二ノ宮知子が語る「蜜蜂と遠雷」|「のだめカンタービレ」作者がオススメ、心をつかまれる音楽ドラマ

成長物語も凝縮された音楽ドラマ

──物語内の時制でいうとわずか2週間。でも映画の最初とラストでは4人とも大きく変化しています。

「若者はそうでなくっちゃね」って、個人的には思うんですよね。そういった成長物語っぽい要素が凝縮された音楽ドラマとしても楽しめました。

──ちなみに「のだめカンタービレ」でも、コンクールは重要なエピソードとして描かれます。そういう部分での共感もありましたか?

うーん、そこはちょっぴり複雑で。実は私、連載中からコンクールを描くのはすごく苦手だったんですよ。

──え、そうなんですか?

はい。やっぱりキャラクターって、描いてるうちに愛着が強くなってきますからね。がんばって演奏している人に、作者が勝手に順位を付けるのが、もうつらくてつらくて。コンクールの場面を描くときは、心の中でいつも逃げたいって思ってました(笑)。原作者の恩田さんもこの映画のスタッフさんもそこから目を逸らさず、よくこんな後味のいい物語に仕上げたなと思います。実際、4人の個性的な演奏を目の当たりにできたのは、本当に楽しかったし。だから共感というよりは、リスペクトの気持ちですね。

──亜夜役の松岡茉優さん、明石役の松坂桃李さん、マサル役の森崎ウィンさん、塵役の鈴鹿央士さん。4人を演じたキャストはいかがでしたか?

4人とも素晴らしかった! 皆さん本当に、原作のイメージにぴったりでしたね。特に私は、マサルと一緒にいる亜夜が大好きで……。映画の導入部で、1次審査の演奏を終えた彼女がエレベーター内で偶然マサルと再会する場面があるでしょう。それまでの思い詰めた表情が、その瞬間パッと明るくなる。

──ジュリアード音楽院の“貴公子”と呼ばれているマサルは、少年時代、亜夜の母親にピアノを教わっていて。2人は幼なじみという設定ですね。

「蜜蜂と遠雷」より、松岡茉優演じる栄伝亜夜(右)と森崎ウィン扮するマサル・カルロス・レヴィ・アナトール(左)。

「え、マーくん?」と言って、うれしそうに相手をポンポンたたいたりしてね。この2人は大切な記憶でつながってるということが、なんの説明もなく伝わってくる。松岡さんのああいう繊細な演技、すごいなと思います。ずっと後半ですが、本選のリハーサルの途中で、2人が会場の階段に座って言葉を交わすシーンもよかったな。自分で選んだプロコフィエフ「ピアノ協奏曲第2番」でオケとのタイミングが合わず悩むマサルに、亜夜がふと「プロコって踊れるよね」みたいなことを言うんですよね。私もプロコフィエフが大好きだから「確かにそうだよなあ、わかるわかる!」と思っちゃった。

──その後、マサルが亜夜に、誰にも話していない夢を打ち明ける。

そうそう。あまり話すと観る楽しみが減っちゃうので我慢しますけど(笑)。亜夜の返事がまたグッとくるんですよね。言葉はシンプルだけど気持ちがこもってる。2人が出てくるシーンは、もれなく心をつかまれました。

4人のピアノをもっと聴いてみたい

──28歳の明石、16歳の塵についてはいかがでしょう?

松坂桃李さんが演じた高島明石は、誠実な家庭人の雰囲気がとてもよく出てましたよね。自分だからこそ奏でられる“生活者の音楽”があるはずだと信じている。ある意味、私たち観客の目線に近いキャラクターなのかなと。臼田あさ美さん演じる奥さんや息子との場面も、観ていて気持ちがほっとしますし。何より、あんなにイケメンの松坂さんが、本当に田舎で暮らしていそうな普通のお父さんになりきっていて(笑)。改めて、うまい俳優さんだなあと。塵くんを演じた鈴鹿さんは……彼は新人さんなんですか?

