<監督・岡田麿里>の創造力とアニメを作り続ける覚悟 / MAPPA大塚学×P.A.WORKS堀川憲司「アリスとテレスのまぼろし工場」公開記念対談 (2/2)

岡田監督の“監督力”(大塚)

──岡田さんの監督としてのフィルモグラフィでは、「さよ朝」「まぼろし工場」と原作なしのオリジナル長編が続きました。アニメや実写にかかわらず、現在の日本映画を取り巻く状況において稀有な存在です。

堀川 最近は「私にはやりたい企画があるんです」と大きな声で飛び込んでくる人って本当に減っていて。これだけアニメの作品数が増えて業界が疲れてオリジナル作品を作る熱量が枯渇しかかっている中で、形にしたいものを強く持っている人は本当に貴重です。当然それを人に伝えられる言葉を持っている必要はあるのですが、岡田監督なら支えたいという人は多い。この人が監督をやったらどういうスタッフが参加してくれるだろう?と、プロデューサーとして考えますからね。

大塚 作品に対しての愛情もすごく感じるんですが、岡田さんは自分の作品に関わった人たちに対しても強く責任感を持っていて。スケジュールなどが切羽詰まったときも、その恐怖に立ち向かってチームを鼓舞していました。なかなかできることじゃないんですよ。アニメの現場においても、脚本家が演出をする難しさは「さよ朝」の頃からあったと思うのですが、1本目の経験を十分に生かして、監督としての決断をしてましたね。

大塚学

大塚学

堀川 やっぱりクリエイターって変わっている人が多いので、それぞれに力のあるスタッフがいて、いろんな方向を向いている。監督は、それを同じベクトルにしなきゃいけない。彼女はそれを母性的なもので包み込んで牽引していく。これって本当にすごいことなんですよね。「さよ朝」のときは包み込んだうえで「スケジュールを延ばせ!」と“打倒堀川”で団結して代表者として僕に向かってきた(笑)。

大塚 堀川さんは“スーパー制作マン”なので、そういう役割として作品とスタッフを守っていたんですよ(笑)。僕はどちらかと言うと、監督に「どうしましょうか? このままだとヤバいです」と直接相談して、状況をさらけ出すスタイルでやっていて。結果的にそれで岡田さんをはじめとするメインスタッフが「自分たちがどうにかしないと!」とがんばってくれました。

──なるほど。

大塚 今回コンテが上がって仮で声を録ってから、ビデオコンテを作りました。本当はコンテの決定稿を出したら戻らないのが普通ですが、そこからまた脚本を修正してます。

堀川 それはすごいね。

大塚 岡田さんが納得しないところはできるだけ残したくなかったんです。最終的な尺を決めたあとにも、宣伝の方々も含めて、いろんな人の意見を集めてから、一部セリフを足したりしました。絵や芝居の方向性は正しいのか、世界観の設定が伝わるかどうかなど、試行錯誤の連続でしたね。

「アリスとテレスのまぼろし工場」冒頭シーンより。14歳の主人公・正宗は友人たちと製鉄所が爆発する瞬間を目撃する。

「アリスとテレスのまぼろし工場」冒頭シーンより。14歳の主人公・正宗は友人たちと製鉄所が爆発する瞬間を目撃する。

堀川 そもそも脚本家として、すごく頼りになる方なんです。現場で企画が停滞しているときに「私に任せてください。一度脚本を書いてみます」と言ってくれる人。岡田さんが入ることで企画が動き出して、現場が引っ張られる。監督がやりたいこと、プロデューサーやスタジオとしてやりたいこと。それぞれに漠然としたものを投げても、それらのオーダーを汲み取りかつ“岡田フィルター”を通して、岡田さんらしいドラマができあがっていくんですよね。

共感する人は世界中にいる(堀川)

──プロデューサーとして今後の岡田監督に期待することは?

