ファンタジーに、小さじ1杯の歪みを
──カップリング曲「やさしい舞踏会」はNHK「みんなのうた」の2025年2、3月放送曲ですね。ドリーミーでありつつどこか影のあるワルツで、めちゃくちゃ好きです。
ありがとうございます。自分でも気に入っています。
──作詞は田中ユウスケ(agehasprings)さんとの共作で、作曲は田中さん、編曲は田中さんと中野領太(agehasprings Party)さんです。田中さんとは「遥か」で初めてご一緒したとのことでしたが……(参照:Aimer「遥か / 800 / End of All / Ref:rain -3 nuits ver.-」インタビュー)。
再びご一緒できて、うれしいです。私は「みんなのうた」に強い憧れがあって、いつか「みんなのうた」の仲間入りができたらいいなと思っていたんですよ。自分自身が幼い頃に触れた作品って、音楽だけじゃなくて文学や映画も含めて、何気なく心の奥底に沈んでいて。そういうものって、ふとした瞬間に浮き上がってくるというか、何かのきっかけで「あれ? 今のなんだったんだろう?」みたいな引っかかりを感じて、探っていくと自分のルーツの1つにつながっていたり、今でもインスピレーションの種になったりするんです。だからこの楽曲も、誰かにとってのトリガーになるような曲にしたいという発想が、最初にありました。それをユウスケさんと作っていくにあたって、世界観としては言ってしまえばファンタジーなんですけど、そこに小さじ1杯ぐらいの歪みを加えてみようという話を……。
──小さじですかね。
あれ? おかしいな(笑)。
──先ほど「影のある」と言いましたが、そこそこ大きな歪みが……いや、これはあくまで僕にとっての真実ですが。
そう、1人ひとりに真実がありますからね。小さじか大さじかは聴いてくださる方それぞれの真実に委ねたいし、それが楽しみでもあります。私が目指したのはちょっとダークなファンタジーであって、ホラーまでいく必要はまったくなかったし、だからタイトルも「やさしい舞踏会」なんですよ。その「ちょっとダーク」のさじ加減を、ユウスケさんと一緒にけっこう模索しました。歌詞だけじゃなくサウンド面も含めて、もっと尖った、不穏なムードに持っていける可能性もあったけれど、それをどの程度にとどめておくか。
──現実と非現実の境界が曖昧というか、現実がおぼつかないみたいな危うさを感じました。
子供のときって、変な言い方かもしれませんけど、まだこの世界に慣れきっていない分、ふと気を抜くと世界を踏み外しちゃうような危うさがあると思うんです。児童文学でも、屋根裏に別の世界とつながっている扉があるみたいな話がよくありますよね。私はそういう物語がすごく好きだったし、幼いがゆえに別の世界につながってしまうことは決して恐ろしいことではなくて。私の中では「やさしい舞踏会」には明確なストーリーがあるんですが、それをどこまでほのめかすかという点においてもかなり慎重になりました。だから何度でも聴いてほしいし、何度でも聴きたくなる曲になってくれたらいいな。
──「やさしい舞踏会」に対して僕が感じた歪みや危うさは、Aimerさんのボーカルによるところも大きくて。
おお、本当ですか?
──揺らぎつつ、ちゃんと体重が乗っていると言えばいいのでしょうか。
質量があるように感じるということですかね。それは、確かにそうかもしれないです。
──トラックが淡々としている分、ボーカルが楽曲のムードを左右するのでは?
そうなんです。アプローチの仕方で言えば、さっきの「SCOPE」とは対照的で。「やさしい舞踏会」には隙間がたくさんある、つまりいろんなボーカルの選択肢があるので、けっこう苦心しましたね。リズムを担保したうえで、いかに不穏な感じで揺れるか。いわばライブテイクみたいな浮遊感があったほうが面白いんじゃないかと思いつつ、悩みながら、迷いながら録っていて。その過程で、今おしゃってくださったように声に質量があるのはいいけれど、あまり自分のこととして歌わないほうがいいと気付いたんです。それは、アプローチ的には有益な考えでしたね。
──有益な考え。
というのも、私は「やさしい舞踏会」の歌詞を作っていたとき、完全に物語を書くイメージで言葉を乗せていたんですよ。であれば歌も、語り部的な立ち位置から、多少の客観性を保ちながら歌うのがふさわしいんじゃないかと。
──ミックスの話かもしれませんが、声自体も生々しいというか、近く感じます。
特に落ちサビの頭は声が丸裸になっていて。これはユウスケさんが提案してくださったんですが、聴く人をドキっとさせるような、刺激的なポイントを作れたのは自分でも面白かったです。
誰もが自分の夢を肯定できる世界があったとしたら、それはとても美しい
──もう1つのカップリング曲「うつくしい世界」はわかりやすい、かつ清々しいバラードですね。
うんうん。本当にわかりやすく、タイトル通り美しさというものを表現することを目指しました。
──作曲は柴山太朗(agehasprings Party)さん、編曲は百田さんで、先ほどの「やさしい舞踏会」とはトラックもボーカルも対照的ですね。「やさしい舞踏会」はミニマルで箱庭的な感じでしたが、「うつくしい世界」はスケールがでかい。
そう、空間的な広がりを感じてほしくて。「うつくしい世界」という字面からどんな景色を思い浮かべるかは人それぞれだと思うんですけど、私個人としては、その景色には奥行きがあるんです。かつ、そこに鳥が羽ばたいていたらさらに奥行きを感じられるんじゃないか。そういうイメージで歌詞を作りましたし、ボーカルアプローチ的にもそのイメージを大事にしています。
──サビで声がぐーんと上昇していく感じ、聴いていて気持ちがいいです。「遥か」でも「空間のあるサウンドを目指した」とおっしゃっていましたが、それとは空間の種類が違いますよね。
この曲は、誤解を恐れずに言うと、どういう言葉が乗っているかはあまり重要じゃなくて。サウンドそのもの、音色そのものが美しい曲にしたかったんです。「うつくしい世界」というタイトルだからといって、聴く人に何かを啓蒙したいとか、何か具体的な行動を呼びかけたいとか、そういうことではまったくない。メロディに沿って言葉を置いてはいるけれど、その意味を限定せずに、声色で景色を広げられたらいいというか。日本のポップスだと、聴いたときにどうしても歌詞が先立ちがちですよね。でも、例えば雄大な自然を見て訳もなく涙が流れたりするとき、そこに言葉はないじゃないですか。そういう機能を持った曲になったらいいなと思って作りました。
──Aimerさんにとって「うつくしい世界」とは、今おっしゃった「自然」や、歌詞にある「空」ということになる?
