Aimer「Sign」インタビュー|自分が今この時代に歌う意味とは──5年ぶり海外ツアーで向き合った思い

Aimerがシングル「Sign」を8月28日にリリースした。

シングルの表題曲は、テレビアニメ「狼と香辛料 MERCHANT MEETS THE WISE WOLF」第2クールのオープニングテーマ。行商人クラフト・ロレンスと狼の耳と尻尾を持つ少女・ホロの旅路を彩る、温かなバラードナンバーだ。カップリングには6月から7月にかけて行われた約5年ぶりの海外ツアー「Aimer 3 nuits tour 2024」の最中に作られたという新曲「Wren」「月影」を収録。どちらの楽曲にも、海外ツアーを通して生まれたAimerの最新のリアルな思いが反映されている。

長きにわたって多くの人々から愛されてきた「狼と香辛料」という作品にAimerはどのように寄り添ったのか? 海外ツアーがAimerに与えた影響とは? 胸の内にある思いを彼女に言葉にしてもらった。

取材・文 / 須藤輝

流行に左右されない、普遍的な曲を作ってみたい

──表題曲「Sign」はAimerさんの1つのスタンダードといえそうなバラードですが、例えば同じバラードでも前回インタビューした「遥か」(2024年6月リリースのEP「遥か / 800 / End of All / Ref:rain -3 nuits ver.-」収録曲)とはボーカルアプローチが違っていて、今回も新鮮な驚きがあります(参照:Aimer「遥か / 800 / End of All / Ref:rain -3 nuits ver.-」インタビュー)。

ありがとうございます。

──その驚きについてはおいおい触れていくとして、まず「Sign」はアニメ「狼と香辛料 MERCHANT MEETS THE WISE WOLF」第2クールのオープニングテーマですね。

実は私、アニメのオープニングテーマは数えるほどしかやってきていなくて。今までは、例えば「Brave Shine」(2015年6月発売の8thシングル表題曲。「Fate/stay night [Unlimited Blade Works]」オープニングテーマ)や「残響散歌」(2022年1月発売の20thシングル「残響散歌/朝が来る」収録曲。「鬼滅の刃」遊郭編オープニングテーマ)のような、サウンドが激しかったりテンポが速かったりする曲を作ってきたんです。それに対して、今回は「狼と香辛料」という作品の顔になりつつ、放送が始まったときに皆さんの「観るぞ」という気持ちを高められるような、優しく温かい曲にしたいと考えて制作に臨みました。

──そのうえで、この曲を選択するにあたって決め手になったのは?

一番の決め手になったのは、テンポ感ですね。「Sign」はもうちょっとテンポを速めることもできたけれど、主人公のロレンスとホロの心温まる旅路に似合うような、ゆっくりと一歩一歩踏みしめながら歩いていくのを感じられるテンポがすごくいいなって。加えて、「Sign」のアレンジはほぼデモのままというか、少しブラッシュアップしてもらった程度なんですが、もともとあったメロディやサウンドから連想される風景も、作品の世界に馴染んだんですよ。

──「狼と香辛料」は中世のドイツ北部から北欧が舞台になっているそうですね。

そうなんです。ちょっと寒くて、それでいて雄大な景色が目に浮かぶような、大陸的なメロディがすごく素敵で。自分の中ではThe Beatlesの「The Long and Winding Road」が想起されたんです。ああいう流行に左右されない、普遍的な曲を作ってみたいという思いがずっとあったので、デビュー15周年を前にして……。

──ああ、もう15周年が視野に入っくるんですね。

再来年が15周年なんですけど、今がいいタイミングなんじゃないか。そういった自分の願望ともリンクして、プロデューサーの玉井健二さんとお話しながら「Sign」を作っていきました。

──普遍的と聞いて、なるほどなと。例えば中世ヨーロッパのバイキングをモチーフにしたアニメ「ヴィンランド・サガ」のエンディングテーマだった「Torches」は意図的にトライバルな色を出していたと思いますが(参照:Aimer「Torches」インタビュー)、「Sign」はアレンジも含めてポップス的といいますか。

確かにそうですね。景色としてはちょっと似たところもあるんですが、「Sign」はあくまでポップスの範囲で、皆さんにとって聴き馴染みもある、今までのAimerの系譜を継いだ形に落ち着けたかなと。どんな時代に聴いてもしっくりくる。そういう楽曲になったらいいなと思っています。

たった1人でも相手がいれば、1人ぼっちじゃなくなる

──「Sign」の歌詞は、当然ロレンスとホロの旅路にも重ねられますが、楽曲と同様に普遍性があるように思います。例えば、人生のある時期を共有した誰かとの記憶みたいな。

