スタイリッシュな洋楽のエッセンスと、ケレン味たっぷりのK-POPテイスト、そしてJ-POPが内包する叙情性をバランスよく配合しながら、極上のポップミュージックを作り、歌ってきたシンガーソングライター・eill。彼女のメジャー1stデジタルシングル「ここで息をして」がリリースされた。
この曲はアニメ「東京リベンジャーズ」のエンディング主題歌として書き下ろされたもの。アレンジは、ジャズ、ソウル、J-POP、ロックなどさまざまな要素がブレンドされており、セクションごとに目まぐるしく変わっていく曲構成が印象に残る。歌詞では物語のヒロインが持つまっすぐな思いを歌いつつ、その裏にある真の強さにもフォーカスして深みを与えている。
この特集では、作品ごとに着実に成長を遂げているeillを構成する7つのキーワードを挙げ、それについて本人にじっくりと語ってもらった。
取材・文 / 黒田隆憲 撮影 / 須田卓馬 手書き文字 / eill
──最初のキーワードはeillさんとは切っても切り離せない「K-POP」です。eillさんがK-POPにハマったきっかけはなんですか?
小学校6年生くらいの頃にKARAや少女時代がすごく流行っていて、クラスメイトと踊ったり歌ったりしていました。K-POPアイドルは、音楽はもちろん、ファッションやメイクもカッコよくて、かわいくて、私にとってはもうすべてが“魅力の塊”みたいな感じだったんです。まだVlogとかない時代にプライベートな映像をYouTubeにたくさんアップしていたので、ミュージックビデオだけじゃなくて、そういう映像もチェックしていました。憧れのK-POPアイドルの姿に勇気をもらって、「私も彼女たちのようになりたい!」と思うようになっていきましたね。
──実際にオーディションを受けに韓国まで行ったこともあるとか。
はい。韓国語も勉強して、韓国のお友達と普通に会話できるレベルまでは上達しました。とにかく韓国が好きすぎて、中学の頃に「韓国の中学へ転校して向こうに住みたい。ひとり暮らしでもいい」と親に頼んだこともあります。自分で韓国の高校の資料請求をして、受験もする気満々だったんですけど、母に「いや、それはちょっと……」と言われてしまって(笑)。その代わりに母が韓国人の音楽の先生を探してきてくれて、その教室に通うようになりました。
──その先生はかなりのスパルタだったそうですね。
もうめちゃくちゃ怖い先生でした(笑)。「毎日通いなさい」と言われるし、ピアノをちょっとでも間違えると怒鳴られるしで、悔しくて毎日電車の中で泣いていました。でも、そこで鍛えられた部分はすごく大きかったです。“eillの声”はその教室でできあがった気がします。
──シンガーとして活動するようになり、韓国のアーティストとのコラボも積極的に行っていますよね。初めて韓国のアーティストとコラボしたのは、2018年にSoundCloudにて公開された、リーハブとオーシャンをフィーチャーした「721」ですか?
そうです。最近オーシャンくんは韓国でメジャーデビューしたんですけど、当時からすごくカッコよくて。何か一緒にやりたくて、最初はオーシャンくんに私からメールを送ったんですけど返事が返ってこなくて、「よし、韓国まで行ってやる!」と思って韓国までライブを観に行って出待ちして(笑)。
──すごい行動力!
