Aimer「白色蜉蝣」インタビュー|命の儚さと、大切なものを守り抜く意思

Aimerが12月6日にニューシングル「白色蜉蝣」をリリースした。

シングルの表題曲は現在放送中のNHKドラマ10「大奥Season2」の主題歌。ドラマの内容とリンクするように、人の命の儚さや「大切なものを守りたい」と願う気持ちを描いたバラードナンバーだ。シングルにはカップリングとして、疾走感のあるロックナンバー「Overdrive」と、Aimer自身の素直な思いが込められたミディアムバラード曲「Sweet Igloo」が収録されている。

今年7月にリリースしたアルバム「Open α Door」で新しい扉を開けたAimerに今見えている景色とは? Aimer本人にじっくりと話を聞いた。

取材・文 / 須藤輝撮影 / 加藤アラタ

たとえ命は儚くとも「大切なものを守りたい」と願ってしまう

──「白色蜉蝣」というタイトル、すごくいいですね。「大奥」は江戸幕府の3代将軍・徳川家光の時代から大政奉還に至るまでを描いた作品であり、シーズン2では8代将軍・吉宗の死後から約100年にわたってストーリーが展開されます。そんな長いスパンの物語に対してカゲロウという、儚さの象徴みたいな生き物を持ってくるという。

おっしゃる通り「大奥」は長いスパンで、特にシーズン2は激動の時代において、代々の将軍とその従者たちの物語が紡がれていくんです。その中で、当時は今よりも長生きするのが難しかったという時代背景はあるにせよ、ときにあっけなく「え? このタイミングで?」と驚いてしまうような局面で命が失われていったりする。だからこそより激しいドラマになっているし、何より、たとえ命は儚くとも、人は「大切なものを守りたい」と願ってしまう、そのこと自体がとても印象的で。そういう気持ちそのものを曲にしたいと、まず思ったんです。

Aimer

──なるほど。

「激動の時代」という意味では、当時は1つの価値観が一夜にして覆されてしまうような時代だったんです。そうやっていろんな常識や前提が根底から、自分の足元から崩れ去ってしまうようなときであっても、自分にとって大切な何かを、誰かを守り抜きたいという気持ちが生まれてしまう。それは、やっぱり人間だからなんだろうなって。

──「白色蜉蝣」は「大奥」という時代劇の主題歌でありながら、非常に今日的な歌に聞こえます。例えば歌詞に「止まれない 波にのまれ」とありますが、個人では抗いようのないシステムみたいなものって、今も変わらずあると思うので。

「白色蜉蝣」というタイトルを付けたのは、当時の人たちが儚い生涯を必死に生き抜いているさまを表現したかったというのもあるんですが、それは寿命が短い云々だけではなくて。人間自体が儚いものなんだと、よしながふみさんの原作マンガを読んで感じたんです。そのことは今も変わらないと思うし、そもそもカゲロウって、儚い命の象徴でありつつ、その名前は「陽炎」に由来するという説があって。カゲロウがゆらゆら飛ぶ様子が、空気が揺らめいて見える陽炎に似ているからその名前が付けられたとも言われているんです。人は誰しも、できることならいつも穏やかでいたいと思っていても、生きている以上、どうしても気持ちが揺らめく瞬間は訪れてしまう。そんな意味も重ねています。

──ただの「蜉蝣」ではなく「白色」であることにもAimerさんなりの意味があるわけですよね?

「蜉蝣」というシンプルなタイトルでもよかったんですが、「大切なものを守りたい」という気持ちが生まれるとか、何かに対して必死になってしまう人間の根本の部分というのは、白か黒かでいえば白なんじゃないか。真っ白い、無垢な気持ちがそこにあるんじゃないか。もっと言うと、江戸城では将軍をはじめ皆さんが豪華絢爛な着物を着ていますけど、それを1枚1枚剥がしていったら、どんな身分や立場の人も最後には白い着物が1枚残るんじゃないか。そういう意味でも「白色」は、私自身が「大奥」に対して抱いた気持ちを預けられる1つのフックになると思ったんです。

──Aimerさん自身にも、守りたい大切なものがありますよね?

はい。実はこのシングルでは、どの曲にも今の自分の気持ちを密かに込めていて。特に3曲目の「Sweet Igloo」は、まさしく私にとって大切なものを楽曲に残しておきたいと思って作ったんです。じゃあ、その大切なものとは何かといえば……それは「Sweet Igloo」のところで話したいと思います(笑)。

人間の複雑さを、人間として肯定したい

──先ほどの「白色蜉蝣」というタイトルにまつわるお話は、視点がSF的だと思いました。要は、宇宙的なスケールで見れば人間の一生なんてほんの一瞬だし、その存在自体が塵みたいなものだけれど、人間である以上、人間らしく生きねばならない。なぜなら人間なのだから、みたいな。

確かにそうかもしれません。「大奥」という作品自体が、最初におっしゃったように長いスパンで描かれている物語でもあって。だからこそ、登場人物1人ひとりには数十年の生涯があっても、ドラマを観ている側からすればそれが一瞬のように思えてしまうこともある。けれども、その人たちの人生にはそれぞれ光と影が確かにある。それを俯瞰で捉えられるような曲であったほうが、より物語に寄り添える気がしたんです。私自身にとっても、今この瞬間を生きることはもちろん大事ですけど、その大事さはある意味で俯瞰しないと見えてこないと思うんです。

