「I」を巡るいくつもの素敵な偶然
──タイトルの「I」についてはいかがでしょうか。どんなふうにして付けましたか?
歌詞ができあがってから最後に付けました。先ほど言ったように、自分たちの表現してきたフィールドと先方の表現しているフィールドの重なるところに立って歌詞を書いているので、当然タイトルもそこから掘り起こされるものになるわけです。で、「ヒロアカ」には誰もが憧れる伝説のヒーロー、オールマイトがいる。そのオールマイトには「『私が来た!』と笑顔で言ってやる」という、大事にしている矜持がある。この「私が来た」を英語では「I AM HERE」と言うんですね。これは単にオールマイトの決めゼリフという枠にとどまらない言葉だと思います。オールマイトに憧れたヒーローたちは、みんな「I AM HERE」を体現しようとしている。「I AM HERE」というのは平和の象徴として絶対的な概念でもあるし、ここからステインみたいなヴィランが生まれてきたりもする。「ヒロアカ」の根底に、この「I AM HERE」が存在していると僕は思ったんですね。あらゆるキャラクターの源流、ストーリーの要因の部分に深く関わっている。それくらい大きな、根源的な概念だと。
──そこからタイトルの言葉が生まれた。
はい。僕たちにとっても「I AM HERE」はすごく根源的なものなんです。BUMP OF CHICKENの30年近い歴史の中で、あらゆるストーリーの要因の部分にこの「I AM HERE」があるんですね。僕らの「I AM HERE」は「ここにいるよ」なんです。それをずっと繰り返してきた。初めて日本語で歌詞を書いた「ガラスのブルース」も、「ここにいるよ」ということを歌った曲だった。「ランプ」では「ハロー、ハロー、気付いておくれ 君の中で待っていたんだよ」と歌っている。「Hello,world!」では「ハロー どうも 僕はここ」と、「窓の中から」では「ハロー ここにいるよ」と歌ってます。「ここにいるよ」というのは、僕らの伝えたいことの根源の部分にあるんですね。そこに大きく強い重なりを感じたわけです。「I AM HERE」の「I」でもあるし、「個性」の「個」を表す「I」でもある。僕らの活動において「ここにいるよ」というのは、BUMP OF CHICKENからの言葉に限らず、曲を受け止めてくれたリスナーの言葉として感じている部分もあります。「個々人」という意味での「I」も大きかった。だから「I AM HERE」まで言わずに「I」にしよう、と。で、こういう話を僕はすごく大事にしているんですけど、「I」には素敵な偶然があって。
──素敵な偶然というと?
「I」というタイトルに決めて、そこから「I」というアルファベットについて調べてみよう、と思って。アルファベットの中で「I」は9番目なんです。A、B、Cと数えて9番目にある。その9という数字は、「ヒロアカ」を読んでる人にはとても大事な数字じゃないですか。
──そうですね。デクは「ワン・フォー・オール」の9代目の継承者である。
それで「おお、これはいいな」と思って。で、自分たちのバンド名の「BUMP OF CHICKEN」を見たら、そこにも「I」が9番目に入っていてうれしくなりました。こういう偶然があると、神様が「このタイトルで正しいよ」と言ってくれているような気がするというか。「間違ってなかったんだな」ということを、人知を超えた何かに教えてもらったような気がする。それだけじゃなくて、「ヒロアカ」にはレジェンドヒーローのオールマイトがいて、そのレジェンドにもオリジンがあったわけですよね。
──そうですね。ファイナルシーズンの印象的なシーンとして、オールマイトが自身の幼少期を振り返る場面がありました。母親と一緒に絵本を読みながら歌っている、それがやなせたかしさんの「あんぱんまん」でした。
オールマイトとアンパンマンには似てる部分がすごくあると思います。オールマイトの背負っているものの本当の重みはきっと誰とも分かち合えなかったと思うんです。そのオリジンであるアンパンマンにも孤独な部分があったかもしれない。なにしろ“友達”が2つしかないので。で、そのうちの1つである「勇気」は「I」の歌詞に自然に入ってきた。けど、もう1つは入れられなかったんです。不自然な登場のさせ方はできなかったんで。でも最後、タイトルを付けた後に、ここに「愛」が入っていた、「愛」を入れられた、と気付きました。
──なるほど。「I」は「愛」でもあった。
偶然なんですけど、僕はこれを信じるしかないと思いました。神様が「そのタイトルでいいよ」と言ってくれてた気でいたんですけど、アンパンマンまで一緒に横で笑ってくれてる感じがしました。
俺の中のオタクの部分が滂沱の涙を
──サウンドについての話も聞かせてください。まず聴いての印象ですが、すごく体温が上がる感じがしたんですね。「ヒロアカ」の熱量や光のきらめきのようなものが曲に宿っているように思いました。
ありがとうございます。うれしいです。
──音を作っていく過程はどんなものだったんでしょうか。先ほどの話ではマンガを読んでいたときに脳内で勝手に鳴っていた音があったということでしたが、それは曲中のフレーズで言うと?
