Aimerが新作EP「遥か / 800 / End of All / Ref:rain -3 nuits ver.-」を6月5日にリリースした。
ドラマおよび映画「からかい上手の高木さん」の主題歌「遥か」、映画「マッチング」主題歌の「800」、RPG「原神」オンラインイベント「原神新春会 2024」で歌唱された「End of All」、そして6月15日にスタートする5年ぶりのアジアツアーに向けて既発曲「Ref:rain」を再アレンジした「Ref:rain -3 nuits ver.-」の計4曲からなる本作。タイトルの通り、そのすべてが表題曲となっており、Aimer本人も「誰を主人公にするか決められなかった」と話す。
このEPはAimerのボーカルアプローチを特に堪能できる1枚だ。4曲の中には“Aimerらしさ”のド真ん中をいくボーカルがあれば、その枠組みから外れた歌声を聴くこともできる。そして、そのすべての歌声の向こうに、海辺の景色や、ヨーロッパの景色など、それぞれの“風景”が見える。インタビューでは唯一無二のAimerの歌声がどのように構成されているのか、本人に言語化してもらった。
取材・文 / 須藤輝
目指したのは、海が見える町
──EPのタイトル「遥か / 800 / End of All / Ref:rain -3 nuits ver.-」を全部読むとだいぶ長いのですが、4曲とも表題曲にできるぐらい、どの曲も個が強いですね。
本当にその思いが強くて、誰を主人公にするか決められなかったので、いっそ全員で。
──まず「遥か」はTBSドラマおよび映画「からかい上手の高木さん」の主題歌で、作詞が田中ユウスケさんとの共作、作曲が田中さん、編曲が玉井健二さんと百田留衣さんです。楽曲としては比較的プレーンなミディアムバラードで、最近の曲であれば「あてもなく」(2023年5月発売の22ndシングル表題曲)や「Sweet Igloo」(2023年12月発売の23rdシングル「白色蜉蝣」カップリング曲)と同じライン上にあるといいますか。
うんうん。
──別の言い方をすれば、表面的には必ずしも新しいことをしているわけではないように思います。にもかかわらず新しく聞こえたのですが、今までと何が違うのでしょう?
言語化するのが難しいんですけど、楽曲の精神性の違いと言えばいいのかな? 私は曲を作るとき、いつも頭の片隅に“Aimerらしさ”という枠組みがあるんです。それを明確に自覚しているときもあれば、無意識的であるときもあって。「遥か」に関しては、その枠組みをあえて自覚しながら、それよりも「からかい上手の高木さん」という作品のテーマ性に沿うことを優先した感じです。音楽家として年月を重ねていろんな楽曲を作っていくうちに、自分らしくあることよりも、純粋にいい曲であることにこだわりたいという欲求が生まれてきて、今回はその欲求に従ってみました。
──エゴを出すのではなく、楽曲に奉仕するみたいな。
具体的に言うと、「からかい上手の高木さん」という作品の主題歌にふさわしい曲を作ろうと考えたとき、聴いた人の頭に海が見える町の情景が浮かんでほしいと思って。それを表現することが一番の目標だったし、そこに一番こだわりたかったんです。
──作曲の田中さんはAimerさんと同じくagehasprings所属ですが、ご一緒するのは初めてですよね?