「蜜蜂と遠雷」より、松坂桃李演じる高島明石(左)。
「蜜蜂と遠雷」より、鈴鹿央士演じる風間塵。

──オーディションを経て、本作が俳優デビューだそうです。

やっぱり。「蜜蜂と遠雷」の風間塵って、天使みたいなキャラクターだと思うんです。劇中のセリフにも出てきたけれど、神様から人間界に施されたギフトというか……。無垢で、なんにも縛られない自由人って感じがする。そういう役を、本当にまっさらな俳優さんが演じたのもよかった気がしますね。あと、本選の楽曲がバルトークのピアノ協奏曲(第3番)なのも、私的にはツボでした。

──へええ、どうしてですか?

うーん……バルトークのピアノ協奏曲って、一般的にはそれほど知られてないかもしれないけれど、聴き込むとすごくエモーショナルな曲だし。ピアニスト的にはとんでもなく難曲だと思うんですよ。それを心から楽しそうに演奏しているところが、塵くんっぽかったのかもしれません。

──なるほど。

たぶん同じことは、本選でプロコフィエフの協奏曲を選んだマサルと亜夜にも言えると思う。実際のコンクールはどうかわからないけれど。

──亜夜、明石、マサル、塵の演奏は、河村尚子さん、福間洸太朗さん、金子三勇士さん、藤田真央さんという気鋭のピアニストが担当しています。二ノ宮さんの印象はいかがでしたか?

研ぎ澄まされた亜夜の演奏、朴訥として優しい明石の演奏、端正でバランスの取れたマサルの演奏、自由な風のような塵の演奏。それぞれ音やタッチに人となりが出ている気がして、とても聴きごたえがありました。特に素敵だったのは、やっぱり2次審査の課題曲になっていた「春と修羅」かな。

──芳ヶ江国際ピアノコンクールのために書き下ろされた新曲という設定で、今回の映画では世界的作曲家の藤倉大さんが手がけています。

そう。で、その第2楽章がカデンツァ(即興)に指定されていて。コンテスト参加者が自分で考えて弾かなきゃいけないんですよね。中盤、2次審査の場面でいわば“四者四様”のスタイルをたっぷり見せてくれるところも、クラシック映画としては本当にぜいたく。架空のキャラクターだけど、4人のピアノをもっと聴いてみたいと思わせてくれる作りでした。あと、演奏のハイレベルさは当然だけど、その見せ方もうまかったと思うんです。

──具体的には、どういうところですか?

例えば、亜夜が本選に選んだプロコフィエフの「ピアノ協奏曲第3番」。全体的にアグレッシブな曲ですが、その中でも一番スリリングで耳に残る旋律をきっちりクライマックスに持ってきているでしょう。

──あのフレーズ、試写室を出たあと、思わず口ずさんでしまいました。

そうですね。私も口ずさみたくなりました。

──カメラが切り取る指の動きも、アクロバティックで文句なしに盛り上がりますね。あと、オケを指揮する世界的なマエストロを鹿賀丈史さんが演じてらっしゃるじゃないですか。

もうなんというか、圧倒的な存在感でしたね。

「蜜蜂と遠雷」より、鹿賀丈史演じる小野寺昌幸(左)と森崎ウィン扮するマサル・カルロス・レヴィ・アナトール(右)。

──心の中ではこんな若僧たちの演奏に自分が合わせてやる必要なんて、1mmもないと思っている。

このおじさんも心から音楽を愛しているってわかるカットも、ちゃんと1つ挟まれていましたね。こういうサブキャラクターの丁寧な描き方も、好感が持てます。話がどんどん飛んじゃいますけど、マサルと師匠のやりとりも印象的でした。

──アンジェイ・ヒラさん演じるナサニエル・シルヴァーバーグ。コンテストの審査員で、ジュリアード音楽院の教授という設定です。この先生、とにかく「ミスのないパーフェクトな演奏を目指せ」という考え方なんですよね。

それが現代のピアニストに求められる資質なんだと。だから、マサルが演奏で自分の色を出そうとすると嫌みを言う。でもそこには、自分自身もまた真の天才ではなかったという嫉妬も感じられたりして……。

──そう考えると、奥深い話ですね。

私なんか、心の中で「若いんだから好きに弾いちゃえ!」って思っちゃいますけどね。でも先生の気持ちも、それはそれでわからなくもない。