クリント・イーストウッドが「グラン・トリノ」以来約10年ぶりに監督と主演を兼任した「運び屋」が、3月8日より全国で公開される。1億ドル超えのヒット作を連発してもなお映画製作を続ける彼が今回題材に選んだのは、80代でドラッグの運び屋を始めたレオ・シャープという男の実話。退役軍人であり園芸家だったシャープをモデルとする主人公アール・ストーンを、イーストウッド自ら演じている。
映画ナタリーでは「運び屋」の魅力を紐解く特集を展開。アメリカ在住の映画評論家・町山智浩によるイーストウッドへのインタビューと解説文を掲載する。
取材・文 / 町山智浩(インタビュー、レビュー)、平野彰(コラム)
長寿の秘訣? 寿司と緑茶だね。
そう言ってクリント・イーストウッド御大は緑茶をすすった。インタビューするのは、これでもう5回目。いつも場所はハリウッドのワーナー・ブラザース・スタジオで、いつも彼は緑茶を飲んでいる。
「運び屋」はイーストウッドのひさびさの監督主演作。10年前の「グラン・トリノ」(2008年)のときはこれで最後だと言っていたが……。
私はいつもやめるやめると言い続けてるんだ。そんなに正直な人間じゃないと証明したくてね(笑)。
「運び屋」で彼が演じるアール・ストーンは、2011年に87歳で逮捕されたコカインの運び屋レオ・シャープをモデルにしている。
まず先にシナリオを読んでね、それから、もとになったニューヨーク・タイムズ・マガジンの記事を読んだ。それで、この役を、ほかの誰にも譲りたくなかった。ほかの誰かの演出で演じたくもなかった。だから両方自分でやったのさ。
レオ・シャープの本職は園芸家で、デイリリーというユリの愛好家の中では、新種の開発で高い評価を得ていた。
知ってるかい? デイリリーってのは、おかしな花なんだ。花はたった1日でしぼんじまうんだよ。アールの農園のシーンでは実際にデイリリーを植えたけど、撮影の前の晩に美術監督が全部の花を切るって言い出したんだ。翌朝に新しい花を咲かせるためにね。もし、うまく咲かなかったら大変な事態になるところだったよ。
農園の経営に行き詰まったレオ(劇中ではアール)はメキシコ系麻薬カルテルに雇われて、国境のアリゾナからデトロイトまでコカインをトラックで密輸する“運び屋”になる。
彼はギャングたちに気に入られた。警察は80過ぎの爺さんを気にかけない。彼は絶対にスピード違反しないし、決して法に逆らわない。麻薬を運ぶ以外はね。
コカインを乗せて数百kmも荒野をドライブするアールは、まるで緊張しているように見えない。カーラジオから流れる音楽に合わせて、ずっと鼻歌を歌い、実に楽しそうだ。
誰だって車を1人で運転しているときは、独り言を言ったり、歌ったりするだろう? 私はいつだってそうしてる。だから、あのシーンは演じてるわけじゃなくて、素だよ。私は自動車の運転が大好きなんだ。車で旅をするのはいいねえ。
そのインタビューの日も、彼は1人で車を運転して来た。
歩くには遠すぎるからね(笑)。年寄りは危ないから運転をあきらめたほうがいいと言われるが、危険な運転をするドライバーには若いやつもいる。年齢とは関係ないよ。
「運び屋」のアールは自由気ままな男で、好きなデイリリー栽培に人生を捧げ、家族をほったらかしてきた。品評会で数々の賞を受賞し、巨匠としてたたえられるアールには、映画の巨匠イーストウッドが重なる。
モデルになったシャープの私生活は詳しくわからなかったので、アールの家族については脚本家と私が創造した。もちろん私自身の共感を込めて。過去を振り返ると、確かに私も家族を犠牲にしてきた。家族とともに過ごした時間があまりに短すぎた。
イーストウッドは決して良き家庭人ではなかった。彼の女性遍歴はハリウッドの伝説だ。
アール自身は快楽に弱いのに、ギャングたちに説教する。自分の人生を生きろと。俺のようになるな、俺が言うようになれ、ってやつさ。
そんな身勝手なアールに怒りを爆発させる娘アイリスを演じるのはイーストウッドの長女アリソン。
娘役にアリソンを薦めたのはキャスティングディレクターだ。ひさしぶりに一緒に仕事できて楽しかった。アリソンは11歳の頃、「タイトロープ」(1984年)でも私の娘を演じたんだよ。
「運び屋」はイーストウッドにとって自画像のような個人的な映画だ。だが、同時に普遍的な映画でもある。
アールは私だけでなく、多くの私の世代の男たちを代表している。我々の世代の男たちは、人間の評価を、いかに仕事で成功したかで計りがちだ。でも、価値観は時代とともに変わっていく。いくら歳を取ってもそれに追いつかなければ。人は何かを学ぶのに、遅すぎることはないんだ。それは、ずいぶん前から私の映画のテーマになっている。「グラン・トリノ」もそうだった。頑固な差別主義者が、人生の終わりに変わるチャンスを得る。最後に彼はあれほど嫌っていたアジア人たちのために命を投げ出す。素晴らしい変身じゃないか。私は、人生は1本の映画のようなものだと思う。
だから、90歳に手が届く今も映画を作り続けているのか。
さあ? 楽しいからじゃないか? 自己表現の手段だよ。正直言って、自分が80歳過ぎた老人だという実感はないねえ。自分の爺さんのことを思い出してみるんだが、私が若い頃、爺さんは80過ぎだった。腰が曲がってたなあ。まだガキだった私は、自分も80過ぎたら、ああなるんだと思ってたが……。私は爺さんが好きだった。あんなふうに歳を取りたいと思った。それからだいぶ経った。私はあんな爺さんになれたかな……。
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これはイーストウッドの懺悔なのか?
町山智浩が読み解く「運び屋」
- 「運び屋」
- 2019年3月8日(金)全国公開
- ストーリー
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仕事一筋で家庭をないがしろにしたあげく、事業の失敗で家財の一切を失ってしまった孤独な老人、アール・ストーン。彼はある日、偶然知り合った男から「車の運転さえすれば金を稼げる」という話を持ちかけられる。なんなく仕事をこなすアールだったが、彼が車に乗せて運んでいたものは、メキシコの犯罪組織が仕切るドラッグだった。それでも優秀な運び屋として仕事を続けるアール。だが、気ままな彼の行動を警戒する組織の監視役たち、そして麻薬取締局の捜査官の手がアールに迫る……!
- スタッフ / キャスト
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監督・製作:クリント・イーストウッド
出演:クリント・イーストウッド、ブラッドリー・クーパー、ローレンス・フィッシュバーン、マイケル・ペーニャ、ダイアン・ウィースト、アンディ・ガルシアほか
©2018 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC