「不死身ラヴァーズ」監督・松居大悟が10年以上温めた企画を実現、見上愛・佐藤寛太と走り切った撮影を語る (2/2)

観てくれた人が「この映画には自分がいないな」と感じたら嫌だなと

──本作の脚本は大野敏哉さんと松居監督が共同で担当されています。大野さんと共同脚本という形を取った理由を教えてください。

僕は大野さんが脚本を手がけた映画「私の優しくない先輩」がすごく好きで。ああいうキラキラしていて、映画としてとっても自由であって、悲しさや切なさがあるのは、アニメの脚本もやられている大野さんだからこそできることなんだろうなと思って、10年前の最初の段階から大野さんと一緒に作り始めました。

松居大悟

松居大悟

──脚本を書くうえで意識したことや、大好きな原作を映画化するにあたり大切にしたのはどのようなことでしたか?

原作は3巻で終わっていて、そこには、りのが消える理由が書いてないんですよね。でも先生から「本当は描きたかった“シン最終回”というネームがある」と聞き、読ませてもらうと、映画後半で描かれるような展開があって。そこから映画チームで消える理由を考えて、台本を作っていきました。そのときに意識していたのは、とにかくブレーキをかけないようにすること。甲野じゅんがずっとずっと走り続ける物語を、ジェットコースターのようなテンションのままで描き切ろうと思っていたんです。映画ではマンガ的な表現はできないからこそ、ずっと走っていようと。ただ……今回改めて脚本を考え直したときに、かつては“好きだから一生懸命走る”ことを一番大事にしていたけど、今読むと、りのが今この瞬間を一生懸命生きていることが一番美しいよねという話になって。今はSNSもあって、周りの人の目線も気になる時代。後先考えずに行動することがしづらい世の中だからこそ、感情に素直に走るりのがまぶしいよねって。そういう方向に軌道修正していきました。

──なるほど。

そのあと、僕がさらに直したことがあって。このストーリーって、やっぱりどこか恥ずかしい話なんですよね。シンプルに、自分がこの映画を観て最初に入り込めなかったら、最後まで入れないなって思ってしまう。まっすぐ突き進むりのはすごく美しくて、かっこいいし、憧れるけど、観てくれた人が「この映画には自分がいないな」と感じたら嫌だなと。だから、りのがちょっと立ち止まったり、あきらめかけたり、「こんなことで悩んでてバカみたいでしょ?」と自嘲する姿も加えました。ずっと走るんじゃなくて、ちゃんと立ち止まって、周りを見て、でもやっぱり走る、みたいなほうがいいなと思って。

松居大悟

松居大悟

──“映画に自分が入れるかどうか”ということは、松居監督が映画を作るうえで常に意識していることなのでしょうか?

他人の作品を観ているときに思うんですよね。「自分には関係のない作品だな」と思ったら寂しく感じる。特に大きな規模の映画になると、特別な人間の特別な物語が多くなりますけど、多くの人は特別じゃない。でも、自分にとっては自分の人生が一番特別なはず。僕は映画において「自分にとって自分の人生が一番特別」と思えることが大切なんです。でもそう思うようになったのは最近のことで。それまでも映画を観て「自分がいないな」と思うと寂しさを感じていたんですが、がむしゃらにやるしかなかったから気付かなくて。30代になってから、今の日本映画において、自分が見つめることはこれだと思うようになった。僕の映画を観ている人には「自分がいる」と思ってほしい。

──そう思うと、この映画を10年間温めたかいがありますね。

はい。10年前にやっていたらもっとまっしぐらな話になっていたと思います。

駅の階段で歌うシーンは台本にもないんですよ

──今お話しいただいた、りのの葛藤について、見上さんとは話をされましたか?

シーンごとに「もっと迷ってほしい」とか「もっと周りを気にしてほしい」とは言いましたけど、「こういう意図でこの脚本を作った」という話はしていません。むしろ、見上さんがこの脚本を読んでどう捉えるかが楽しみだったので。僕の水槽で見上さんが泳ぐよりも、見上さんが自由に泳ぐところを追いかけていくほうがこの映画にはいいなと思っていたんですよね。

──りのの象徴的なシーンの1つとして、GO!GO!7188「C7」を歌う場面があります。原作では出てきませんが、どうして「C7」になったのでしょうか。

「不死身ラヴァーズ」場面写真

「不死身ラヴァーズ」場面写真

高校時代のりのに軽音楽部のシーンがあって。見上さんと事前に打ち合わせをしたときに、「やっていた部活など何か得意なことはありますか?」と聞いたんですよ。そしたら「私、バンドをやっていたんです」と返ってきて。バンドでコピーをしていたと言うので、何をコピーしていたか聞いたら「『C7』です」と。GO!GO!7188って僕の世代のバンドで、見上さんはお父さんの影響で知ったらしいんですけど。で、「C7」だったら歌詞もこの作品にぴったりだし、もっと劇中に入れたいなと思って。もともとは軽音楽部のシーンだけの予定だったんですけど、いろいろな人に出会って今のりのがあるということの象徴として、高校の軽音楽部のときに「C7」を教えてもらって、高校3年生で弾けるようになって、その後もりのにとって大事な曲として……と足していきました。駅の階段で歌うシーンは台本にもないんですよ。

──台本にもなかった!?

