竹中直人、山田孝之、齊藤工が共同監督を務めた「ゾッキ」が、4月2日より全国で公開される。本作では、アニメ映画「音楽」の原作者としても知られるマンガ家・大橋裕之の初期短編集を1本の長編として映画化。大橋作品に魅せられた3人が、原作のエピソードを多数織り交ぜ、シュールな笑いと多幸感に満ちあふれた1作にまとめ上げた。
音楽は、Charaが担当。初の音楽監督を務めたほか、息子・HIMIと主題歌「私を離さないで」を歌唱している。さらに、吉岡里帆、鈴木福、石坂浩二、松田龍平、國村隼ら豪華俳優陣が集結。“寄せ集め”を意味する「ゾッキ」のタイトルにふさわしく、さまざまなジャンルの第一線で活躍するスタッフ・キャストが本作に“寄せ集め”られた。
本作の公開を記念し、ナタリーでは音楽、コミック、映画の3ジャンルで特集を展開。第2弾となる今回は竹中、山田、齊藤のインタビューを公開する。日本映画界でそれぞれが唯一無二の存在感を放ち、クリエイターとしても異能を示す3人は、どのような経緯で集ったのか? 企画から撮影に至るまでの道のりや、互いへのリスペクトを語る。
取材・文 / 大谷隆之 撮影 / 草場雄介
脚本を読んだとき、すごくトキメキを感じたのを覚えています(齊藤)
──竹中さん、山田さん、齊藤さんの3人が監督された本作「ゾッキ」ですが、いわゆるオムニバス映画とは印象が違いますね。
竹中直人 あ、そう思ってくださいました?
──はい。大橋裕之さんの作品集「ゾッキA」と「ゾッキB」に収録された短編マンガをベースにしつつ、各々のパートが違和感なく混ざり合っていて。1つの有機的な世界観を作っているように感じました。
山田孝之 うん、うん。
──それでいて素材の選び方だったり、描写のディテール、ちょっとした風景の切り取り方などには、お三方の好みや持ち味がしっかり表れている。その独特のバランスがとても興味深かったんです。
竹中 ありがとうございます。それは、脚本の倉持(裕)さんの構成が素晴らしかったからです。企画者であるぼくは当初はオムニバス形式で考えていましたからね。1つの短編が終わったらまた次の短編が始まる、という感じで。でも倉持さんが「1つのお話につなげたらどうでしょう」と提案してくださった。見事な脚本でした。
齊藤工 確かに。
山田 僕ら3人は基本、撮りたい短編を選んだだけですからね。それを倉持さんが見事にまとめてくれた。しかも、原作には3コマとか4コマの作品も収録されているでしょう。僕がすごいと思ったのは、そういう短い素材も流れの中にうまく採り入れてくださってるんです。例えば竹中さんが撮られた「秘密」に「石鹸の香り」という3コマが入ってたり、工くんの「伴くん」に「おっぱい」という4コマが使われていたり。
竹中 実は絶妙に倉持さんの世界観も入ってるんだよね。
齊藤 僕もそこはすごく新鮮でした。今回映像化した短編って、基本的には独立した物語じゃないですか。もちろん共通のトーンとか作家性みたいなものはありますが、お互いの関連性はなかった。それが1つの世界線に収まっていること自体が驚きでしたし。
山田 うん。
齊藤 しかも作中でいくつかのエピソードが重なり合うことで、キャラクター同士の人生が交差するんですよね。撮る側としては、こんなにワクワクすることはない。初めて脚本を読んだとき、すごくトキメキを感じたのを覚えています。
竹中 ラストシーンからエンドロールにかけての展開なんて、ほとんど倉持さんの創作と言っていいような終わり方だしね。原作者と脚本家が静かにセッションしている感覚は、脚本段階から確実にありましたね。
山田 実際、ほぼ修正もなかったですしね。各自、それぞれのパートで細かい相談とかはしてますけど、全体の流れは最初からまるで変わっていない。
そのコマを見た瞬間、なんとしてでも自分の手で映画にしなきゃって(竹中)
──そもそも竹中さんは、なぜ「ゾッキ」を映画化しようと?
