差別や権力にNO!“戦うヒロイン”が勇気をくれる、インドドラマ「マニカルニカ~剣をとった王妃~」を犬山紙子が鑑賞 (2/2)

“めちゃ強女性”な悪役もいい

──ほかにドラマの「ここが面白かった!」というポイントはありましたか?

マヌのお父さん(マラーター王国大臣)たちの、マヌに対するまなざしがよかったです。「女の子なんだからそんなことするな」とか言ってもおかしくない時代なのに、ちゃんと彼女の気持ちや意思を尊重しているんですよね。第1話でマヌが馬に乗ってさっそうと登場するところも、みんなが歓迎している様子に愛を感じました。侵略される側の気持ちを描くドラマって、正直今の世情からしてもすごく響いてしまって。だからこそマヌが父親から大切に思われているシーンがたくさんあるのは癒やしでした。あと気になったキャラクターがいて……悪役なんですけど、“めちゃ強女性”のジャンキ・バイ。彼女も好きなんですよ!

「マニカルニカ~剣をとった王妃~」より、左からアヌシュカ・セン演じるマニカルニカ、ラジェシュ・シュリンガルプレ演じるマラーター王国大臣モロパント・タンべ。

「マニカルニカ~剣をとった王妃~」より、左からアヌシュカ・セン演じるマニカルニカ、ラジェシュ・シュリンガルプレ演じるマラーター王国大臣モロパント・タンべ。

──マヌと結婚するガンガーダル藩王の義姉ですね。彼女の謀略がドロドロな展開を生み出して、ドラマを面白くしてくれます。

本当にひどい人なんですけどね(笑)。好きと言うと語弊がありますけど、強くて悪い女性を見るのも楽しいんです。イギリスの大尉に向かって「私に敬意を払いなさい」と言えるジャンキ・バイの強さ、かっけー!みたいな。いいですよね。

「マニカルニカ~剣をとった王妃~」より、アヌジャ・サテー演じるジャンキ・バイ。

「マニカルニカ~剣をとった王妃~」より、アヌジャ・サテー演じるジャンキ・バイ。

「マニカルニカ~剣をとった王妃~」より、ジェイソン・シャー演じるロス大尉。

「マニカルニカ~剣をとった王妃~」より、ジェイソン・シャー演じるロス大尉。

──マヌと対立するイギリスの将校“キャプテン・ロス”も悪役として強烈ですよね。目の傷跡が意味深ですし、マヌのお父さんと何か因縁があるような描写も出てきます。

ドラマの中ではイギリス側が悪魔のように描かれていて。現在のイギリスの人々への差別を助長するようなことになってはいけないんですけど、でも歴史を踏まえると侵略者という存在がどれだけ無慈悲なのかが伝わってきます。侵略者がどれほどの脅威で、人の心まで踏みにじるものかと……そういう視点でも観ていました。

マヌならなんて言うかな?

──ストーリーの大筋はイギリスとの対立ですが、一方でマヌはインドにはびこる男尊女卑にも声を上げていきます。中でも、寡婦(夫と死別した独身の女性)をめぐる問題にも大きく斬り込んでいて。寡婦となった親友への迫害を目の当たりにしたマヌが、女性たちの権利を取り戻そうと奮闘するさまも丁寧に描かれます。

そうなんですね。女性でも男性でもなく、性差別という思想こそが女性の敵だと思うので。その思想が当たり前だった時代に声を上げられるマヌは本当にかっこいい。実際にマヌと話したり友達になったりはできないけれど、理不尽な目に遭ったり、強くなれない自分に落ち込んだとき、マヌならなんて言うかな?とちょっと考えるだけでホッとできるというか。背中をポンとたたいてくれそうな、味方になってくれそうな気がします。

「マニカルニカ~剣をとった王妃~」より、アヌシュカ・セン演じるマニカルニカ。

「マニカルニカ~剣をとった王妃~」より、アヌシュカ・セン演じるマニカルニカ。

──私もマヌを心に宿していたいです。「インド」「歴史」「全110話」というところで視聴のハードルを高く感じてしまう人もいるかもしれませんが、むしろ今の私たちにダイレクトに伝わるメッセージがたくさん詰まっている作品だと思います。改めて犬山さんに響いたポイントを教えていただけますか?

