「世界でいちばん貧しい大統領 愛と闘争の男、ホセ・ムヒカ」特集|エミール・クストリッツァ新作は真の豊かさ問うドキュメンタリー 志磨遼平レビュー&監督インタビューも

エミール・クストリッツァ インタビュー

2020年3月中旬、本作の監督を務めたエミール・クストリッツァにスカイプインタビューを実施。ホセ・ムヒカの印象、彼から受け取った“愛”、そして2人で飲んだマテ茶の味まで答えてもらった。

私は世界からはじき出された人たちの詩人

──クストリッツァ監督の作品には、劇映画とドキュメンタリーどちらにおいても魅力的な人物が出てきます。どのような人物に惹かれますか?

「世界でいちばん貧しい大統領 愛と闘争の男、ホセ・ムヒカ」より、エミール・クストリッツァ。

自分自身はいろいろなタイプの人とうまくやっていけるほうだと思います。でも映画において惹かれるのは、社会からはじき出された人たち。成功者だったとしてもアウトサイダーの世界に深いルーツがある人に魅せられます。まさにムヒカは下層からトップまでたどり着くことを達成し、それでも自分を見失わなかった人物でした。例えるなら、私は世界からはじき出された人たちの詩人です。

──ムヒカ氏に会う前の印象、また撮影で一緒に過ごした感想を教えてください。

「世界でいちばん貧しい大統領 愛と闘争の男、ホセ・ムヒカ」より、トラクターで作業するホセ・ムヒカ。

私はムヒカに会う前、彼がトラクターに乗る姿や、花と一緒に写った写真を見たり、彼の伝記を読んだりしていました。そして質素な家に住み、自ら家を修理し、農作業に勤しみながら、同時に大統領としても成功しているなんて、どんな人なんだろう?と思っていました。お金のために政治家になる人が多い中、彼は正義のために立ち上がり、国を愛した。「理想の人物」が目の前に立っていると、とても幸せな気持ちになりました。

マテ茶はすごく苦かった

──本作は政治家のドキュメンタリーですが「愛」の要素が強くフィーチャーされていました。妻、犬、花、国民……すべてに愛を捧げるムヒカ氏から何を受け取りましたか?

他愛主義の勝利、そして人間性の勝利だと思います。愛なくして、このような映画は作れません。彼のような人物は稀有です。彼は「政治家でも人間としてこのように生きることができる」という姿をさまざまな形で見せてくれました。今の政治家のほとんどは真逆だと思いませんか? 強欲で自分たちのことしか考えていません。欲を満たすための政治家が多い中で、ムヒカは一般市民の善や大義のために自分自身を捧げることができるんです。

「世界でいちばん貧しい大統領 愛と闘争の男、ホセ・ムヒカ」より、左からエミール・クストリッツァ 、ホセ・ムヒカ。

──まさにそう思います。

国民が政治家を選んではいるけれど、ムヒカのような政治家はほとんどいません。彼は私に「統治者と闘ったのに、気付いたら新しい統治者が前の統治者より裕福になっていた」というエピソードを話してくれました。人間性のひねくれた逆説ですよね。彼は社会主義を達成できることを示し、資本主義のエンジンであるエゴイズムがなく、本当に人のことを思うことができる。他愛主義を証明してくれています。

──映画はマテ茶で始まり、マテ茶で終わります。仲間と回し飲みする文化に“平和”を感じましたが、南米の人々にとってマテ茶はどのような存在だと思いますか? 監督も苦そうに飲んでいましたが味の感想は?

「世界でいちばん貧しい大統領 愛と闘争の男、ホセ・ムヒカ」より、マテ茶を注ぐホセ・ムヒカ。

世界中の人々と同じようにラテンアメリカの人々もお茶を飲みます。それがマテ茶です。健康にいいお茶です。私は誰かに会ったとき、その人を一番理解するのにベストな方法は、相手の勧めを受け入れることだと思っています。だからムヒカに勧められてマテ茶も飲んでみました。飲んだことで部族や社会に踏み込めたように思いました。でもすごく苦かったです。少しだけ飲んで「おいしい」と言ったら、ズルをしたのがバレて「ちゃんと飲みなさい」と言われました(笑)。マテ茶には体のクレンジング効果もありますが、ムヒカにとってはメンタルのクレンジングという意味合いが大きいのかと思います。

エミール・クストリッツァ
1954年11月24日生まれ、旧ユーゴスラビア・サラエボ(現ボスニア・ヘルツェゴビナ)出身。セルビア人の父とムスリム人の母のもとに生まれ、18歳でチェコ・プラハ芸術アカデミー(FAMU)に入学する。初の長編作品「ドリー・ベルを覚えてる?」でヴェネツィア国際映画祭新人監督賞に。カンヌ国際映画祭の最高賞・パルムドールを「パパは、出張中!」「アンダーグラウンド」で2回獲得したほか、「アリゾナ・ドリーム」でベルリン国際映画祭の銀熊賞、「黒猫・白猫」でヴェネツィア国際映画祭の銀獅子賞を受賞した。そのほかボスニアの紛争を背景にした「ライフ・イズ・ミラクル」、サッカー選手のディエゴ・マラドーナにスポットを当てたドキュメンタリー「マラドーナ」、監督と主演を兼任した「オン・ザ・ミルキー・ロード」などがある。