堀川 岡田さんがもし3本目の映画を作るとしたら、監督の求めるイメージがすでにわかっているスタッフを集めていわゆる岡田組を形成していくのか、もしくは初めてのスタッフを呼んで未知の化学反応を期待するのか、どっちが監督には合っているんだろう?とは考えました。当然ライターとして、どんなジャンルもこなせる人。今回の岡田麿里200%をさらに400%にするような形で作るのか、またはテイストがまったく違う作品の魅力で勝負するのか。「まぼろし工場」は岡田さんの創作の核となっている、凝縮された青春時代の感情をしっかり描いている。誰もが傷付いていて、みんな痛みを抱えている。間違いなく、そこに共感する人は世界中にいる。その人たちには絶対に刺さる。ただ今は現実がつらいから、得てして痛い思いを映画館でしたくないという人たちもいるんですよね。

正宗は“変化が悪”とされる町で将来の夢をあきらめ、恋する気持ちにもふたをし、退屈な日常を過ごす。

正宗は“変化が悪”とされる町で将来の夢をあきらめ、恋する気持ちにもふたをし、退屈な日常を過ごす。

大塚 だから映画やフィクションの世界に救いを求めるんですよね。

堀川 「まぼろし工場」の最初の特報を観たとき「本当にこの作画と内容で全編作るの?」と末恐ろしくなりました。このクオリティで作り切れるアニメーターがどれだけいて、スケジュールはどれほど掛かるのか。最後に悲鳴も響き渡って、どれだけ暗い世界なんだ?と思うじゃないですか。今これに挑戦させてくれるMAPPAすごい、と。特報を観て監督に「救いはあるんですか?」と聞いたら、「救いしかありません」とは言っていたので、半信半疑で観に行きましたが(笑)、未見の方はそこは安心して観に行ってください。

大塚 特報はラフを初めて観たとき「鋭すぎる」という印象はあったんです。でも、もしかしたら、こういう鋭いものが受け入れられる時代がまた来るかもしれないなとも考えました。みんなが傷付かないものを世の中に発信するよりは、刺激を与えて、どういう変化が今の時代に起こるのか、みたいなところを知りたかった。だから、あえて、あの鋭い特報を最初に出しましょうと判断しましたね。

堀川 「ノンストレスで観られるものを」と言われるたびに、反発したくなりますよね。今までにない何かを考えていかないと、どれも同じような薄味のアニメーションになってしまう。もしそうなったら、近い将来、AIが脚本を書くようになる。それは僕らが避けなきゃいけないこと。そういうものを生み出せる監督や作家を僕らは守らないといけないと思っています。だから今回成功して、次もちゃんと作れるものにしてほしいという思いはあります。

謎めいた同級生の佐上睦実は、正宗に「退屈、根こそぎ吹っ飛んでっちゃうようなの、見せてあげようか?」と持ち掛ける。

謎めいた同級生の佐上睦実は、正宗に「退屈、根こそぎ吹っ飛んでっちゃうようなの、見せてあげようか?」と持ち掛ける。

──「まぼろし工場」の舞台挨拶では、岡田監督が「将来の夢」として「何十年先もアニメを作っていたい」と宣言される場面もありました。

堀川 アニメーションというものに恋をして、痛みを伴いながら作品を作り続ける。その思いは「まぼろし工場」で描かれる恋と一緒ですよね。岡田監督は作品作りに恋をしている。青春時代の閉塞感や束縛から自分を解放する手段として創作を見つけたんだと思うんです。青春時代に凝縮した創作を渇望するエネルギーを爆発させて、それからずっと飛び続けているんだなと、映画を観て思いました。歳を重ねれば重ねるほど、創作に恋する心なんか忘れちゃったよ!となっていく人が多い。岡田監督が、そのエネルギーを持ち続けられていること自体が稀有なんですよ。そういう才能と馬力を持った、作品に愛のある監督を僕らはいかに大切にしていくか。そこは大塚さんも考えているし、僕らが考えなきゃいけないことですね。

正宗が出会う、製鉄所に閉じ込められている野生の狼のような少女。時の止まった世界で唯一1人だけ成長を続けている。

正宗が出会う、製鉄所に閉じ込められている野生の狼のような少女。時の止まった世界で唯一1人だけ成長を続けている。

大塚 プロデューサーとして恐れていたのは、岡田さんが「やりきれなかった……」となってしまうことでした。監督に出し切ってもらいたかった。逆に、岡田さんも制作スタッフだけでなく、宣伝や配給の方々など、この映画に関わるすべてのスタッフが「やりきった」と言ってもらえることをずっと望まれていたと思います。そのうえで、今回はチーム全体で映画に向かってエネルギーを注げたと思っています。