インド作品に触れたことがない人は尻込みしてしまうかもしれませんが、ストーリーの面白さが濃ゆいんですよね。私は物語の時代背景とかを調べないまま観たんですけど、わかりやすく、かつヒロインは勇気を与えてくれるキャラクター設定なので。ぜひぜひ!という気持ちでお薦めしたいです。自分の大切なものを土足で踏みにじられるという経験は、国同士の争いだけでなく、生きている中でも普通にあることで。それに対して「NO」と言えずしんどさを感じる瞬間がある人にとってはリンクする部分が多い作品だと思います。

──ありがとうございます。ちなみにマヌを演じたアヌシュカ・センはインドで有名な俳優で、Instagramのフォロワー数は3370万人もいるんです。最近では韓国のエージェントとパートナーシップ契約したり海外にも進出していくようで、インド作品がお好きな方は要チェックです。

3370万人! すごいですね。キリッとした眉と強い眼光が印象的で、わきまえないどころではないマヌを演じるのにぴったりな方でした。この先また日本でも彼女の活躍が見てみたいです。

プロフィール

犬山紙子(イヌヤマカミコ)

1981年12月28日生まれ、大阪府出身。エッセイスト。2011年、女友達の恋愛模様をイラストとエッセイで描いたブログ本を出版しデビューを果たす。近年の著書に「私、子ども欲しいかもしれない。」「アドバイスかと思ったら呪いだった。」「すべての夫婦には問題があり、すべての問題には解決策がある」などがある。現在はテレビ・ラジオ・Webなど多方面で活動している。

字幕翻訳者に直撃取材!もっとドラマを楽しむ5つの質問

本作の字幕翻訳を手がけたのは、映画「バーフバリ」シリーズなども担当した藤井美佳と、同じくヒンディー語作品を中心に携わる福永詩乃。本特集では映画「マニカルニカ ジャーンシーの女王」の字幕も手がけ、ラクシュミー・バーイーについてリサーチしてきた藤井に、ドラマをさらに理解すべく物語の背景や見どころを解説してもらった。

ラクシュミー・バーイーとは…

1857年に起きたインド大反乱における有名な指導者の1人。王妃でありながら自ら戦場に立ち、イギリス軍相手に最後まで勇敢に戦い続けた。

Q1. インド国民は誰もが知っている?

頭にターバンを巻き、乗馬ズボンを穿き、シルクのブラウスに腰帯を締めて短剣を脇に差し、背中に子供をおぶった姿で戦うラクシュミー・バーイーの銅像はインド各地にあります。人々に愛され、英雄視されている歴史上の人物です。ラクシュミーはインド西部マハーラーシュトラを起源とする一族の生まれですが、その影響や知名度はもっと広域的。例えば南インドのケーララ州には「ラクシュミー・バーイー」の名前を冠した大学があります。武術、剣術、乗馬の訓練を受け、戦闘に長けていたことから、体育大学の校名になっているようです。またアンダマン諸島にもやはりジャーンシー王妃の名前の付いた国立公園があります。そして映画、ドラマ、小説、詩の題材として何度となく用いられ、インド最初のテクニカラーの映画「Jhansi Ki Rani(原題)」(1953年)も彼女を主人公とした作品でした。

「マニカルニカ~剣をとった王妃~」より、アヌシュカ・セン演じるマニカルニカ。

「マニカルニカ~剣をとった王妃~」より、アヌシュカ・セン演じるマニカルニカ。

Q2. 幼少期の記録は? どこまでがフィクション?

