峯岸みなみが語る「すばらしき世界」|不寛容な社会に切り込む話題作から学んだ「大事なのは誰かとつながっていること」

「ゆれる」「永い言い訳」で知られる西川美和の監督最新作「すばらしき世界」が、2月11日に公開される。直木賞作家・佐木隆三のノンフィクション小説を原案とした本作では、人生の大半を獄中で暮らした実在の男性をモデルに、出所後に戻った社会で必死に生きる男の姿が描かれる。13年の刑期を終えて出所した元殺人犯・三上を役所広司が演じ、彼を番組のネタにしようとするテレビマン役で仲野太賀と長澤まさみが出演した。

映画ナタリーでは、本作の公開を記念した特集を展開。AKB48としてアイドルを15年続けてきた峯岸みなみに、本作を鑑賞してもらった。常にカメラを向けられ、世間から見られる立場にいる彼女は、本作で描かれる“不寛容な社会”をどう観たのか。昨年バラエティ番組の企画「女子メンタル」で優勝したことでも話題となった峯岸が、アイドル卒業後の未来についても語ってくれた。

取材・文 / 浅見みなほ 撮影 / 入江達也
ヘアメイク / 熊谷美奈子 スタイリング / 福永いずみ 衣装協力 / KOH'S LICK CURRO

こんなに温かい気持ちになるんだ

──「すばらしき世界」は西川美和監督の最新作ということで、すでに映画好きの方々から注目を集めています。今回、まだ西川監督の作品を観たことのない方や、より広い層に本作を知ってもらいたくこの企画をセッティングしました。まず、峯岸みなみさんは普段どんな映画をご覧になるのか教えてください。

ラブコメなどのエンタテインメント性が強いものより、静かで余韻が残るような邦画を好んで観ることが多いです。最後は受け取り手次第、みたいな作品が好きですね。

峯岸みなみ
峯岸みなみ

──西川監督も、まさにそういった作品を手がけてきた方ですね。

私はなんとなくの雰囲気やあらすじに惹かれて観ることが多いので、あまり意識できていなかったのですが、西川監督の作品は「永い言い訳」や「ゆれる」は観ています。あと今回のお話をいただいて「ディア・ドクター」を観てきました。「すばらしき世界」も、きっとこの企画をいただいていなかったとしても観に行っていたと思います。

──本作にはどんな第一印象を抱きましたか?

勝手なイメージでは、けっこう重い作品なのかな……と思いました。ズシンと重い映画も好きなんですが、実在の人物がモデルの作品ですし、元殺人犯が更生する物語だと聞いて、ちょっと観るのに体力がいるかもしれないなと感じて。でも実際はそんなに重すぎず、いい意味で印象が変わりました。

「すばらしき世界」より、役所広司演じる三上(中央)。
「すばらしき世界」より、長澤まさみ演じる吉澤(左)と仲野太賀演じる津乃田(右)。

──本作では、人生の大半を刑務所で過ごした主人公・三上が、出所後に社会復帰を目指す姿が描かれています。鑑賞後はどのように印象が変わったのでしょうか。

仲野太賀さん(演じる津乃田)と長澤まさみさん(演じる吉澤)がカメラを構えている場面写真や、「テレビマンが三上にすり寄る」というあらすじから、もうちょっと下世話な目線で描かれていくのかなと想像していたんです。やっぱり私もテレビとかSNSとかで、正直毎日ちょっと疲れているんです(笑)。テレビで求められていることをやったつもりでも、それが原因でたたかれてしまったり、SNSでの心ない言葉に傷付いてしまったり。そういう経験があるからこそ、あまり悪意を持って描かれていたら、観ていて疲れちゃうだろうなと心配していたんですけど……観てみたらすごく心をもみほぐされて、こんなに温かい気持ちになるんだってことに驚きました。

──西川監督の過去作に比べてエンタメ性が強く、クスッと笑えるシーンもありましたよね。

はい。映画好きの方はもちろん、誰でも楽しめる作品だと思いました。「極道」や「獄中に13年」っていうフレーズは自分たちから遠いものですけど、たまたまそういう設定だっただけで、描かれているのは自分と周りのコミュニティに関することなんです。

自分とは程遠い存在に思える主人公も、同じ人間なんだ

──峯岸さんにとって、主人公の三上が身近に感じられた瞬間はありましたか?

峯岸みなみ

すごく普通のことなんですけど、出所後の主人公が洗濯をしてゴミ出しをして、一生懸命生活する姿に心を打たれました。私、少し前に“ただ生きているだけ”みたいな時期があったんです。でも去年のステイホーム期間に、家事をしたり、離れていても人とコミュニケーションを取ったりして、人間はきちんと生活することが大事なんだなと気付きました。三上は強面ですし、自分とは程遠い存在に思えますけど、そうやって生活している姿を見て「同じ人間なんだな」って思えました。

──峯岸さんは、コロナ禍がきっかけでハウスキーパーを雇うのをやめたそうですね。

そうなんです。ハウスキーパーさんをお薦めしてもらってから、なんとなくずっとお願いしていたんですけど、コロナ禍に感染リスクを考えてサービスが停止してしまったんです。やむを得ずだったんですけど、それをきっかけにちょっとずつ、自分のことは自分でやらないといけないなと思うようになって。みんな当たり前にやっていることですけど、ゴミ出しに行って食器を洗うだけでも、できた自分を褒めてあげたくなるし、気持ちがすっきりすることがわかりました。そんな経験があったので、三上の生活ぶりを見たとき、困難な状況にあっても基本の生活を大事にすることが、次に進む基盤になるんだと思えました。

──峯岸さんがTwitterで毎日報告している禁酒生活も、400日以上続けていて本当にすごいです。

想像力が大事だなと思いました。もっと若い頃は欲望のままに動いていた部分があって、「ここで飲んじゃったら明日の仕事がつらいな」「飲みすぎちゃったらアイドルとしてのイメージを壊すな」ってことすら考えられていなかったんです。でも今は毎日禁酒宣言をすることによって「今飲んじゃったら、応援してくれている人を失望させるし、自分のことを嫌いになってしまうな」と自制できるようになりました。この映画でも、三上が怒りそうになった瞬間、頭の中でその姿を思い描いて衝動を抑えるシーンがありますよね。最悪な自分を想像することは自制への近道なのかなって、ちょっと自分にも重なるところがありました。

「すばらしき世界」

──本作の登場人物で、三上以外に感情移入したキャラクターはいますか?

三上を応援する人たちがたくさん出てくるので、その一員になったような気持ちで見守っていました。最初は三上のことをそんなに信頼できなかったんですけど、ひたむきにがんばっているところや、かわいらしい一面、優しい顔を見ているうちに、周りの人たちのように「がんばって!」「そこは怒らないで、抑えて!」と祈るような気持ちになっていました。そうやって自分の衝動と闘っている姿はすごく印象的でしたね。


2021年2月22日更新