春ねむり「春火燎原」インタビュー|北米ツアーは大盛況、全21曲の自信作が完成して

「春と修羅」から4年ぶりの新作フルアルバムとなる春ねむりの2ndアルバム「春火燎原」は21曲入りの大作となった。海外人気にも支えられて春ねむりの気力は充実、ますますひどくなる世相に怒りのボルテージも上がる一方。親しみやすさと独創性の両方を追求した「春火燎原」は、聴き手の価値観を問う強烈な気迫に満ちている。

音楽ナタリーではコロナ禍の中で開催された初めての北米ツアーから帰国後、東京・LIQUIDROOMで番組収録のためのライブを行った直後の春ねむりにインタビュー。充実した北米ツアー直後ということもあってか、彼女はとてもすっきりした表情を浮かべていた。

取材・文 / 高岡洋詞ヘッダー撮影 / Matt Chirico

自信作が完成して

──「春火燎原」、素晴らしいアルバムですね!

本当ですか? あー、よかった!

──「私はこれが一番いいと思うけど、あなたはどう思う?」と聴き手の価値観を問われるというか、正面切って対話を求めてくる作品だなと。

ガチさがちゃんと伝わっててよかったです。1stアルバム(2018年発表「春と修羅」)は批評されることを考えないで作りましたけど、今回はちょっとポップにしようと思ったのもあって。ポップスになるって、より多くの人に聴いてもらって、より多くの人に考えを述べてもらうことだから。

春ねむり(Photo by Matt Chirico)

春ねむり(Photo by Matt Chirico)

──ご本人としても自信作になったと思うんですが、どうですか?

自信しかないです。「すっごく好き」って人もいると思うし、「すっごく嫌い」って人もいると思うんです。逆に「何も感じない」という感想を持つ人がいたらヤバいんじゃないかな、みたいな。「お店では流しにくいだろうな」とは正直、思います(笑)。

──「セブンス・ヘブン」のYouTubeのコメントに「バイト先で聴いてると気が狂ってくる」というのがありましたね(笑)。

そうそう。有線の方がすごく気に入ってくださって、新曲を出すたびに毎回かけてくれるんですけど、そのときだけエゴサーチで引っかかる人がいるんです。私の音楽がすごく嫌いなんだと思うんですよ。「有線で嫌いな曲流れてきて、調べたらまた春ねむりだった」みたいな(笑)。ありがたいです。

2年かかって実現した北米ツアー

──コロナ禍の影響で、本来2020年に予定していた北米ツアーがこの3月、やっと実現しましたね。

しんどかった……(笑)。すごく楽しかったんですけど、日程がギュウギュウだったので。

──ニューヨーク、シカゴ、サンフランシスコ、ロサンゼルス、ダラスの5都市に、オースティンでの「SXSW」出演もありましたもんね。

やっぱアメリカは広くて、移動が大変でした。13日間で9ステージやって、どれも60分のロングセットだったこともあって。

──「SXSW」ではFLOODfestのステージでPussy Riotと共演もされましたね。ナジェージダ・トロコンニコワとのツーショットも拝見しました。

このときうれしすぎてめっちゃ泣いたんですよ、写真を撮る前(笑)。

春ねむり(Photo by Anthony Morrisetti)

春ねむり(Photo by Anthony Morrisetti)

──彼女たちとステージで共演した日本人って初めてなんじゃないかと。

そうですね、たぶん。自分が「SXSW」に出ることが決まったときに、Pussy Riotも出ると聞いて「絶対にライブを観たい」って運営の人に伝えたら、その人が先方のスタッフに連絡してくれてたんです。枠が空いたのかなんなのかまでは知らないんですけど、「同じ日にライブする?」と聞かれて、「し、します!」って即答しました(笑)。私のほうが出番が先だったので、ライブが終わってバックヤードにコーヒーを飲みに行ったら、そこに本人がいたんですよ! 思春期の本当につらかった時期に聴いてた人たちだから、「いる」ってことに感動しちゃって、号泣しました。話しかけようかやめとこうか、すっごく悩んだんですけど、「絶対に話しかけたほうがいい」ってスタッフに言われて、めっちゃ及び腰で「あ、あの……」みたいな。

──(マネージャーが当時の映像を見せる)わー、ハグしてくれたんですね。

すごく優しかったです。1年ぐらい前に上げてた「Police State」のカバー動画を観てくれてたんです。「あのカバーすごく好きなんだ。一緒に歌おうよ」と言ってくれて、「え……い、いいんですか?」ってステージに上がりました。ライブを観るだけのつもりだったけど、いろんな人が善意でしてくれたことがちょっとずつ重なったおかげで、夢が実現しました。

──素晴らしいですね。

「あなたが出るって知ってたらライブも観たかった」と言ってくれました。終わったあとに「次は何する?」と言われて、「きょ、曲、作りたいです……」って(笑)。本気かどうかはわかりませんけど、メールアドレスは交換しました。

──楽しみです。実現するといいな。

7つぐらい年上だと思うんですけど、自分が逆の立場だったら、その場で「一緒に歌おう」なんて言えるかなと思って。フックアップじゃないけど、そういうことってすごく大事だな、見習おうと思いました。

春ねむり(Photo by Anthony Morrisetti)

春ねむり(Photo by Anthony Morrisetti)

──アメリカのお客さんの反応はどうでした?