──俯瞰ですか。

例えば自分と他人の人生を比べて「私の人生は、こんな毎日の繰り返しでいいのかな?」と迷ったり、不安に駆られたりする瞬間があるんです。それって自分の人生をある程度は俯瞰できているからだと思うし、自分の人生はいつか必ず終わりを迎える、自分はいつか必ず死ぬという事実を一度手に取って眺めてみることで、今という瞬間の捉え方も変わってくるというか。そういう視点が、「このままじゃいけない」と発奮したり、あるいは「こんな毎日」を積み重ねることになんらかの意味を見出したりすることにつながると思うんです。「白色蜉蝣」は「百年先 紡いだ世界で」という歌詞で始まっているんですが、100年とか1000年というスケールで見たら、今、自分が生きている時間はほんの一瞬ではあるけれど、それでも……という気持ちも受け取ってもらえたらうれしいです。

──我々はカゲロウほどシンプルには生きられないけれども……。

本当にそうですよね。それこそ「大切なものを守りたい」とか、そういった気持ちが生まれなかったらもっと効率よく生きられるだろうし、余計な悩み事や争い事も生まれないかもしれない。だけど、そういう気持ちを抱いてしまう人間の複雑さを、私は人間として肯定したい。

──カゲロウの成虫は数時間から数日しか生きられなくて、その間にすることといったら交尾と産卵、つまり繁殖で、餌を食べる暇がないから口も退化しているそうですね。もちろん、カゲロウにはカゲロウなりの生き様があると思いますが。

あとカゲロウって、短命で飛ぶさまも弱々しいけれど、一説によると昆虫の中で最初にハネを獲得したグループの1つに属しているらしくて。そこに相反する要素を感じて「いいな」と思ったし、だから歌詞の最後に「届かないあの空まで 高く高く昇ってくよ」という言葉を入れているんです。

──カゲロウ視点の「高く高く」って、俯瞰すればせいぜい数メートルでしょうけど、その矮小さが逆にカゲロウの、ひいては人間の懸命さを際立たせているように思います。

特に「大奥」は、男性だけに感染する疫病が蔓延した結果、男女の役割が逆転し、将軍すらも女性が務めるという物語である分、余計に女性の一生懸命さに心を動かされるところがあって。女性って、筋力だったり肉体的な強さでは男性に及ばないと一般的には考えられていますけど、それがより顕著な時代において、ときに心を痛めたり病に苦しんだりしながらも、大切なものや失いたくない人を守るために必死に生きている。そういう姿をタイトルでも、歌詞でも、歌でも表現したいと思いました。

今まで通り進んでいけばいい

──7thアルバム「Open α Door」(2023年7月発売)のインタビューで、最後に「今回のアルバムにはオーソドックスなスローバラードは収録されていない」という話をしましたが(参照:Aimer「Open α Door」インタビュー)、「白色蜉蝣」はド直球のバラードですね。

「Open α Door」は、これまで自分が触れていなかった扉を開いてみた、例えて言うなら一旦時計の針を止めて、止まった時間の中でいろんなトライをしたアルバムだったんです。そんなアルバムを作ったことで、何か特別な、大きな扉の先の景色が見えたかと言ったらそうではなくて。むしろ、たくさん扉を開けてみた結果、「今まで通り進んでいけばいいんだな」と実感したというか、腹落ちしたんです。

──扉を開けること自体に意味があったと。

ある種の確認作業を経て、仮にこれからの10年をこれまでの10年と同じように歩んだとしても、まったく同じ道程になることは絶対にないと確信できた。であれば、その時々の自分のままで一歩一歩、歩みを進めていけばいい。その最初の一歩が「白色蜉蝣」であり、オーソドックスなバラードをあえて作らなかったアルバムの先でこの曲を歌う機会が巡ってきたという。それは運命的と言ってもいいし、それ以上に、私自身が「大奥」という物語に惹かれたことで、この一歩をより濃いものにしたいという気持ちを強く持ったまま制作に集中できたことが大きくて。今まで通りの一歩かもしれないけれど、私にとっては新しい一歩なんです。

──「白色蜉蝣」の作曲は中野領太(agehasprings Party)さんで、Aimerさんが中野さんの曲を歌うのは「March of Time」(2017年5月発売のベストアルバム「BEST SELECTION "blanc"」収録曲)以来ですね。

そうなんです。この曲はデモの時点で「大奥」にすごく合っていると思いましたし、「こういう言葉を乗せたいな」といったイマジネーションを与えてくるような曲で。私個人としても、ひさしぶりに中野さんとご一緒できてうれしかったです。

Aimer

──「『大奥』にすごく合っている」というのは、具体的には?

この曲は、平歌とサビのメロディラインに温度差があるように感じていて。「大奥」という作品の、特にシーズン2は、長いスパンでいろいろな物語が描かれる分、より光と影の濃淡が激しいんです。そういう光と影を秘めた曲でありたいという思いに、A、Bメロからサビに至るダイナミックなメロディラインが応えてくれるんじゃないかと。なおかつ、そのサビのメロディは言葉数の自由度が高いというか、言葉を詰めようと思えば詰められるし、抜こうと思えば抜けるんです。だから言葉の並べ方、歌い方次第でメロディをデザインできるし、言葉と言葉の合間にボーカルの温度を委ねられる。そこが気に入ったというのもあります。