二ノ宮知子が語る「蜜蜂と遠雷」|「のだめカンタービレ」作者がオススメ、心をつかまれる音楽ドラマ

のだめと亜夜は似ているかも

──ちなみに二ノ宮さんは、純粋に演奏面では誰が好みでしたか?

「蜜蜂と遠雷」より、森崎ウィン扮するマサル・カルロス・レヴィ・アナトール。

うーん、そうですねえ……強いて言えばマサルくんかな。今の発言と思いきり矛盾してますけど、私、バランスの取れた音楽家が好きなんです。リスナーとしては意外に保守的なのかも(笑)。あと彼は、ピアニスト一本じゃなく、いろんな夢を持っていそうなところもいいですよね。コミュニケーション能力が高くて物事を俯瞰で見られるタイプだから、指揮者もできそう。私自身どちらかというと多趣味で気が多い性格なので、映画内でもそういう多面的な人に惹かれるのかもしれません。

──「のだめカンタービレ」でいうと、千秋真一に近い?

そうかも。でもマサルのほうが、千秋よりずっと性格がいいですけどね(笑)。

──今回、主人公の“のだめ”こと野田恵に近いキャラクターはいましたか? 頭の中で常に音楽が鳴ってる自然児という点では、風間塵にちょっと似ている気もしたのですが……。

いや、私の中では、塵くんはちょっと違うかな。塵くんはもっと特殊で人間離れした感じ。それで言うと「蜜蜂と遠雷」の主人公である亜夜のほうが、まだ“のだめ”に近い気がします。

──意外ですね。むしろ正反対のキャラクターに思えます。

自分の才能にコンプレックスがなく、業界のほうが悪いと思っている太々しいところが似ている気がします。

──2人とも、クラシック界でキャリアを築くことより、“自分の音”を見つけて奏でることに喜びを見出すタイプだと?

「蜜蜂と遠雷」より、松岡茉優演じる栄伝亜夜。

そうだと思います。だから紆余曲折はあっても、結局ピアノがある舞台には戻ってくるんでしょうね。そういえば今回の映画って、まだ幼かった亜夜が、母親と一緒にショパンの「雨だれ」を弾いている映像から始まりますよね。窓の外の雨音と、ピアノの音が少しずつ重なって。小さい彼女は、世界中にあふれている音をピアノで表現できるんだなって感じる。きっとあの記憶が、彼女にとってピアノの原点だと思うんですよ。

──なるほど。実は今回「蜜蜂と遠雷」を観て、「のだめカンタービレ」のあるエピソードを思い出したんです。単行本4巻の最後に収録されている「リカちゃん先生の楽しいバイエル」という番外編なんですが……。

ああ、“のだめ”が初めて通ったピアノ教室の話。

──はい。32ページの短いストーリーですが、天才“のだめ”の幸せな原風景が凝縮されているようで。どこか「蜜蜂と遠雷」の冒頭とつながる気がしました。

おおー、そんなふうに思ってもらえるのならうれしいです。ちょっと思い出してきましたけど、あの短編では先生が、モーツァルトの「きらきら星変奏曲」を教えてくれるんですよね。で、連載の終盤に、“のだめ”が大事なリサイタルで同じ曲を弾くところがあって。ずっと行き当たりばったりで描いてたけれど、そこだけは我ながらうまくいったなと満足しました(笑)。

──超絶技巧を要するピアノ協奏曲も、子供向けの練習曲も、根っこの部分ではつながっている。それも「蜜蜂と遠雷」のテーマと通じますね。

ですね。だから強く惹かれたんだと思います。

あ、コンマスがいる!

──では最後に、「のだめカンタービレ」ファンの読者も含めて、二ノ宮さんならではの注目ポイントがあれば教えていただけますか?

すっごくくだらないところでもいいですか?

──もちろん。

コンテストの審査員役で、太った白人のおじさんが出てくるじゃないですか。食いしん坊で、レセプションで1人だけ料理をパクついたり、審査中にお隣の目を気にしながら、でっかいサンドイッチを食べている人。

──はい。いましたね。

あの俳優さんが、映画「のだめカンタービレ 最終楽章」で千秋先輩のオーケストラのコンマス(コンサートマスター)を演じてくださった方でした。

──あ、言われてみれば確かに!

何も知らずに映画を観始めたら、いきなり見覚えがある顔が出てきて。「あ、コンマスがいる!」と思ってびっくりしちゃいました。今回も、とっても味のある役で(笑)。久しぶりに懐かしい人と再会できてうれしかったです。って、そんな小ネタもありつつ……。やっぱりコンクールという特殊な場の雰囲気と、そこで音楽の高みを目指している若者たちの姿を一挙に体験できるのは、この映画の魅力だと思います。普段クラシックをそれほど聴かない方ほど、ぜひ体験してもらいたいなって。「のだめカンタービレ」の作者としても、心からオススメしたいですね。