「静かな雨」仲野太賀×中川龍太郎×梅原英司|目の前にいる人をいかに愛せるか “行き止まりを生きる世代”に向けた現代の寓話|精神科医・和田秀樹の感想も

目の前にいる人をいかに愛せるか(仲野)

──中川さんは先ほど行助について、コンプレックスや不全感を抱えて生きているキャラクターとおっしゃっていました。仲野さんは行助と共通点を感じますか? 行助は毎朝コーヒーを淹れて目玉焼きを作るなど、丁寧に生きている人だなと思いました。

仲野 僕、朝ごはんを作ったこと人生で一度もないです。

中川 あ、そうだったの!?

仲野 現場で目玉焼きを作る練習をしましたから。助監督さんに「違います。もっと油を引いてください」と言われて、ドバーッと引いたら「多すぎます」みたいな(笑)。日々をあまりにも丁寧に生きていない人間だから、まったく違いますね。

「静かな雨」

──役作りのうえでも共通点を探すことは考えていなかったですか?

仲野 考えていなかったです。行助はコンプレックスを抱えているからこそ、他人の傷や痛みに繊細に反応できる人だと思います。こよみさんと出会って恋に落ちて、優しくし続けたい気持ちがあるけど、一緒に生活していたら衝突も起こるしどうしてもわかり合えない部分が出てくる。優しくしたいけどしきれないという矛盾に人間味が出れば、行助の人格がはっきりしてくるかなと思って演じました。

中川 たぶん行助に一番近いのは梅原さんじゃないかな。20時間くらい脚本を書いて、毎日をストイックに生きていそう。

梅原 そんなには書いてないですよ(笑)。自分は行助ほど強くないです。

仲野太賀

──行助は、事故の後遺症で新しい記憶を保てなくなったこよみと一緒に暮らし始め、毎朝彼女に何が起きたのかを説明します。彼はなぜあんなに強く生きられるんだと思いますか?

梅原 人生を豊かにするのは喜劇だけど、支えになるのは悲劇だと思っています。テンションを上げたいときや毎日が楽しいときに思い出すのは喜劇なんですが、つらいときに思い出すのは悲劇。脚本家の視点で言えば、悲劇の中で立ち向かってきた主人公たちのこと。行助の足の障害を悲劇と割り切ることはできないですけど、人生の始めからつらいことがあったからこそ、彼はこよみさんに寄り添えるんじゃないかな。

仲野 僕はどんな悲劇があろうと、目の前に誰がいるかがすべてだと思うんです。詰まるところ1人の人間っていない気がするし、目の前にいる人をいかに愛せるか、支えられるか。誰と出会うかによって物語は前進していく。そういうささやかな幸せをちゃんと見つけられるかによって乗り越えられる悲劇はある気がします。自分が行助と同じように生きれるかはわからないけど、「目の前にこの人がいるんだったら」と思える誰かと出会えていたら、きっとなんとかやっていけると思います。

“今”を丁寧に生きること(中川)

──では最後に、中川さんが初めて手がける原作ものとして「静かな雨」を選んだ理由を教えてください。

中川 それは太賀も強く問うてくれていたことです。「何をモチベーションに中川くんはこれを撮っているの?」と。

仲野 そうやって監督や自分をたき付けることで乗り越えられるものがあると思ったんです。自分もいろんな人を巻き込んでいたし、すごく情熱的になっていました。

──どういう答えに行き着いたんでしょうか。

「静かな雨」

中川 原作の持っているおとぎ話の世界観を、現代を生きる若者の寓話として描くことです。若い世代にとってはこれから経済発展が見込めるわけではないし、社会に対して明るい展望を持っている人は少ないと思います。行き止まりを生きる覚悟と言いますか、そういう状況だからこそ目の前の生活を実直に生きることの尊さを描きたいなと考えて。

梅原 行助とこよみはそれを象徴してますよね。

中川 そうです。希望を見つけたと思ったら、その希望が別の形で失われるということが、僕たちの世代ではきっとこれから何度も起こっていく。だからこそ食事の温かさを感じたり、好きな人と一緒にいる“今”を丁寧に生きることが大切だと思うんです。

精神科医や臨床心理士、映画監督の顔を持つ
和田秀樹も絶賛

「静かな雨」では記憶が題材になっていることにちなみ、医師の和田秀樹を取材現場に招いた。「受験のシンデレラ」「東京ワイン会ピープル」など、映画監督としても活躍する和田は「たい焼き屋から見える夕焼けなど、日常的な場面を柔らかいタッチで撮っているので、心が穏やかになる。訴えたいことが先に出てしまう僕には作れない映画」としみじみ感想を語る。

左から仲野太賀、中川龍太郎、和田秀樹。

和田いわく、頭のけがをきっかけに新しい記憶のみ保てなくなるという病気は実際にはないという。中川もそのことは知っていたようで「だからこそ明確におとぎ話である必要があると思って。事故の描写だったり症例名は出さないようにしています」と明かした。和田はこよみと行助の関係は、初期の認知症患者と介護者の関係に置き換えて考えられると話す。「初期認知症の方は知能レベルは高いまま、記憶だけが飛んでしまうことがある。『認知症になったら終わり』と勝手なことを言う人もいるけど、初期の段階では頭がはっきりしていることもあるから、行助とこよみのような関係性はむしろ理論的なものです」と医学的に語った。

また和田は、行助を演じた仲野の演技に言及。「認知症の方を介護していると、やっぱり何度も同じことを聞かれて腹が立ってしまうこともあります。実際にそういう生活を経験したことがないのに、感情の機微を表情や態度で表現していて素晴らしかったです」と太鼓判を押した。