そうなんです。順を追って説明すると、まず「からかい上手の高木さん」の何が素敵かといったら、やっぱり高木さんと西片の絶妙な関係性じゃないですか。こちらとしては2人のからかい、からかわれというやりとりをずっと見せつけられるわけだけど、すごく透き通っていて、純粋で。そんな2人の関係を成り立たせている要因として、実は背景というものが大事なんじゃないかと思ったんです。例えば下校途中に寄れる神社や空き地があるとか、少しバスに乗ったら、あるいは自転車をこいだら海に行けるとか。逆に、もし高層ビルが立ち並んでいるような都心だったら、あのやりとりは成立しないかもしれない。
──言われてみればそうかもしれません。
そういう環境というか、2人が身を置いてる風景こそが、彼女たちを彼女たちたらしめているんじゃないか。じゃあ、2人の関係を最も象徴している風景とは何かといえば、海が見える町なんじゃないか。それをどうやって音楽で表現するか思案していたときにユウスケさんからいただいたデモを聴いて、もうパッと海が見える町が浮かんだんですよ。アレンジは今の形と全然違うんですけど、メロディやコード感の透明度が高くて、ぜひこの曲でユウスケさんとご一緒したいと思ったんです。
“Aimerらしさ”の枠組みを広げていけたらいいな
──高木さんと西片の関係を成り立たせるものとして背景や環境に着目するのって、面白いですね。
あの透明度や純粋性みたいなものって、背景に海や山が描かれていたりするから余計に際立つんじゃないかと思うんです。「からかい上手の高木さん」の原作マンガの舞台は香川県の小豆島をモデルにしていて、ドラマも映画も小豆島で撮影されているんですけど、ドラマのNetflix版のエンドロールでは「遥か」がかかるときに、海が見える風景が映されていて。自分の意図が伝わっているようで、うれしかったです。
──僕はあの2人のやりとりを見ると、魂を焼かれるような気持ちになるんですが……。
確かに透明度が高すぎて、人によってはある意味で殺傷力の高い作品かもしれないですね。あの2人を見ていると、現代においては成立し難いような関係性であっても、情緒的な風景の中であれば成立し得るんじゃないか、だからこそ尊いんじゃないかと思って。であれば、その関係性を直接的に表現するよりも、風景のほうからアプローチしていったほうが作品に合うかもしれない。それが最初の着想のポイントでした。
──「遥か」の歌詞からは、まず都会的ではないという印象を受けたのですが、そういう考えがあったんですね。
海が見える町ということは、町から海が見えるということで。仮に物理的に海が近くにあったとしても、さっき言ったように町中にビルが立ち並んでいたら海が見えませんよね。要するに視界が開けていて、空が広くなきゃいけない。そういう空間を聴き手に想起させるようなサウンドであり、言葉であるべきだと思ったんです。
──作詞クレジットはAimerさんと田中さんの共作になっていますが、どのようなやりとりを?
実はですね、デモの時点ですでにユウスケさんの言葉が乗っていて、それがものすごく素敵だったんです。「海」という言葉自体はなかったんですけど、とてもナチュラルな、柔らかい空気を感じさせる言葉たちが並んでいて。なので今回は、その言葉をそのまま使わせていただきたいと思って、それをもとに歌詞を作り上げていく形でした。
──これも言われてみればなんですが、歌詞、サウンド、歌すべてに空間的な広がりを感じます。特にボーカルが非常に清々しく、軽やかで。こういう種類の清々しさ、軽やかさは今までの曲にはなかったように思いました。
このインタビューの最初に、「遥か」は「あてもなく」や「Sweet Igloo」の系譜にありながら新しさを感じると言ってくださいましたが、私にとってもこの曲はかなり新しくて。それは間違いなく、ユウスケさんと共作したことも含め、自分らしさというものを一旦置いておいて、シンプルにいい曲を作ることだけに振り切った結果なんですね。ボーカルのアプローチにしても、今までだったらサビはもっと声を張って歌っていたかもしれないけれど、今回はかなり声量を抑えてみたんです。Aimerが前に出るというよりも、メロディのよさを引き立てるほうに回って、さりげなくサウンドに交わるぐらいのボーカルの存在感がいいのかなって。
──確かに「遥か」のボーカルには「私が! 私が!」みたいな主張が皆無ですね。
言うなれば、引き算しながら歌っていった感じですね。それがリスナーの方々にどう伝わるのかはわからないけれど、“Aimerらしさ”という枠組みから自由になることは、もしかしたら枠組み自体を広げることにつながるんじゃないかと。だとしたら、これからもそれを広げていけたらいいな。
不条理を前にしたとき、人の心はどのように動くのか
──2曲目の「800」は、「遥か」とは対照的な鬱々としたロックナンバーですね。作曲は百田留衣さんで、編曲は玉井さんと百田さんですが、タイトルの「800」って、嘘八百ということですか?