はい。高校生のシーンで撮影した「C7」がすごくよかったから、“じゅんに向かって歌う「C7」を入れたい”と思って差し込みました。それくらい、見上愛という人が入ってくれたことで、この作品は変わっていきましたね。

「不死身ラヴァーズ」台本の「C7」歌唱シーン追加部分。

「不死身ラヴァーズ」台本の「C7」歌唱シーン追加部分。

──音楽の話で言うと、本作は劇伴と主題歌を澤部渡(スカート)さんが手がけられています。澤部さんにお願いしたのはどういった理由からだったのでしょうか?

癖の強い作品だからこそ、劇伴と主題歌を切り離さず同じ世界観でやってくれる人がいいなと思ったのと、映画音楽家に作ってもらって作品に寄り添うよりも、すでに自身の世界がある人がこの作品を観て、その世界に向けてどうメロディを付けるのかを見るほうがいいなと思ったから。あとは、透き通ったメロディがいいなということも思って、ご相談しました。

──ということは、基本的には澤部さんにお任せ?

そうですね。「弦だけでもいいかもしれないと思っている」「ここは音楽が欲しいです」ということはお伝えしましたが、「1回好きにやっちゃってください」と言いました。

──そこから澤部さんの付けた音楽を聴いていかがでしたか?

秒数とか心情とか、すごく映画に向いて作っていただけている感じがあってうれしかったですね。特に前半はりのの感情がぶつ切りになるので、観ている人は「何これ」って置いていかれる感じになるけれども、音楽によってちょっと補助線を引いてくれている感じがして、すごく見やすくなるし、「これでりのを見つめられるな」と思いました。

「不死身ラヴァーズ」場面写真

「不死身ラヴァーズ」場面写真

これからは初期衝動とかを気にせずに作れるのかな

──10年以上温めてきた本作がいよいよ公開されますが、この映画がどのような人に届いてほしいと思っていますか?

生意気かもしれないけど、元気がなかったり、落ち込んじゃったりしている人へのエールのような映画になったらいいなと思います。台本の表紙にも「バカにされても生きる」と書いてあります。最近って難しい映画とか悲しい映画が多すぎるので、元気が出るような映画になったらいいなと思って。

「不死身ラヴァーズ」場面写真

「不死身ラヴァーズ」場面写真

──冒頭で「積み重ねてきたものを一度捨てるつもりで作った」とおっしゃっていましたが、今作を作ったことで、今後の監督作に変化はありそうですか?

あると思います。今回、初期衝動のままには作れなかったけど、“12年前の自分 VS 今の自分”として真っ向から闘うことができました。特に後半の大学生パートは今の自分だからこそ向き合えたと思う。初期衝動は大事だけれども、そこに固執するのも違うし、かといって初期衝動をなくすのも違う。今の自分として向き合って作ることはできるなと思えたので、これからはむしろ初期衝動とかを気にせずに作れるのかなと思います。初期衝動は消えないんだなとわかったので。いや、まあ怖いは怖いですけど。

──今作がどう受け取られるかが怖い?

怖いですね。「これまで積み重ねてきたものがあるんだからそっちに行けばいいのに」とか、「せっかく30代まで行ったのに、また学生?」とか思われたら悔しいし。でも自分にとっては大事だったし、必要だったから。「それもエゴなのかも」と思いますが、作品には自信を持っています。

松居大悟

松居大悟

プロフィール

松居大悟(マツイダイゴ)

1985年11月2日生まれ、福岡県出身。慶應義塾大学経済学部卒業。2008年に劇団ゴジゲンを結成し、全公演の作・演出を手がける。2012年に「アフロ田中」で長編映画監督デビューを果たし、「男子高校生の日常」「スイートプールサイド」「アズミ・ハルコは行方不明」「アイスと雨音」「君が君で君だ」「くれなずめ」「手」などを手がける。2021年には「ちょっと思い出しただけ」で第34回東京国際映画祭の観客賞・スペシャルメンションを受賞した。