幼少時代の記録は生まれ育った場所、結婚に至るまでの事実などはわかっていますが、その逸話が伝記に残っているのはラクシュミーがジャーンシーの藩王と結婚してから。ドラマでは結婚に至るまで何十話分にもわたって描かれますが、エピソードは脚本家による創作がほとんです。ただ彼女の功績を知るインド国民からしたら、マヌの予想の斜め上を行く言動の数々は「彼女だったらやってもおかしくない」と思える許容範囲ということかもしれません。
一方で、彼女の結婚相手であるガンガーダル藩王が国政にあまり興味がなかったのは実話のようで、資料にも記されています。芸術が好きで、戯曲を書いたり時には役者になったり、立派な劇場を建てたりし、マヌも文化的教養については大いに影響を受けたようです。マヌはマラーター王国の宰相バージーラーオ2世のもとで、家父長制文化の中の女性とは対称的に実の子供のように育てられ、当時の女子にほとんど縁がなかった教育も受けており演劇や文学へのたしなみもあったので、藩王と釣り合いが取れていたのでしょう。

「マニカルニカ~剣をとった王妃~」より、ヴィカス・マナクタラ演じるジャーンシー藩王ガンガーダル・ラーオ・ネワルカル。

「マニカルニカ~剣をとった王妃~」より、ヴィカス・マナクタラ演じるジャーンシー藩王ガンガーダル・ラーオ・ネワルカル。

Q3. ラクシュミー・バーイーという名前に込められた意味は?

本名はマニカルニカですが、彼女が育ったマハーラーシュトラでは結婚すると新しい名前をもらう伝統があり、結婚後はラクシュミー・バーイーという名が与えられました。“ラクシュミー”はヒンドゥー教のヴィシュヌ神の妻で、富や美貌、幸運の女神として人気があり、日本でも吉祥天として親しまれている神様です。嫁ぎ先のネワルカル家がラクシュミー神を大切にまつっていたため、敬意を持ってその名を与えたのではないかと推測されます。“バーイー”は女性への愛称なので、親しみを込めた呼び名になります。

「マニカルニカ~剣をとった王妃~」より、ヴィカス・マナクタラ演じるジャーンシー藩王ガンガーダル・ラーオ・ネワルカル、左からアヌシュカ・セン演じるマニカルニカ。

「マニカルニカ~剣をとった王妃~」より、ヴィカス・マナクタラ演じるジャーンシー藩王ガンガーダル・ラーオ・ネワルカル、左からアヌシュカ・セン演じるマニカルニカ。

Q4. 「我がジャーンシーは決して放棄しない」というラクシュミーの有名な言葉にはどんな意味が?

このドラマはインド大反乱そのものよりも、ラクシュミー・バーイーの個性とその生き方に焦点が当てられており、この言葉は本当に最後の最後で登場します。イギリスがジャーンシー藩王国を併合し、養子を継承者として認めないという一方的で理不尽な「失権政策」を突き付けられ、長らく子のなかった王家は苦しめられます。不利な条件をどんどん提示する中、それに一貫して抵抗し続けたラクシュミーが放つ言葉としてドラマにも登場します。今聞くと昔っぽくて違和感があるかもしれません。そのまま訳せば「私のジャーンシーは渡さない」となります。国の形勢が悪くなると敵側に没落するのが一般的でしたが、ラクシュミーは絶望して泣き崩れることなく、王国復興の願望を捨てず、服従の道を選びませんでした。“私の”ジャーンシーというところが要で、ラクシュミーにとってのジャーンシーの重みを表すような、人々の心に残る力強い言葉だと思います。

「マニカルニカ~剣をとった王妃~」

「マニカルニカ~剣をとった王妃~」

Q5. 本作の見どころは?

1つ挙げるとすると女性の連帯でしょうか。友達のためなら全力で解決しようとするマヌの行動力だったり、今までのインドのテレビドラマからすると女子の友情と強さが特に押し出されているかと思います。寡婦への扱いを打ち崩すようなストーリーもあり、19世紀の物語でありつつ、現代のフェミニズムにも照らし合わせながら注意して制作しているのでは。また、社会の悪を焼き払うような痛快なシーンも多いです。「アヘン」など世界史の授業で聞いたことがあると思いますが、藩王が身内の謀略でアヘンを飲まされて眠らされたり……とドロドロな展開もあったり、見どころの多い作品です。

プロフィール

藤井美佳(フジイミカ)

英語とヒンディー語の映画字幕翻訳者。東京外国語大学の外国語学部 南・西アジア課程 ヒンディー語専攻卒業。主な担当作品は映画「バーフバリ」シリーズや「ガンジスに還る」「ガリーボーイ」、ドラマ「ポロス~古代インド英雄伝~」など。