PELICAN FANCLUB|リクルート「FYHM」|挑戦する人に贈るお守りの歌

自分にとってもバンドにとってもお守りの歌

──カミヤマさんとシミズさんはエンドウさんから「Amulet Song」の歌詞が上がってきたとき、どう思いましたか?

カミヤマ 個人的には2018年にギタリストが脱退してすぐは「これでよかったのかな」と自問自答しながら活動していたんです。でも活動を続けていく中でPELICAN FANCLUBらしさが詰まった曲がどんどん生まれてきて、「これでよかったのかな」という不安な思いがだんだんなくなっていって。そんな中この歌詞をエンドウが書いてきて、その最後に「間違いの全て正解だったんだ」というフレーズを見つけてたときに「そう、俺もそう思っていました!」と同じ気持ちだったんだなと知ってうれしかったです。

エンドウ へえ、そう思ってくれていたなんて今初めて知ったよ。うれしいな。

シミズ 僕もその歌詞はかなり響きましたね。この3人になってからもそうだけど、俺がこのバンドに入ってからのこと全部が間違っていなかったんだって、肯定してもらえたと思えました。

──1番では「間違いだらけが人生だったんだ」とどこか悟ったような歌詞だった部分が、ラストで「間違いの全て正解だったんだ」に変わるんですよね。

エンドウ はい。音楽を好きな人って曲を曲調や雰囲気で楽しむ人と、歌詞や歌だけで楽しむ人、大きく分けて2パターンがいると思っていて。今回はその両方にハマるようにしたかったんですよね。僕ららしさの1つに曲の雰囲気と歌っている内容のチグハグ感があるんです。例えば曲調は明るいけれど歌っている内容はネガティブとか。今回はそういうことはせず、ルーツのドリームポップやシューゲイザーに回帰して風が吹くかのごとくさわやかな感じに仕上げました。

──なるほど。音としての気持ちよさもありつつ、ふと耳に入ってくる強いメッセージもあって、確かに両者に刺さりそうな気がしました。

エンドウ よかったです。でも何よりも大事にしたのは、自分、そしてバンドにとってもこの曲がお守りになることだったんです。

シミズヒロフミ(Dr)

日本の音楽シーンのど真ん中で鳴らしたい

──エンドウさんから先ほどルーツのドリームポップやシューゲイザーに回帰したというお話がありましたが、初期のPELICAN FANCLUBらしさを感じる部分がたくさんありました。

カミヤマ 全部録り終えてからエンドウがイントロにバッキングとリードのどっちとも取れる感じのクリーンめなギターを足したいと言い出して。僕らが最初に出した「Capsule Hotel」(2014年10月発売の100円シングル)でも同じことをやったんですよ。そこには自分のルーツをより色濃く出したいみたいな部分もあっただろうし、あのギターが入ったバージョンを聴いてすごく懐かしい気持ちになってうれしかったんですよね。

エンドウ 僕のルーツはThe Pains of Being Pure at HeartやRingo Deathstarr、The Cure、Rideみたいなシューゲイザーやドリームポップ、インディーロックのジャンルの音楽なんですけど、それを聴いて生まれたのが「Capsule Hotel」だったからね。そういう潜在的に好きな音楽は、どうしても切っても切り離せなかった。

エンドウアンリ(Vo, G)

──だからこそ自分たちのお守りにもそのエッセンスを。

エンドウ そうですね。去年はペインズが解散したのを筆頭に自分の関心のある音楽シーンにおいて悲しいことが多かったんです。一方でThe CureやRideが来日して僕が好きなシーンの音楽がまた注目され始めているところでもあった。そんな中で僕はルーツの音楽と日本のポップスの要素を組み合わせて日本の音楽シーンのど真ん中で鳴らしたいと思ったんですよね。僕が旗を揚げて行かなくちゃと。そうなるための一歩として「Amulet Song」ができたんだと思います。自分が新しい舞台に立って挑戦するときにこの曲があったらきっと自信を持てる。「三原色」もPELICAN FANCLUBらしさを追求して曲を作っていきましたけど、「Amulet Song」ができたときそれ以上のものになったと思いました。ドリームポップやシューゲイザーを歌謡曲的に昇華することを大きな課題としてやってみて、それがうまくいったのですごく今達成感がありますね。


2020年3月12日更新