいいタイトルだと思います。聴いて「自分も何かやらなきゃ」と思う人もいるはずです。

思ってくれたら万々歳ですね。

──「そうぞうする」については、「想像」と「創造」の同音異義語をダジャレじゃなく展開している曲は珍しいですよね。

私の知る限り、誰もやってなかったんですよね。このアルバムはメインアレンジを自身で終えたあとにけっこう外部の人に共同プロデュースで入ってもらってるんですけど、この曲は一番委ねてるかもしれません。ハイパーポップっぽい音を作ってるウ山あまねっていう人で、私はめっちゃ好きなんですけど、この曲はアルバムの中で唯一、アレンジをフィックスしない状態で送りました。「どうしようか迷ってるんだよね。1回好きにやってもらっていい?」と言ったら、ガチで好きにやり倒してくれて(笑)。「アルバムに入れると浮くから、ちょっとだけ手加えていい?」とやりとりする場面がありました。

──春ねむりのボーカルスタイル全部乗せみたいな「春雷」もすごくキャッチーだし、ロックしていますね。

これも共同プロデューサーの奥脇達也(可愛い連中)さんがいい感じにしてくれましたね。彼が以前やっていたアカシックで「エリザベスロマン」というすごく好きな曲があって、ああいう感じにしたいと思ってお願いしたんです。

──タカユキカトーさんが共同プロデュースの「祈りだけがある」も素晴らしいです。

この曲を書いたときのことはあんまり覚えてないんですけど、破滅的に荒れてたときだったんですよね。「マジで死ぬ、ガチで死ぬ」みたいになってて、でも死にたくないから書いたんだなって思います。

──「怒りを抱えて のたうちまわっている この狭い部屋に 祈りだけがある」ですね。

俯瞰してみると美しい光景にも見えますけど、リアルタイムではブチギレながら書いてるんですよ(笑)。何もなくて、祈りしかないということに絶望してるから。とにかく自分が救われたくて、世に出すつもり皆無で書いた曲です。だから最終的に言うことがなくなってシャウトしてるという。

──だからこそ切羽詰まったパワーが出ているんでしょうね。

出てると思います。ライブでこの曲をやるとそのモードに引きずられますね。でも原点に立ち返ることって大事だと思うから、定期的に演奏してます。こういう感情に殺されないために音楽を作り始めたんだと思うので。

春ねむり(Photo by Maya Kuraki)

春ねむり(Photo by Maya Kuraki)

日本のポエトリーラップを一歩先へ

──アルバムのリード曲「生きる」は谷川俊太郎さんの代表作の詩を引用していますね。ねむりさんがLOW HIGH WHO?からデビューしたことも併せて、11年前に同作をラップにした不可思議/wonderboyさんを思い出します。

「いつかこのタイトルで曲を書かなきゃな」と、ずっと思ってたんです。いろんなポエトリーラッパーの方がいますけど、不可思議/wonderboyさんの系譜を継承するポエトリーラッパーは俺だろ!って気持ちが勝手にあるので(笑)。でも、制作は大変だったー!

──それだけ強い思いがあるわけだから、楽じゃないですよね。

日本のポエトリーラップを一歩先に進めるために、ポップスの曲として通用するポエトリーラップを作る。私にやらなきゃいけないことがあって、やれることがあるとしたら、それはそのうちの1つだなと思ってたんです。フルアルバムだし、このタイミングだなと思って、谷川俊太郎さんにも、LOW HIGH WHO?のnel(ex. Paranel)さんにも連絡しました。生活ってクソだし、この世はクソだらけじゃないですか。「祈りだけがある」がそんな生への絶望だとしたら、「生きる」は本当に、本当に一瞬だけ感じられる「まだ生きていられる」という気持ちなんですよね。心からそう思えた瞬間をがんばって曲にしました。でもしんどかったです、今日これを歌うとき。普段は忘れて生きてるので、歌うたび、聴くたびに「人生ってこういう瞬間あるんだよな……でも」って新鮮に突き付けてくるんですよね。

──僕も99.9%クソの中でごくごくたまに感じられる小さな喜びをつなぎ合わせてなんとか生きていますし、そういう人は多いんじゃないかと思います。

この世はクソだけど、生きていくなら美しく生きて、絶えるしかないんだなって思います。それは1人の人間も1つの星も一緒っていうか。星はたぶん、ただそこにあるだけだけど。