イントロです。あのフレーズは、僕の脳内で鳴っていた音を、音符の並びも音の質感もそのまま取り出しました。マンガを読んでいるとき、要所要所で決まってあのフレーズが頭の中で鳴っていたんです。例えばワン・フォー・オールの概念に触れるとき、アニメだとカラフルな光が飛んでいくようなアニメーションの表現があったりしますが、その場面で頭の中に流れていました。ちなみにこの曲を最初にアニメで流してもらったのが、ちょうど2話目のラストだったんです。あの「The Beginning」のところは原作を読みながらマックスでこの音が脳内で流れていました。だから願ったり叶ったりでした。
──原作403話の「The End of an Era, And The Beginning」を読んでいたときの藤原さんの脳内風景がそのままアニメ化されたと。
そうです。ここは俺の中のオタクの部分が滂沱の涙を流しました。思っていたことが現実になっている、と。
──あのイントロのフレーズはかなり複雑、かつテクニカルですよね。単なるアルペジオではない。
「ヒロアカ」には誰かと誰かという、いろいろな人物相関があるじゃないですか。ワン・フォー・オールという概念にもそういうところがある。イントロのフレーズは、原作でそうした人物相関に触れるときに脳内に流れていた音だったんです。だからあのフレーズはギター2本で成り立つものにしたかった。ギター1本でもがんばれば弾けると思うし、おそらくそっちのほうが簡単なんです。2本で弾こうとすると生理的に不自然なところに休符が入るので、息を合わせないと難しい。でもそうする必要があった。人と人とのつながり、絡み合って前に進んでいく感じ、継承されていくというワン・フォー・オールの成り立ち。1つひとつの「I」が絡まり合って、何かを形成していく。そういうことをイメージしました。だから2本のギターのそれぞれのフレーズがお互いの足りないところを補い合うことで1つのフレーズとして成立するように作っています。イヤホンで聴くと2つがちょっとずつLとRに振られているので、興味があったらそうやって聴いてもらえたらいいなと思います。2つが合わさることで成り立つ、というストーリーがめちゃめちゃ大事でした。
──今、藤原さんがおっしゃったことは、「ヒロアカ」の物語の核心でもあると思います。あの作品にはいろんな関係が描かれている。仲間の絆もあるし、ヒーローとヴィランの対称性も、レジェンドからの継承もある。手を取り合うこと、もしくは敵として向かい合うこと、そういう関係の中で物事が動いている。その概念が表現されているという意味でも、すごく「ヒロアカ」的なフレーズだなと思いました。
ありがとうございます。そういうイメージから、この表現の仕方になったんだと思います。
フレーズと音色の使い分けで表現した「ヒロアカ」の世界
──アレンジはメンバー全員で進めていったそうですが、どういう感じで作っていったんでしょうか?
まず僕が作ったデモの段階では、歌詞とメロディと全体の構成がありました。歌のところはシンプルなリズムとコードがわかるようなピアノの音だけがあって。イントロと間奏のテーマだけはしっかりと作り込んでました。まずそれをみんなに聴いてもらって。みんなでアレンジをする前に綿密な設計図を渡しました。
──設計図というのはどんなものなんでしょうか。
「ここはこの楽器を使う、ここはこういう音色で表現する」というものを全部書いたんです。例えば1番のAメロはシンセベースと打ち込みのドラムでやりたい、というような。そういう全体の設計図が伝わるようなものをまずメンバーに送りました。で、この曲にはテーマフレーズと呼べるものが2つ出てくるんです。イントロと、1番のサビが終わったあとの間奏。混乱しそうなのでそれを「テーマ甲」と「テーマ乙」としました。
──甲と乙なんですね。
「1A」とか「2B」みたいに数字もアルファベットもほかで使ってたんで「甲」と「乙」にするか、って。「テーマ乙」もデモテープの段階でしっかり入れていました。あのフレーズのイメージは、ヒーローの戦いや歴史の象徴です。クールなんだけど熱があって、カッコよくてひたすら強いフレーズがここで必要だろう、と。それでああいうフレーズを弾きました。
──この曲は途中でいろいろと音色が切り替わりますよね。例えばデジタルなビートから生ドラムになったり、ギターの音色も変わる。そのあたりはどういう感じで進めていったんでしょうか。
ドラムは打ち込みと生ドラム、ベースはシンセベースとエレキベースの両方を使ってます。この両方で場面を作っていこうと最初から思ってました。デジタルの空気感とアナログの熱量の対比が物を言うと考えたんです。ギターはアンプで鳴らした音と、デジタルのアンプシミュレータで作った音を使い分けてます。サビで初めてギターが空気を揺らすことにしよう、と決めました。ビンテージギターとモダンギターも場面によって使い分けていて。「ヒロアカ」で言うとモダンギターはA組の連中やヴィラン連合など新世代の面々、ビンテージギターはオールマイトやグラントリノ、オール・フォー・ワンのような古参のレジェンドヒーローやヴィランたち、というイメージです。
──単にいろんな音色を使おうというのではなく、曲のイメージを表現する必然としての選択肢だった。
感覚が先にありました。そこに「だからこれを選んだんだな」と思考が追いついていく感じです。そうやって順番に録っていきました。
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