真っ先に思い浮かぶのは、そういう景色ですね。私はアイスランドが大好きだから何度もこういう話をしてしまいますけど、アイスランドに行くたび「地球って、こんなにきれいなんだ」と感動するんです。だからといって人工物に覆われた、人も情報も目まぐるしく行き交っている世界が美しくないかといえば必ずしもそうではなくて……ちょっと脱線というか遠回りになるんですが、「うつくしい世界」では「夢」という言葉を繰り返し使っているんです。
──そうですね。先ほど歌詞はあまり重要ではないとおっしゃいましたが、印象に残っています。
今の世の中は、夢を抱きづらくなっているというか。夢といっても何か偉業を成し遂げたいとか、ポップスターになりたいとか、そういう大それたものである必要はなくて。願望とか欲求レベルの、例えば「次の休みに旅行がしたい」とか「ちょっといい椅子が欲しい」でもいい。そもそも夢って、本来なら無責任に、身勝手に抱いていいはずなのに、今は夢を抱いた時点で責任を伴ってしまう、夢を抱くこと自体が苦になってしまう場面が多々あるように感じるんです。もちろん私は「みんな、夢を持って!」と強要したいわけではないんですよ。だけれど、小さな夢、あるいは夢とは呼べないかもしれないぐらいの淡い光であっても、生きていくうえで何かしらの行動につながるんじゃないか。少なくとも私はそうだし、誰もが自分自身の「これをやりたい」という気持ちをなんの罪悪感もなく肯定できる世界があったとしたら、それはとても美しいと思います。
──世界は本質的には美しいと思いたいですが、美しくないものであふれすぎているといいますか。
そういう世界において、美しいものをただ切り取ることにも、大きなリスクがあると思うんですよ。それって上辺をなぞっているだけであって、背景がないというか。自分が何かを表現するときも、表面的な美しさだけにとらわれていたくなくて……なんて説明したらいいんでしょう?
──美しくないものを見なかったことにしてはいけない?
そうです。ちゃんと美しくない部分にも触れてあげないと、真意が宿らないし、説得力もない。そういう意味でリスクがあるんですけど、それでも私自身はダークさがまったくない、もしくはダークな部分さえも照らしてしまうぐらいピュアな光を放っているものに心を震わされたり、希望を見出したりする瞬間があるんです。まさに「うつくしい世界」は美しさという抽象的なものをサウンドに投射する試みなので、もしかしたら今言ったことと矛盾するのかもしれない。けれど、それを承知のうえで、1つの作品としてこういう表現があってもいいと思えたし、これからもいろんなアプローチを模索していきたいです。
プロフィール
Aimer(エメ)
幼少期の頃にピアノやギターでの作曲や英語での作詞を始め、15歳のとき声が一切出なくなるというアクシデントを経験し、それがきっかけとなり独特の歌声を獲得する。2011年から音楽活動を本格化させ、同年9月にシングル「六等星の夜 / 悲しみはオーロラに / TWINKLE TWINKLE LITTLE STAR」でメジャーデビューを果たした。2021年よりSACRA MUSICに所属。2022年1月にテレビアニメ「鬼滅の刃」遊郭編のオープニングテーマおよびエンディングテーマを収録したシングル「残響散歌 / 朝が来る」をリリース。2022年12月には「第73回NHK紅白歌合戦」に出場し、「残響散歌」を披露した。2023年7月に7thアルバム「Open α Door」を発表し。12月にNHKドラマ10「大奥Season2」の主題歌「白色蜉蝣」をリリースした。2024年6月に新作EP「遥か / 800 / End of All / Ref:rain -3 nuits ver.-」を発表し、5年ぶりの海外ツアーを実施。8月にアニメ「狼と香辛料 MERCHANT MEETS THE WISE WOLF」の第2クールオープニングテーマ「Sign」を表題曲としたシングルをリリースした。10月より国内10都市19公演の会場ホールツアーを開催中。2025年2月にアニメ「天久鷹央の推理カルテ」のオープニングテーマを表題曲としたシングルをリリースした。
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