竹中 2018年の5月に倉持さん作・演出の舞台を、俳優の前野(朋哉)くんと一緒にやっていて、ある日、前野の楽屋に遊びに行くと楽屋の冷蔵庫の上に「ゾッキA」と「ゾッキB」が置いてあった。今でもはっきり覚えてます。とてもインパクトのある装丁で。「前野、ちょっと貸して!」って自分の楽屋で読み始めたら……すぐに心をつかまれてしまったんです。
──運命的な出会いですね。大橋作品のどこにそんなに惹かれたんでしょう?
竹中 理屈じゃねえからな……とにかく最高だったんすよ! あえて言うならとても切なくて、でもどこか狂ってもいてね。情けなくってひねくれてて。暴力的で繊細で。でも、こうして言葉にしちまうとすべてウソ臭くなってしまうもんね。すべて言葉で説明できるなら映画にする必要もないしね。
山田 でも、その感じすごくわかります。
竹中 実は最初に原作を読んだとき、めちゃくちゃ目に焼き付いたコマがあるんですよ。「父」という短編。父と、小さな息子が夜の学校に忍び込んで女の幽霊に遭遇する物語なんだけど。その中で突然、校舎の窓ガラスが割れて、落ちてきたガラスの破片が地面に突き刺さるんですね。そのコマを見た瞬間に、もう決めてました。これはなんとしてでも、自分の手で映画にしなきゃって。
──へええ、なるほど。
竹中 とにかく理屈じゃないんです。想像力を掻き立てられてしまった。なんでこんな世界を描けるんだ。これを映画にしなきゃ絶対いやだみたいな感覚に襲われて。
──同じような経験って、今までにもおありでしたか?
竹中 最初に監督した「無能の人」(1991年)は、ある意味同じ感覚でしたね。多摩美の頃からつげ義春さんの大ファンで。タイトルの響きも含めて、どうしたらこんな世界が創れるんだろうって思った。「東京日和」(1997年)も同じです。荒木経惟・陽子さんご夫妻の世界を映画にしたんですが、たまたま立ち寄った本屋さんでご夫妻がお書きになった「東京日和」を見つけたんです。装丁がヒマワリの写真でね。その装丁に惹かれて手に取ってページを開いてゆくうちに、引き込まれていった。その場でこれを映画にしたい! 陽子さんの役は絶対中山美穂で!って。いつもそんな感じですね。そういう部分は、ずっと変わってないです。
大橋さんの地元・蒲郡市を訪れて「これはいける」(山田)
──山田さんと齊藤さんはそれぞれ、原作についてはどのような感想を?
山田 僕は単純に「なんだこれ、めちゃくちゃおもしれー!」って思いました(笑)。描かれているのはどれも小さな出来事なんですよ。でも、当人たちにとっては、それが大きな人生の分岐点だったりもする。そういうところ、自分の記憶にもけっこう重なるんですね。あまり表立っては言いにくい部分が、特に。
竹中 おっしゃる通りですね(笑)。
山田 その意味では、絵柄こそシンプルだけど、すごくリアリティがあると思ったし。似たようなことはきっと、今この瞬間にも、世界のどこかで起きている気がする。
齊藤 結局みんな、心当たりがあるんですよね。言葉では言い表せないけど、大抵の人は味わったことのある酸っぱさとか辛さ、苦みに似た感覚。そういう言語化できない記憶がギュッと凝縮されているのが大橋ワールドなんじゃないかなって、個人的には思います。例えば今日みたいに、メディアの方々に取材していただくでしょう。
──はい。
齊藤 きれいな衣装を用意してもらい、なんならヘアメイクも付けていただいて。ある種のパブリックな状況が作られて、そこで皆さん、それぞれの役割を演じることになる。でも帰り道にふと1人きりになったとき、目とか死んでるかもしれないでしょう。
山田 だはははは。
竹中 なるほど(笑)。
齊藤 もちろん、例えばの話ですよ(笑)。でもそういう、自分にとって一番長くて暗い時間が、確かに「ゾッキ」には描かれていると思った。僕自身、大橋さんの作品に出会うことで、ささやかに救われた実感があったんです。だから映像化するときも、その小ささみたいなものは大事にしたいと思っていました。
山田 それで言うと、ちっちゃな恐怖がたくさんちりばめられてる感じもしません?
