ディズニー最新作「ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界」から犬山紙子が受け取った3つのメッセージ

ディズニー・アニメーション最新作「ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界」が全国で大ヒット公開中。

本作は、冒険嫌いの農夫サーチャーがミステリアスな生物であふれる不思議な世界に足を踏み入れるアクション・アドベンチャー超大作。重要なエネルギー源である植物“パンド”が力を失い、崩壊の危機にさらされた国アヴァロニアを救うために立ち上がったサーチャーは、愛する子供や妻とともに地底に広がる“もうひとつの世界”へ。その冒険の先では、大きな秘密がサーチャーたちを待ち受けていた……。「ベイマックス」のドン・ホールが監督、「ラーヤと龍の王国」のクイ・グエンが共同監督・脚本を担当している。

今作のテーマは「次の世代に何を残せるか」。そこで映画ナタリーではSDGsへの意識が高く、5歳の娘を育てる犬山紙子に作品を鑑賞してもらい、インタビューを実施することに。映画を観て感じ取ったという3つのメッセージや、スタジオジブリ作品からの影響について語ってもらった。

取材・文 / 小澤康平撮影 / 清水純一

分断を乗り越えた社会の可視化に感動

──普段は映画をどれくらいご覧になりますか?

子供が生まれてからは前ほどたくさん観られてないですが、夫(ミュージシャンやマンガ家として活動している劔樹人)がすごく映画好きということもあり、月に4、5本は観てると思います。日常の中で自分の時間が取れるときに楽しんでいる感じです。

犬山紙子

犬山紙子

──どんな映画がお好きなんですか?

ディズニーだと「ズートピア」が大好きで。娘はジュディとニックのぬいぐるみを大事に持っています。作中では女性が社会で働くときに感じる壁、動物間での肉食に対する差別などが描かれていて、「自分は差別なんかしない」と思っているジュディが実は差別をしてしまっていたという展開もあります。キャラクターがかわいくて笑えるシーンもあるので子供はファンタジーとしてワクワクしながら楽しめる一方で、大人は現実世界とリンクさせて観られるバランスになっているんですよね。「アナと雪の女王」シリーズもそうですし、昨今のディズニー作品は子供と一緒に観たいだけでなく、小さな頃の自分にも見せてあげたかったと思っています。

──まさに今回の「ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界」もそのバランスが絶妙です。

今の現実世界をこんなふうに描けるんだ!という驚きがありました。でも物語は難解なわけではなくて、サーチャーが足を踏み入れる“もうひとつの世界”は映像を観ているだけで楽しい。特に私が好きだったのが、青いスライムのようなキャラクターのスプラット。目も口もないので表情を描くことは難しいはずなのに、動きだけで本当にかわいいと思わされました。あっと言わせる展開含め、本当に最高のエンタテインメントだと感じます。

「ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界」

「ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界」

──大人の視点で観たときにはどんなことを受け取りましたか?

3つ、大事なメッセージがあると思いました。1つは「子供の話を聞く」ということ。2つ目が「共生・共存の大切さ」。そして最後が、「分断を乗り越える」ということです。この物語で素晴らしいなと思ったのが、間違った行動や悪いことをしてしまうキャラクターは出てくるんですけど、悪者という描き方をしていないところで。巨悪としての魔王がいて、それを正義のヒーローが倒すっていう作りではないんですよね。

──ストーリーにキャラクターを当てはめているのではなく、人間を描くことが念頭にある感じがします。

途中で「このキャラ、敵か!?」と思うような展開もありますけど……。悪いことをしてしまいますが、そのキャラクターにはその人なりの思想があって、守るべき者もいる。人間はみんな間違えることがありますし、考え方の違いでときに諍いは起きてしまいますが、こうやって分断を乗り越えて笑い合える社会を可視化してくれたことに感動しました。

「ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界」より、左からイーサン、スプラット。

「ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界」より、左からイーサン、スプラット。

「風の谷のナウシカ」「もののけ姫」との共通点

──「ズートピア」同様、多様性も描かれていますね。

例えばメインのキャラクターの1人がゲイとして描かれますが、LGBTQ+の人たちはずっと存在してきたにもかかわらずこれまで物語にはあまり出てきませんでした。人種も含め、やっといろいろな人たちが登場するようになってきたというのは、これまでいないことにされていた人が描かれ始めているということ。媚びているわけではなくて、今までが描けていなかったという話だと思っています。大統領が当たり前にアジア人女性というのもいいですよね。

「ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界」より、左からカリスト、イェーガー、サーチャー、スプラット、イーサン、メリディアン、レジェンド。

「ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界」より、左からカリスト、イェーガー、サーチャー、スプラット、イーサン、メリディアン、レジェンド。

──英語版では「チャーリーズ・エンジェル」などで知られるアジア系俳優、ルーシー・リューが声を担当しています。

かっこよかったです! あと印象に残っているのは、サーチャーが息子のイーサン、父親のイェーガーとともにボードゲームをする場面です。土地を開拓して領土を広げていく現実世界のゲーム「カタン」に似ていて、あのシーンに映画のテーマが凝縮されている気がしました。イェーガーだけでなくサーチャーまでそうなんかいと思ったんですが、2人はゲームの中の悪者を倒そうとします。でも、その悪者がいることによって守られていた場所に外敵がやって来てしまう。子供であるイーサンだけが、どうやって共存していくかを考えているんですよね。それはこのゲームのシーンだけでなく、「ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界」全体のストーリーにも当てはまることで。サーチャーはリベラルで頭のやわらかそうな人に思えるけれど、理解できないものを危険と認識し、それを排除しようとする一面を持っています。私を含め、大人は少なからずそういう部分があって、歳を重ねるにつれて強くなっていくとも思います。

「ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界」

「ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界」

──確かにイーサンだけが協調的な心を持っています。

子供だけが持っている力ってありますよね。娘がなんでも口に入れようとするのは困りますが(笑)、まずは試してみるという姿勢からは学びや気付きがたくさんあって。たぶん、あのゲームのシーンに共感する子供はものすごく多いと思います。「大人って本当に話を聞いてくれない。考え方が凝り固まっていて、受け入れてもくれない」という子供の叫びみたいなものを感じ取りました。

──「ベイマックス」などを手がけてきた監督のドン・ホールはジブリからの影響を公言していて、実は子供が正しいことを言っているという描写も、その1つかもしれません。犬山さんはジブリもお好きなんですよね?

好きです。観ている最中もジブリからの影響は感じました。「風の谷のナウシカ」で瘴気という毒を放出する腐海が実は世界を浄化していた設定や、「もののけ姫」でアシタカがサンに「ともに生きよう」と言う展開は、自然を大切にすること、自然と人間が共存していく道をあきらめずに模索していくことの重要さを説いていると思いますが、「ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界」からも同じメッセージを受け取りました。あと、“もうひとつの世界”の生き物たちはボヨンボヨンしていると言いますか、硬くないんですよね。それもジブリの美しい世界観と共通点があると思います。

──サーチャーが冒険に出る理由は国のエネルギー源である植物“パンド”が力を失ったことで、映画には「自然を人間のために都合よく消費していいのか?」というメッセージも込められているように思います。これはまさに犬山さんがおっしゃった自然との共存に当てはまります。

「ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界」

「ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界」

先ほど話した「子供の話を聞く」ということにもつながってくると思うんですが、目先の利益だけを求めるのであれば、資源をどんどん消費して二酸化炭素を出して、経済を発展させて、自国のみが豊かになればいいよねという結論になってしまいます。経済を発展させることや人の暮らしが豊かになることを否定する気はないですが、私たちがいなくなったあとも地球で生きていく人々、つまり今の子供たちへのまなざしは絶対に必要なはずです。そして子供たち世代は、私たちの世代よりも圧倒的に環境問題に対する意識は高いと思うので、もしお子さんと一緒にこの映画を観たら、どう感じたのかを聞いてみたらいいと思います。次の世代のために私たちにできることのヒントがそこにあるはず。イーサンの話に耳を傾けるサーチャー、そしてサーチャーの話に耳を傾けるイェーガー。コミュニケーションの姿勢からも監督の思いがうかがえました。