──星と聞くと「zzz #sn1572」で朗読している宮沢賢治の「よだかの星」につながりますね。そのエンディングが次の「春火燎原」になだれ込んでいくところにはシビれました。

コンテクスト芸人って呼ばれてもいいと思います(笑)。批評的読解の1つに「文脈を理解する」ってあるじゃないですか。自分にとってそれは楽しみの1つだから、入れちゃうんですよね。

──読み解きがいのあるアルバムだと思います。聴いた人たちから本人も驚くような解釈が出てきそう。

それがめっちゃ楽しみなんです。歌詞ってやっぱり言葉を削ってるんで、自分が思ってもなかった解釈をする人がいるのが面白くて、「私、その言葉とその言葉をつなげたつもりなかったわ!」みたいな。ものを作ることの面白さって、そういうところだなと思います。

春ねむり(Photo by Matt Chirico)

春ねむり(Photo by Matt Chirico)

「私の音楽は加害性のあるもの」

──「春火燎原」は、ねむりさんがこれまで作った作品の中で一番すごいと思うというか、1つステージが上がった感じがします。

自分でも「さすがにネクストステージ行ってるよな」と思います。だから次はめっちゃ気の抜けたものを作りたい。延々四つ打ちみたいな(笑)。「作るの楽しー!」だけで作った音源を1回作って、それから次を考えようかなって思ってるぐらい、今作は「やった! 作った!」って感覚があります。「新作楽しみだ」と言ってくれてた李氏さん(音楽ZINE「痙攣」編集長)って人がいて、聴いてもらったら感想をツイートしてくれたんですけど、「あまり良い表現とは思いませんが、この作品が国内で評価されなかったとして、僕なら日本のマーケットを完全に見放すと思います」と書いくれていて(参照:李氏 (@BLUEPANOPTICON) | Twitter)、「本当にな!」って思いました(笑)。これでダメだったら、もうどうしたらいいのかわかんないぐらい。

──ご自分としても、強力な“商品”として作ったと。

うん。ポップだなと思います。有線で流れたら「キモい」って思われるかもしれないけど(笑)。(※その後、先行配信シングル「生きる」は週間USEN HIT SNSランキングで4位にランクインした)

──ねむりさんには2016年から何度もインタビューしていますが、今回が一番すっきりした顔をしている気がします。

すっきりはしてますね。これで何を言われてもなんとも思わないというか、私の人生でこれを作ったことが私にとっては誇りだから。もし自分が思ってるぐらいの気持ちで受け止めてくれる人がいたらうれしいです。

──ライブ直後でお疲れのところ、ありがとうございました。最後に言っておきたいことがありましたら。

ライブのオファーが海外からはめっちゃあるんですけど、国内からあんまりないので(笑)、お待ちしてます。あと、春ねむりっていう名前で「ふわっとしてる系なのかな」とか、アー写とかのイメージで「売れ線を狙ってパッケージされた商品なのかな」とか思う人がいたら、1回でいいから曲を聴いてほしい。私の音楽は、自分の中では本質的にはめちゃくちゃ加害性のあるもので、人を傷付けないってことはないんです。バイアスとか先入観で無害なものとして扱われると「違うんじゃないかな」と思います。そういうものとして触れてみてください。

春ねむり(Photo by Maya Kuraki)

春ねむり(Photo by Maya Kuraki)

プロフィール

春ねむり(ハルネムリ)

横浜出身のシンガーソングライター/ポエトリーラッパー/プロデューサー。自身で全楽曲の作詞・作曲・編曲を担当する。2018年4月に初のフルアルバム「春と修羅」をリリースした。2019年にはヨーロッパを代表する20万人級の巨大フェス「Primavera Sound」に出演。さらに6カ国15公演のヨーロッパツアーを開催し、多数の公演がソールドアウトとなった。2020年に初の北米ツアー開催を予定していたが新型コロナウイルス感染拡大の影響により延期に。2022年3月に北米ツアーを開催し、すべての公演がフルキャパシティにも関わらずソールドアウトとなる盛況ぶりを見せた。4月に2ndフルアルバム「春火燎原」を発表。

※「日本のポエトリーラップを一歩先へ」の段落に掲載されていた「美しく生きて、耐えるしかない」は「美しく生きて、絶えるしかない」の誤りでした。訂正してお詫びいたします。

2022年4月25日更新