齊藤 ありますね。すごくある。
山田 これまた言語化が難しいんですけど、なんとも言えない不気味さや残酷さがあって。原作の「ゾッキ」は線もシンプルで背景もほとんど真っ白だから、読者は余計に想像力を掻き立てられるんだよね。実写にする場合、この余白感をどう出すかが、僕の中では一番大変なハードルだった気がします。
──山田監督の中で、課題はどうクリアされたんでしょう?
山田 そこはロケーションの力が大きかったですね。今回は全編、大橋さんの地元である愛知県の蒲郡市で撮影することになっていて。すごくのどかでいい町なんですが、実際に訪れてみて「これはいける」と思いました。やっぱり作者自身が生まれ育って、いろんな記憶が育まれた場所ですからね。その風景の中にキャラクターを置いて動かせば、自然と「ゾッキ」の空気感を切り取れるんじゃないかと。
山田孝之と齊藤工がどうしても必要だという直感(竹中)
──改めて、竹中監督。今回の映画化企画で、どうして山田さんと齊藤さんを共同監督に誘われたんですか?
竹中 直感ですね。「ゾッキ」を映画化するには山田孝之と齊藤工がどうしても必要だという直感でしかない。3人の名前が並んでるというイメージです。最初はオムニバスという形で考えていたから。
──共同監督のオファーを受けて、お二人は驚きませんでした?
齊藤 いえ、僕はワクワクと好奇心しかなかったです。大ベテランの竹中監督に、これが初監督だという山田さん。脚本家の倉持さんに、音楽監督のCharaさん。実は一番最初のミーティング時点で、このメンバーが全員そろってたんですよ。
竹中 2018年の夏ぐらいだよね。いつも映画の打ち合わせで使っているお店があって。そこに集まってもらって、必死に話しました。Charaも呼んだよね。自分の企画ではいつもそうなんですが、とにかく直感的に浮かんだ人を集めてしまうから、めちゃくちゃ緊張して、ガンガン呑んじゃって、1人で酔っ払ってた。本当にみっともないね。恥ずかしい(笑)。ただ、そこにいる1人でも欠けたら「ゾッキ」の映画化は絶対に成し得なかったから、もう目が回りながらも全力でしゃべってましたね。
齊藤 めちゃくちゃ鮮明に覚えてます。とってもいい夜でしたよね。竹中さんは、一緒に飲むとよくDJをしてくださるんです。その晩も「ゾッキ」のイメージにつながる音楽を、Bluetooth経由で次々かけておられて。変な表現だけど、その空間が映画についての愛や希望であふれていく気がしました(笑)。運命共同体っていうのかな? まだはっきりした着地点は見えてないけど、その場にいた全員が竹中さんの想いをシェアして、同じ方向に向けて踏み出した感触があったんです。自分がそこに混ぜてもらってることが、とにかくうれしくて。参加しないっていう選択肢は、僕にはなかったな。
山田 僕は正直、びっくりしましたよ。最初は絶対無理だと思った。
竹中 むうぅ……。
山田 だって、経験ゼロですからね。以前、友達に頼まれてミュージックビデオを1本撮りましたけど、逆に言うとそれだけなので。いくら共同とはいえ、いきなり長編なんて撮れるのかなと。ただ、「ゾッキ」という作品は絶対に映像化すべきだとは思ったので、最初は「プロデューサーとしてお手伝いさせてください」とお話ししたんです。それなら経験が生かせるから。でも竹中さんにきっぱり「いや、監督で」と念押しされて。
竹中 孝之にも絶対監督やってもらわないと困るんだって思ってたから……。
山田 まあ、こんなふうに言っていただけることも人生でそうはないでしょうし(笑)。監督という仕事も、自分がやりたいと思ってすぐできるものじゃないですから。これも巡り合わせだと思って。僕の気持ち的にはあくまでプロデューサーの1人として支えつつ、「一部分、監督もさせていただきました」という感覚ですね。
竹中 引き受けてくれてものすごくうれしかった。工とは別の作品で何度か共演してるんですが、孝之とは15年くらい会ってなかったんだよね。それで、共通の友達の(安藤)政信に「政信、ごめん、ちょっと山田さんに声掛けてほしいんだ」ってお願いして。それでみんなが集まれた。
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2人をチラ見させていただきました(山田)