いろんな才能が多様なアニメを作るために

──堀川さんのおっしゃる才能を持った監督を大切にするために、アニメスタジオにできることってなんでしょうか。

堀川 とがった才能を会社で育てるのは難しいんです。見つけることしかできない。いかに才能を見つけて、それを守りながら、支えるか。スタジオの役割は彼らの創作、自己実現のために外部の圧から守る空間であると同時に、彼らをどう社会と結び付けて、支えていくかだと思います。まずそのとがった才能を支える高い技能をもった大勢のクリエイターが必要です。次にクリエイターを育てて創作を支えるシステムが必要。これがスタジオの役割。そして、作品やクリエイターを支えてくれる大勢のファンがいて、一緒に共創する。映画をヒットさせることもそうですが、彼らが社会に対してコミットしないと作品は作り続けられない。大きな規模じゃなくても、多様なアニメを作り続ける方法として、このとがった才能を支える構造を作れないだろうかと、ずっと模索していますね。

堀川憲司

堀川憲司

大塚 僕はMAPPAという企業がアニメスタジオとして世界にいろんな意味で通用する存在にしたいんです。MAPPAという名前が世界的にどう評価されて、どう求められるか。作品を制作をするうえでの課題も多いですが、企業としての課題もいっぱいあります。その課題と向き合っていくことがいろんな才能を持った人たちと多様なアニメを作ることにつながるんじゃないかと思います。そして、もっと映画を作っていきたいです。

堀川 MAPPAのようにメーカーのような機能も持つ企業もあれば、うちみたいに田舎のほうでコツコツと作る小規模な制作会社もある。規模や戦略もさまざま。業界として、あるべきスタジオの姿はこうである!とスタイルが固定化してしまうのはよくないですよね。いろんな作品が作られないといけない。P.A.WORKSでは今年から子供たちを対象としたアニメーション教室を始めました。これを10年続けたら、アニメーションのプリミティブな楽しみを考えながら、その魅力をわかってもらえる人たちと何かを作っていくことができるんじゃないかと思ってます。

大塚 前回の対談でも話したんですけど、MAPPAで仙台にスタジオを作るとき、富山にスタジオがあるP.A.WORKSさんを見学して堀川さんにお話を伺いました。以前からスタジオとしてお手本にさせていただいています。「まぼろし工場」の企画の始まりでも、やはり前作をP.A.WORKSさんが制作されていたことは大きかったですし、そのうえで自分たちも岡田監督の長編オリジナルにチャレンジしてみたかった。今回初めて劇場オリジナルの長編を作ったことで、自分たちがエンタテインメントの世界で闘うフィールドが1個増えた気がしています。そこで、もっともっとチャレンジしていきたいというビジョンが明確になりました。

──岡田監督のさらなる新作も観たいですね。

大塚 岡田さんが映画監督として次はどんなものを作るのか、すごく楽しみですね。それが世の中にどういう影響をもたらすのか。作り続けないと、その正解は見られない。もちろん、MAPPAでまたやってもらえたらうれしい。これからも岡田さんが映画を作ることに対して、最大限、協力したいと思ってます。

プロフィール

大塚学(オオツカマナブ)

MAPPA代表取締役社長。STUDIO4℃を経て、アニメーションプロデューサーとしてMAPPAに入社し、「坂道のアポロン」「残響のテロル」「BANANA FISH」「さらざんまい」などを手がける。代表取締役には2016年に就任。MAPPA初の劇場オリジナル長編アニメーションとなった「アリスとテレスのまぼろし工場」では企画・プロデューサーを務めている。

堀川憲司(ホリカワケンジ)

P.A.WORKS代表取締役。竜の子プロダクション(現タツノコプロ)、Production I.Gに在籍したのち、2000年に富山に越中動画本舗を設立。2002年に現在の社名に変更した。2018年に公開された岡田麿里の監督デビュー作「さよならの朝に約束の花をかざろう」ではプロデューサーを務めている。11月10日には映画「駒田蒸留所へようこそ」の公開を控える。