「私とコラボしてください!」と直撃したら、「いいよ。今からチキン食べに行こう」と言われて、本当にチキンを食べながら打ち合わせしたんです(笑)。その場でプロデューサーにも連絡を取ってくれて、進めていくうちに「721」ができていました。オーシャンくんのチームはバイブスで生きている人たちなんだなと思った瞬間でしたね。私も、何かやりたいことがあったら怖がったり躊躇したりしていたらダメだなとそのときに学びました。
──2019年には、EXIDへの楽曲提供も行いましたよね。
EXIDは、中学生のときに追っかけていた、私にとって神アイドルなんですよ。実際にお会いしたら、もう本当にかわいかった! 自分の書いた曲を歌っている彼女たちを観て中学生の頃の自分に教えてあげたいなと思いました。
──次のキーワードは「モータウン」。マイケル・ジャクソンやスティーヴィー・ワンダー、The Temptationsなどを世に輩出したデトロイトのレーベルですね。モータウンレーベルを好きになったきっかけを教えてください。
入口は、The Supremesの3人をモデルに描いた映画「ドリームガールズ」。ディーナ・ジョーンズ(ダイアナ・ロスがモデル)役のビヨンセが歌う「Listen」は、私が音楽人生を歩むことを決心するきっかけになった重要な曲なんです。音楽って、こんなにも人を感動させて、パワーを与える存在なのだということに気付かされたというか。そこからThe Supremesなど、モータウンの音楽を聴くようになっていきました。母もモータウンが大好きで、モータウンのアーティストがたくさん出てくるビデオを借りて一緒に観たりしていました。
──当時、モータウンのどんなところに魅力を感じましたか?
ファッションも音楽も、あの頃のモータウンにしか出せない雰囲気が、中学生だった当時の自分にはすごく新鮮でおしゃれに見えたんです。
──最近のヒップホップやR&Bと比べれば、eillさんが生まれる前から存在するモータウンですが、それはかえって新鮮に響くのですかね?
やっぱりYouTubeやサブスクで音楽を聴いてきたので、「最新の音楽だから新しい」というよりは、「自分が出会ったものが新しい」みたいな感覚なんですよね。それでモータウンは自分にとって新鮮なものだったんです。
──特に好きなアーティストは?
初めて買ったCDがBoyz II Menのモータウンのカバーアルバム(「Motown Hitsville Usa」)で、その中にFour Topsの「It's The Same Old Song」と「Reach Out I'll Be There」のメドレーカバーが入っていて。その曲が、一番好きな曲と言ってもいいくらい今でもよく聴いているんです。Four Topsを好きになったのも、このカバーがきっかけでした。The Supremesもそうですが、基本的にコーラスがいっぱい入っているグループが好きみたいです。
──「MAKUAKE」は、eillさんのデビュー曲のタイトルですよね。
はい。eillという物語のすべての始まりの楽曲でもあります。それまでは別の名義で活動していたのですが、納得のいく結果を出せずにいて。eillに改名して19歳でようやくデビューを果たすときに「10代のうちに、自分が音楽を作っていた証を残しておきたい」という思いがすごく強くなっていて。今のチームに出会ったのは20歳の誕生日の1カ月前くらいだったんですけど、10代のうちに曲を出したいから「お願いだから出させてほしい!」とスタッフに頼み込んで、誕生日の数日前になんとか「MAKUAKE」という曲をリリースしたんです。
──eillさんの音楽からは「女性をエンパワーメントしたい」という思いを強く感じますが、すでにこの「MAKUAKE」という曲にもそういったメッセージが込められていますよね。
ありがとうございます。でも、そのときは無意識だったというか、デビューした当時は歌いたいことが特になくて、「自分の人生を生きよう」みたいなメッセージが「MAKUAKE」に込められていることにまったく気付いていなかったんです(笑)。おっしゃっていただいたように、この曲に書かれていることがeillが歌いたいことのすべての始まりだったんだなと今は強く思います。
──eillさんの好きな映画「ドリームガールズ」にもそういうメッセージは内包されていますよね。
そう思います。私はアーティストという立場になったときに、どうしようもなく孤独を感じることや、「自分が前に出るのって、こんなにもつらいのか」と思うことが多くて。そのときに、自分が子供の頃から憧れていたビヨンセや、K-POPのアイドルたちって本当に強いんだなということに気付いたんです。私は彼女たちに憧れてここまで来たのだから、今度は自分が誰かを励まして勇気を与える存在にならなきゃダメだなと今は思っています。
2021年4月19日更新