それもありますし、「八百」には元来、非常に数が多いという意味があって。例えば八百万の神といった言葉があるように。
──ああー。八百屋もそうですよね。たくさんの野菜を売っているから。
そうそう。だから「800」では、非常に多くの嘘、それから不条理といったものを前にしたときに、どういうふうに心が動くのかということをテーマにしたんです。
──「800」は映画「マッチング」の主題歌ですから、この作品からそのようなテーマを受け取ったと。
映画のプロットを拝読してから制作に取りかかったんですが、主人公の、土屋太鳳さん演じる唯島輪花は何も悪くないのに、マッチングアプリというものを介して悲劇的な事件に巻き込まれていってしまうんです。私たちの生活の中でも、輪花のように命の危険を感じるほどではないにせよ、自分ではコントロールできないような出来事に遭遇することはあると思って。自分ではコントロールできないからこそ、それを自分がどう受け止めるかという、自分自身の問題になってくるんじゃないか。そういうとき、自分でも何が自分の本音なのかわからなくなることが、私はけっこうあるんですよ。
──例えば?
皆さんはどうかわかりませんけど、誰かとちょっとケンカしちゃったときとか、その場では自分の本音だと思って相手に投げかけた言葉も、あとから考えると「あれは本音じゃなかったな」みたいな。不条理に直面して、自分の気持ちが本当なのか嘘なのか自分でもわからなくなってくる。そういう状況を歌った曲にしたいと思ったんです。
──作曲の百田さんは、先ほどの田中さんとは異なり、Aimerさんの楽曲ではおなじみの方ですね。
「マッチング」チームの方からも、どちらかというとノイジーで重ための曲というリクエストをいただいていて。それは留衣さんが得意とされているサウンドの1つでもあるし、さっき「遥か」では“Aimerらしさ”というものから離れてみたという話をしましたが、それでいうと「800」は、過去の曲を引き合いに出すなら「Black Bird」(2018年9月発売の15thシングル「Black Bird / Tiny Dancers / 思い出は奇麗で」収録曲)みたいな曲であるべきだと思ったんです。「遥か」が空間のあるサウンドを目指したとしたら、「800」はたくさん音を重ねて、歪ませて、みちっとさせて、そこに歌がある種の激しさを伴いながら存在している感じ。
──ちょうど「Black Bird」に言及されましたが、同曲は映画「累-かさね-」の主題歌で、同作の主演も土屋太鳳さんでした。土屋さんと縁がありますね。
そうなんですよ。「累-かさね-」の公開は2018年で、もう6年近く前だというのをつい昨日知ってびっくりしたんですけど、私にとって「累-かさね-」は初めて太鳳さんとご一緒した作品であり、初めて実写映画の主題歌を歌った作品で。そこから月日を経て、再び同じような不穏な作品でご一緒できたのは、自分としてもうれしかったです。
──「Black Bird」と「800」を比較すると、前者の歌声には爽快感があったのに対して、後者の歌声はより内向的で、抑圧めいたものを感じました。
そう。「Black Bird」は「累-かさね-」という映画の作品性もあって、誰かと自分を比べたときに覚える苦しさを歌っていたり、そこに他者の存在があったんです。だとしたら「800」は内なる自分との戦いというか、あくまで自分の世界で、自分の箱にこもって歌っている感じですね。
──怒りをはらんでいるようにも聞こえますが、その矛先は自分に向いているみたいな。
その通りです。他者との戦いではない。そこには葛藤もあるし、曲の終わり際も不穏な空気をまとわせるようなイメージで。最後にうっすら光が浮かぶのかと思いきや、闇のままかもしれない。わからないまま終わるほうが、「マッチング」という作品にも合うし、自分としてもしっくりきたんですよね。
次のページ »
奥行きのある世界で音楽を作ってみたい