怪作怪演、怒涛の159分!宇垣美里が「TAR/ター」の魅力に取りつかれる

ケイト・ブランシェットの怪演が話題を呼ぶ、トッド・フィールドの16年ぶりの新作「TAR/ター」が5月12日に全国で公開。ドイツの有名オーケストラで女性初の首席指揮者に任命されたリディア・ターが、重圧、過剰な自尊心、仕掛けられた陰謀により追い詰められていくさまが描き出される。

「まさに怪作」「これぞ衝撃の映画体験」と絶賛する宇垣美里は、早くも2回目の鑑賞。挑戦的で挑発的な本作の面白さを語り尽くす。アカデミー賞の日本生中継で案内役を務めた宇垣による賞の結果に対する感想も。

取材・文 / 柴﨑里絵子撮影 / 興梠真穂

殴られるような衝撃

──「TAR/ター」すごい作品でしたね。オーケストラの高尚な世界の話でありながら、先の読めない展開や強烈な心理描写にハラハラして、エンタメとしても圧巻でした。マスコミ向けの試写でも、衝撃のあまり何を観たのかを消化できずにいる人が大勢いました。

映画に納得や完璧な答えを求める人もいるかもしれませんが、よくわからない、あるいはまだ消化しきれていないけど「すごいものを観た!」という映画体験ってあると思うんです。まさしくこの作品は怪作怪演という言葉がぴったりの、怒涛の159分でした。ケイト・ブランシェット演じるリディア・ターという女性は、基本的にはあまり共感できないタイプの主人公だと思うのですが、わかってしまう部分もある。そんな難しい役を見事に体現してみせた彼女は本当に素晴らしいですし、作品としても殴られるような、心をわしづかみにされるような衝撃で終わります。ほかのエンタメで摂取できるものではないと思うので、ぜひ映画館で体感していただきたい。「こちらは答えを明示しませんよ」というタイプの映画でなければ、なかなか味わえないことだと個人的に思っているので、すごく上質な映画体験だったなと感じています。

「TAR/ター」より、ケイト・ブランシェット演じるリディア・ター。

「TAR/ター」より、ケイト・ブランシェット演じるリディア・ター。

──宇垣さんは2回ご覧になられたそうですが、1回目と2回目はそれぞれどのような印象でしたか?

あの衝撃は初見ならではのものがあります。ただ、2回目には2回目のよさがあると言いますか。初見ではわからなかった部分を理解するつもりで観たのと、そもそも何が起こるかを知っているので、冷静に観ることができました。2回読んでも面白い推理小説やミステリーってあると思うんですけど、それに近い感覚を覚えました。

──天才の光と闇、サイコホラー、音楽業界のスキャンダル、ジェンダー論などさまざまな捉え方のできる作品ですが、どういうジャンルの作品だと感じましたか?

スリラーがしっくりくるのかな。完璧だった人の人生の歯車が少しずつズレていく様子を見るのって、ある種の愉悦があると思うんですけど、個人的にはそれを見せつけられ続けると、ちょっと居心地が悪くなってしまう。目が離せずについ見てしまうんだけど、どこか悲哀がある……。でもその感覚を言葉では説明しづらいというのも、観ないと伝わらない本作のすごさだと思います。

「TAR/ター」より、ケイト・ブランシェット演じるリディア・ター。

「TAR/ター」より、ケイト・ブランシェット演じるリディア・ター。

──冒頭も長い長いインタビューから始まるなど、物語の見せ方もかなり挑戦的ですよね。

本来映画の最後に出るクレジットが冒頭に出たりしますし、「何が始まるんだろう?」という不穏な空気が漂いますよね。でも、あの長いインタビューシーンを観ていると、リディア・ターという女性の人となりが見えてくる。何になりたいのか、どう見せたいのかということが伝わってきて、それがのちに効いてくる。すごく巧妙な作りだなと感じました。

宇垣美里

宇垣美里

演技ではなく生きているように見えた

──印象に残ったシーンはありますか?

オーケストラの前でリディア・ター、つまりケイト・ブランシェットが指揮をするシーンは本当に完璧で、演技をしているというよりもリディア・ターが生きているように見えて引き込まれました。ケイトは今作のためにドイツ語も勉強され、ピアノもマスターして実際に自分で弾いている。すべてがリアルなので少しのズレもなく、驚くほど自然だったからこそ、観ているほうにも深く刺さったのかなという感じがしています。

「TAR/ター」場面写真

「TAR/ター」場面写真

──トッド・フィールド監督がケイト・ブランシェットに向けて書いたという点はどうでしょうか?

私のイメージとしては「さかなのこ」でさかなクン役をのんさんが演じていたような、ジェンダーを超えたキャスティングのように感じました。リディア・ターは完璧主義者だけど、人間関係というか、“政治”がそんなに上手なわけではない。ただ、音楽に対する視線はとても真摯で、そういうところは決して嫌いになりきれないキャラクターだったと思います。

「TAR/ター」場面写真

「TAR/ター」場面写真

──宇垣さんは多くの人と接する仕事だと思いますが、人間関係という点で、人とのコミュニケーションにおいて大切にしていることはありますか?

他者に対して親切であること、機嫌よくあることです。その場が円滑に回る一番のポイントであり、心掛けひとつで実行できることなので、なるべく気を付けようと思っています。ただ、年齢を重ねるにつれて私のほうが強い立場にある場面も増えてきました。そういうときは、その昔私が助けていただいたように、自分より弱い立場にいる人のことを絶えず気にかけていきたいし、自分の持つ権力に対して自覚的な人間でいたいです。

宇垣美里

宇垣美里

──宇垣さんご自身は、つらい思いをしたときにどう乗り越えるのでしょうか?

基本的に自分はメンタルがとても強い人間だと思っています。ですので、つらいことがあっても笑い話に変えて友人とゲラゲラ笑えば、たいていのことは引きずりません。ただ、強いと自負していることが弱さになることもある。例えば、何か発言をすることに臆するタイプではないので、発することのできない人の分まで自分が言えばいいやと思って実行してしまったり。3歳の頃からずっと変わらず、こういう感じなんです(笑)。

2023年5月15日更新