「狼と香辛料」第2クールは原作でいうと3巻と4巻のあたりで、いろんなエピソードで構成されているんですが、その中でロレンスとホロが仲違いをしてしまうエピソードがあって。ちょっとしたボタンのかけ違いが、もしかしたら2人の旅はここで終わってしまうんじゃないかと思ってしまうぐらい、危機的な状況を招いてしまうんです。けれど、その仲違いを経て2人の絆がより深まっていく。それがすごく印象的でした。私にとっても今まで出会ってきた人たち、特に音楽を通して出会えた人たちというのはかけがえのないものなんです。クリエイターやスタッフの方々だけでなく、ファンの皆さん1人ひとりに至るまで。そうした人と人とのつながりが、いいことも悪いことも1つひとつの「印」になって残っていくんじゃないか……という着想が、歌詞を作っていくうえでキーになりました。

アニメ「狼と香辛料 MERCHANT MEETS THE WISE WOLF」より。©2024 支倉凍砂・KADOKAWA/ローエン商業組合

アニメ「狼と香辛料 MERCHANT MEETS THE WISE WOLF」より。©2024 支倉凍砂・KADOKAWA/ローエン商業組合

──先ほどAimerさんは「優しく温かい曲にしたい」とおっしゃっていて、歌詞にもその気持ちが表れていますが、同時に寂しさ、物悲しさも感じられます。これも「狼と香辛料」由来のものなんですか?

そこは、物語とはまた別で。自分の中では、もともとロレンスとホロのつながりを描く楽曲にしたいとは思っていたんですけど、だからといってただハッピーなだけの曲にはしたくなかった。私が「狼と香辛料」という物語から受け取ったものの中で特に大事にしたかったのは、2人がそれぞれ孤独を抱えて生きていたということなんです。2人とも1人ぼっちは嫌だとずっと思っていて、そういう背景があったからこそ、出会ったときにお互いがお互いにとってかけがえのない存在になった。それって、実は誰しもそうなんじゃないかなって。

──確かにそうかもしれません。

ロレンスは行商人なので1人ぼっちであることが際立ちますけど、例えば今、日本に住んでいる私たちだって、程度の差こそあれみんな根底に寂しさを抱えているんじゃないか。私に関して言えば、歌を歌い始めたときは特に孤独を感じていて。だからこそ、誰か1人でも自分の歌を聴いてくれる人がいたら、孤独じゃなくなったんです。たった1人でも相手がいれば、1人ぼっちじゃなくなる。そこにすごく大きな意味があるし、そういう思いを曲に込めたかったんです。

高いところまで手が届くようになったけれど、あえて低いところもなぞっている

──「Sign」のボーカルは、きれいにまとめようとしていないというか……言い方が難しいのですが、ある種の粗さを感じました。バラードなのに。

その通りですね。「Sign」は悠々と歌い上げることもできたんですが、そういうアプローチはあんまり似合わないと思ったんです。歌詞もどこか等身大というか、懸命に相手とつながろうとしているので。それは主人公たちもそうだし、私たちもそう。だから、この曲を余裕で歌いこなすというよりは、あえて節回しとかも拙くしてみました。

──それが、最初に言った驚きの一因だと思います。本当に、シングルごとに歌い方や声の響き方が違っていて。

ありがとうございます。さっき「再来年が15周年」と言いましたけど、何かの節目を迎えたからといって、必ずしも自分の歌のアプローチだったり楽曲そのものだったりが完成するわけではないし、それを目指しているわけでもなくて。むしろちょっと拙い部分があってもいい楽曲はあるし、特に「Sign」は、私にとって自分が歌を歌い始めた頃と重なるような、1人ぼっちだった自分が初めて誰かと出会えた瞬間を思い起こさせる曲なので、余計に切々と歌いたかったんです。

──完成を目指しているわけではないというのはいいですね。活動を続ける限り、伸びしろというか可能性が残り続ける。

うん。まだまだ試したいこと、やりたいことがたくさんあります。

──「拙い」とはおっしゃいましたが、例えばサビの「そっと指に触れたら」のところでかすれ声になるぐらいに声量を落としていますよね。ここ、ヤバいです。しかも、そこから最後のロングトーンに持っていくという。

そこはこだわった部分で、1番のサビだけそういう歌い方にしたので、気付いてもらえてすごくうれしいです。かつての私はがんばって背伸びして、普通に立っていたら手の届かないところに手を伸ばすようにして歌っていたんですよ。たぶん、昔はそれしかできなかったから。ひるがえって今は、もっと高いところまで手が届くようになったけれど、あえて低いところもなぞっている感じで。そういうアプローチを選択することで、また違った響きに聞こえることがわかってきた。あるいは、それしかできないからそれをやるのと、ほかにもできることがある中からそれを選ぶのとでは、やっていることは同じでも表現としてはまったく違ってくるんです。

Aimer

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2人の自分の間で生まれる葛藤

──カップリング曲「Wren」に関して、まず曲名になっている“wren”は知らない単語だったので調べたところ、ミソサザイという鳥のことなんですね。

そうです。ただ、私にとってミソサザイがものすごく思い入れのある鳥かというとそうではなくて。この曲の最後で「I reach for the light」と歌っているんですが、自分の中では儚く、弱々しい鳥が羽ばたいているイメージがあったので、それを象徴するような何かをタイトルにしたくなったんです。ミソサザイはスズメよりも小さい鳥であるにもかかわらず、越冬するために南へ渡ると知って、それがすごくいいなと思ったんですよね。

──かつ、小さい体に似合わずめちゃくちゃでかい声で鳴くそうですね。

じゃあ、ぴったりですね。小さいけれど、力強く羽ばたいていくものの象徴として。

──歌詞は、結論としては今おっしゃった「I reach for the light」だとは思いますが、そこに至るまではネガティブな感情とポジティブな感情が入り乱れているといいますか……何か悩みでもあったんですか?

この「Wren」ともう1つのカップリング曲「月影」は、6月から7月にかけて海外ツアー(「3 nuits tour 2024」)を回っているときに作ったんです。

──あ、できたてほやほやなんですね。

そうです。「Sign」はもっと前に作っているんですが、カップリングの2曲はつい最近できました。なので、海外ツアーの中で考えたいろんなことが歌詞の背景にあるんじゃないかな。すごく短絡的ですけど、わざわざ飛行機に乗って、自分の母国語じゃない言語が飛び交っている、気候も空気も生えている植物も違う場所に降り立ったとき、なんとなく自分がちっぽけな存在に感じられるんです。この広い世界の中で。今回は上海、台北、香港という比較的日本から近い都市だったけれど、そういうことをまざまざと感じて。そんなちっぽけな自分がいる一方で、大きなステージに立って歌っている自分もいる。言い換えれば、無力な自分と、誰かにポジティブな影響を与えることができるかもしれない自分がいて。2人の自分の間で生まれる葛藤や「もっと羽ばたきたい」という気持ちがないまぜになった歌詞と言えるかもしれません。

「Aimer 3 nuits tour 2024」上海公演の様子。(撮影:平野タカシ)

「Aimer 3 nuits tour 2024」上海公演の様子。(撮影:平野タカシ)

「Aimer 3 nuits tour 2024」香港公演の様子。

「Aimer 3 nuits tour 2024」香港公演の様子。

──Aimerさんも「ちっぽけな自分」みたいなことを考えるんですね。

考えます。もっと言うと、自分がこの時代の日本に生まれて歌を歌っている意味はなんだろうかということも、すごく考えていますね、最近は。

──現時点で、なんらかの意味は見つかりました?

その意味を音楽にしないといけない……と、言葉にすると軽くなっちゃうし、簡単にできることではないんですけど、そう思っています。

力の込め具合、抜き具合が“ザ・Aimer”

──「Wren」は無駄を削ぎ落としたような緊張感のあるロックナンバーですが、こういう曲は今までありそうでなかったように思います。

確かに、今回のカップリングの2曲はどちらもありそうでなかった曲だと、自分でも思いますね。それも、海外ツアーの中で作ったことが影響しているのかもしれません。「Wren」に関して言えば、特にAメロのメロディがずっと同じラインなんです。だからリズムとか声の形でメロディラインを作らないといけなくて。そういう曲はあまりなかったし、サビのメロディの感じも自分としては新鮮でした。

──ボーカルについては、ふわっとした言い方になってしまいますが「自分がよく知っているAimerさんの歌かも」と思いました。

本当ですか? うれしいです。カップリングの2曲はどちらも同時期に録ったんですけど、2曲とも力の込め具合、抜き具合とかは昔のやり方に近いんです。なので、それが“ザ・Aimer”という感じに聞こえるのかも。

──サビのビブラートも「そうそう、これこれ」みたいな。

うんうん。最近、実は曲によってはビブラートを封印していたんです。というのも、ビブラートは自分の特徴ではあるものの、それがちょっとメロディの邪魔になってしまう場合もあるんですよ。昔は一生懸命だったのでそこまで頭が回らなかったけれど、ここ数年で引き算的な考え方もできるようになって。だけど、今回はその封印を解いて、震えを存分に出していますね。それが気に入っていただけたのだとしたらよかったです。