感じたことのない熱狂でした。やっと実現したツアーだったこともあると思うんですけど、「私の音楽が本当に好きなんだな」みたいな(笑)。歌詞の意味だってわかってないはずなのに、一緒に歌ってくれるんですよ。お客さんは私というより「春ねむりのライブを観にきてる自分」というか、人生の主役が自分の人たちなんですよね。「自分が今楽しいと思うことを100するぜー!」という感じがすごくて、そしたら私も「じゃあ、私が楽しいこと100でするわ!」となるじゃないですか。それが楽しかったなー。

──日本のお客さんとは違いますね、やっぱり。

文化の違いだと思うし、劇場で着席で観てもらっても大丈夫なライブを修行のようにずっとやってきたので、ああいう感じはひさびさで「楽しすぎる!」と思いました。

──先程のLIQUIDROOMでの収録ライブは無観客だったけど、すごくいいライブだったと思いますよ。

最近、地域猫のお世話をしてるんですけど、そのうちの1匹が連れ去られてごはんも与えられず放置されて虐待されたみたいで。結局自力じゃ絶対行けないだろうなって場所で衰弱してるところを見つけ、弱ってるその子の面倒を見てたんですけど、回復できず亡くなったんです、今日の朝。ライブ中にそのことを考えたら、たまらなくなっちゃって。でも、そういう日に仕事があったのは、ある意味よかったと思います。「今日ライブやったら大変なことになっちゃうな」と思いながらここに来て、案の定、大変なことになったという。

──以前かわいがっていたモルモットが亡くなって泣いていたのを思い出しました。小さいもの、弱いものへの愛情が深いですよね。

弱いとか小さいっていうだけで存在することを妨害しようとするやつがいるじゃないですか。「だから嫌いなんだよ、人間って」って思います。

春ねむり(Credit: Flood Magazine / Daniel Cavazos)

春ねむり(Credit: Flood Magazine / Daniel Cavazos)

進化した春ねむり

──本題に入ります。最初に言った通り素晴らしいアルバムだと思いますが、讃美歌、オルタナティブロック、ヒップホップ、R&B、ハードコア……みたいな、ひと言で形容しがたい音楽性ですね。

ジャズだけ入ってない感じですね(笑)。中高がクリスチャンスクールだったので、教会音楽はルーツの1つで、たぶん好きなんだと思います。宗教をすべて是とするわけではないんですけど、キリスト教が価値観の前提になっているところがたぶんあるんだろうなと。それゆえの反発心もあるけど、人間だけで世界が成り立ってるとは思ってないし、何か超越的な存在であるとか自然とか、そういうものへの考え方は影響されてると思います。

春ねむり(Photo by Josh Romero)

春ねむり(Photo by Josh Romero)

──あと、かなり歌っていますよね。以前は「メロディのある曲も書けるけど表現できないからやらない」と言っていましたが、できるじゃん、と思いました。

できるようになったんです。「パンドーラー」とかバチクソ歌ってますけど、これは自分の大事な友達のことを考えながら書いた曲なんです。最初はその人に聴かせて、ゲストボーカルを入れてシングルで出そうと思っていたんです。だけど「歌もいけるじゃん」と言われて、「い、いける?」みたいな(笑)。声の出し方が普通に上手になったんだと思います。ずっと自分の声が好きじゃなかったんですよ。変な声とかクセの強い歌い方が好きだから、私の声には特徴がないと思ってて、それを前提に音楽を作ってきたんですけど、だんだんと「けっこうちゃんと変みたいだな、私の声。じゃあ歌っても大丈夫じゃないかな」みたいに思うようになって(笑)。

──「ゆめをみている」と「Kick in the World」の“déconstructed(脱構築)”バージョンが、どっちもオリジナルからさらによくなっているのも印象的です。

イェーイ! 進化する生き物(笑)。

──「ゆめをみている」は「さよなら、ユースフォビア」(2016年発表のアルバム)で一番好きな曲だったんですが、歌詞をかなり変えていますね。

けっこう書き変えました。昔の曲は昔の曲でいいんですけど、今の自分が聴くとやっぱり拙いなと思うんですよ。当時は棒立ちで歌ってたし。

──当時からねむりさん自身の中には今みたいに曲によっては体を激しく動かすイメージがあったんじゃないですか?

それは全然なくて、自分の体がこんなふうに動くとは知りませんでした(笑)。運動オンチだし。シャウトもしようと思ってしたわけじゃなくて、ポロッと出て「あ、これ使えるかも」と思って、やってるうちにだんだん上手になってきたんですよ。自分ができることは誰でもできるんじゃないかって、私だけじゃなくみんな思い込みがちだと思うんですけど、意外とそうでもないみたいなので大事にしていこうと思ってます。

──ねむりさんにしかできないことと言えば、「春火燎原」の「Blinking here!」の絶叫なんて、すごくいいですよ。

あれは大事な曲なので、一層気持ちが入ってるかもしれないですね。

春ねむり(Credit: Flood Magazine / Daniel Cavazos)

春ねむり(Credit: Flood Magazine / Daniel Cavazos)

──この曲は最後に「生きろと叫ぶのは」と叫んで、誰なのかという答えを言わないのがいいですね。

「生きろと叫ぶのは」でブレイクを挟んで、誰が言ったのか答えを歌うパターンにしようと最初は思ったんですけど、自意識が邪魔して言えなくて(笑)。言ったほうが絶対にわかりやすいし、日本の市場で求められてるのはそれだと思いながらも、どうしても無理でそのまま提出しました。あとこの曲は2番の歌詞をめちゃくちゃ寒いところで書きたくて、マネージャーに標高1000メートルぐらいの山に連れて行ってもらいました(笑)。湖が凍結してるところで、「凍てついて灼ける肺」とかはそこで出てきたんです。「凍るのと灼けるのって一緒なんだな」と思って。

2022年4月25日更新