山田佳奈(□字ック)|インディーズ映画や「全裸監督」を経て、ミュージックビデオ初監督!女性アーティスト・しなの椰惠の世界に共鳴

椰惠ちゃんは誰かの人生を変える一瞬の力を持っている

──デビュー前なのでしなのさんの情報がまだ世に出ていませんが、ご本人はどんな方でしたか?

山田佳奈

年齢は21歳で、若いですよね。でも本人がどうこうというより、曲が伝えてくれるものがとても多い子でした。人に認められたいとか愛されたいとか、誰もが持っている欲を作品にできるのは幸せなこと。それを消化できずに生きている人もたくさんいて、みんな演劇や映画、音楽を通して自分を満たしていると思うんです。そういう意味で、椰惠ちゃんは誰かの人生を変える一瞬の力を持っている。これから作品を出すたびに、そういうことがたくさん起きるんだろうなと思うと私も楽しみです。

──MVの各話に登場する不思議な存在の女性が、しなのさんご本人ですよね?

はい。MVを作るうえで「カラス」というキーワードも挙がっていたので、そのような存在として描きました。新宿という場所において、カラスっていろいろな人を見ていますよね。なんとなく作家やミュージシャンに似ているなと思いました。

──先ほど5部作を撮るのに苦労されたとお話しされていました。できあがった5本について教えてください。

しなの椰惠「嫌い嫌い、大嫌い」MVより。

1曲目「嫌い嫌い、大嫌い」はポップで力強い曲だから、主人公は愉快犯にしようと思っていました。長回し撮影を入れています。フランクフルトを拾うシーンに出てくるのが椰惠ちゃん。「口紅も変えたし」みたいな歌詞が出てくるので、口に赤く色が付くものを考えていたときにフランクフルトを思いつきました。

──2曲目は「16歳」という曲名で、MVには「葬いの詩」とタイトルが付けられています。

椰惠ちゃんの曲を聴いたときに赤色をイメージしたので、このMVでは赤を強調しました。3本目の「舌を噛んで死ねるほどには、」では、主人公の欲求をフィルム写真で表現しています。コンプレックスを歌った歌詞なので、自分のジェンダーに対して葛藤している人にも通ずるなと思いました。なのでMVは男の子を想う男の子の物語になっています。自分の性を否定したくはないけど、好きな人を前にしたら特別な女性になりたいと願う瞬間もあるかもしれない。それは性別関係なく美しいものだし、そういう象徴として口紅の描写を入れました。

「葬いの詩」(音楽:しなの椰惠「16歳」)

「舌を噛んで死ねるほどには、」(音楽:しなの椰惠「舌を噛んでしねるほどには、」)

──4曲目「はじめてのキス」は、MV自体のタイトルは「斜陽の恋」ですね。バンドマンとファンの女子高生のつながりを、LINEの文字のやり取りで見せていくのが生々しかったです。

今の子たちは簡単にLINEでつながれちゃうんですよね。私たちの時代で言うと大槻ケンヂの本を読んで、ライブ行って、手紙書いて……みたいなもの(笑)。5曲目は「世界よ、どうかこのままでいて」です。椰惠ちゃんのリップシンクを初めて撮ったのと、セリフを発してもらったのが印象的です。セリフは、しなの椰惠の曲を通して私が感じたこと、そして自分が大事にしている意義と重なった部分を言葉にしました。椰惠ちゃんがそのセリフを口にしたとき、しなの椰惠の歌詞みたい!と思って。ああ、相性がよかったんだなと感じられました。

「斜陽の恋」(音楽:しなの椰惠「はじめてのキス」)

──「世界よ、どうかこのままでいて」で歌うしなのさんの表情が印象的でした。

椰惠ちゃんにとっても初めてのMV撮影だったこともあって、最初はミュージシャンっぽかったんですよ。でも映画のように撮りたかったから、生身の彼女に戻さなきゃダメだと思って。椰惠ちゃんの目線の1kmぐらい先に青い看板があったので、「この道の先にある看板見える? 誰かを思いながらこの曲を作ったときの気持ち、そのとき一番キツかったときの自分を思い出しながらあの看板を見て」って言ったら顔つきが変わったんです。あのシーンにはミュージシャンでありながら、生身の人間としてのしなの椰惠が映っている。そういう表情を撮れたのはディレクター冥利に尽きると思います。

「世界よ、どうかこのままでいて」(音楽:しなの椰惠「世界よ、どうかこのままでいて」)

これからも活動範囲を決める必要はない

──初めてMVを監督してみた今のお気持ちは?

山田佳奈

昔レコード会社に勤務していたんですけど、入社理由が「MV監督になりたい」だったのを思い出しました。レコード会社に入ってもMVなんか撮れないのに(笑)。24歳ぐらいの頃に演劇をやるなら今がラストチャンスだなと考えて、葛藤の末にレコード会社は辞めたんです。だから今回、ようやくMVを撮れる!という気持ちでした。舞台でも映画でも音楽に対してこだわりを持っていたので、今まで「MVに向いてる」と言ってもらえることはあったんですけど、いっぺんに5本撮ると言われたときは驚きました。一度も撮ったことない人を、みんなよく信じられるなと(笑)。

──巡り巡って念願が叶ったわけですね。映画の撮影とはまた違いましたか?

映画だと1つの作品として見せなければならないので、今回の5本のようなつながり方はなかなか表現できないと思います。MVはあくまで1曲ずつだから、それぞれどこかでつながっていながらも別々の世界が描けました。ちょっとこれは暗めの経験談なんですけど(笑)、自分の親が亡くなったとき、電車で実家に向かう道中、私は本当に悲しくて誰よりも世界が終わりそうなのに、ここにいる人たちはみんな普通の日常を生きているんだと感じた瞬間があったんです。私にとってあの日は特別だったけど、ほかの人からすれば日常で。誰かにとってのハレの日も、私にとっては日常。そういう意味で、主人公を変えて見え方の変わる5本作ったのは面白かったです。

──11月から□字ックの新作「掬う」の公演が始まり、2020年には劇団の旗揚げ10周年を迎えますね。映画監督としても初の商業監督作品を手がけられたとか。

山田佳奈

はい! 映画のほうはまだ詳しく話せないんですけど、内田英治監督にプロデュースしていただいて映画を撮りました。内田監督って若手にチャンスを与えようとするタイプの人なんですけど、ようやく“監督”にならせてもらった感覚です。映画を撮って培った経験は、舞台に持ち帰れるものがすごく多かったです。舞台も映画もやっている人は先輩方にもいますけど、インディーズ映画を経験している人は多くないと思うんです。自分が牽引していくなんて気持ちは微塵もないですけど、これからも活動範囲を決める必要はないと思っています。表現というフィールドの中で、いつも同じ信念で臨んでいますし。ただやっぱり舞台は自分のホームなので、映画のお客さんも観に来てもらえたらうれしいです。