髙橋ツトムが語る「孤狼の血」|「仁義なき戦い」の熱量がここにある──リングに上がった男たちの潔い生き方

「車は欲しくない」とか言う若い人に観てもらいたい

──つまり「孤狼の血」は、暴対法成立直前の、一部で批判や焦燥感も芽生え始めた時代だからこそ成り立つ物語と言えるのでしょうか。

そう。ほらよく「車は欲しくない」とか「彼女はいらない」とか言うじゃない、今の若い人って(笑)。そんなの「仁義なき戦い」や「孤狼の血」に出てくるこの男たちにとっては、ありえないことだよね。酒、車、女、金。こいつらの血液は、これだけでできてるみたいなもんだから。

──「仁義なき戦い 広島死闘篇」では、千葉真一さん演じる大友勝利の「わしらうまいもん食うてよお、マブいスケ抱くために生まれてきとるんじゃないの」というセリフもありましたね。

「孤狼の血」より、役所広司演じる大上。

そうそう! まさにその言葉通りなわけ。だからさ、「車いりませーん」「デート面倒くさいです」っていうやつらに、この映画を観てもらいたいよね(笑)。ただ、うまくこの時代と広島という舞台を用意できたとしても、その熱量をきちんととっつかまえて、スクリーンに焼き付けるのは難しいことなんだよ。でもこの映画は、完全に「仁義なき戦い」にできていると思った。最近のほかのヤクザものやギャングものって「ああ、そういうのを作ったのね」ってどこか斜に構えて観ちゃうことがあるんだけど、この映画は観ていてトリップできたんだよね。それは役者たちの熱演のおかげもある。“役者がそろってる”ってよく言うけど、まさにこういうことだと思う。正直、役所広司さんが出ていなかったら、最初の5分であそこまで心をつかまれていなかったと思う。冒頭のインパクトは大きい。

──なるほど。キャストの中からMVPを選ぶとしたらどなたでしょう?

「孤狼の血」より、石橋蓮司演じる五十子(右)。

石橋蓮司さん! ははは(笑)。クラブのシーンで突然、金子信雄級のキャラクターが出てきて、もう目が避けられなかったんだよね。「おーう、ええケツしてるのう」とか言って(笑)。

──石橋蓮司さんが演じた五十子は、憎めないくらい強烈なキャラの憎まれ役という意味で、「仁義なき戦い」で金子信雄さんが演じた山守と同じポジションでした(笑)。

でも、冗談抜きで言うとMVPは松坂桃李くんだと思う。特に後半にかけてのあの顔の変わり方は素晴らしいと思いましたよ。「仁義なき戦い」って、エレガントさもあるじゃないですか。文太さんの立ち姿は、画的にカッコいいし、美しい。そういう部分は松坂くんが担っているのかなと。

「孤狼の血」より、松坂桃李演じる日岡(中央)。

──松坂桃李さん演じる日岡は、役所広司さん扮する大上の、ヤクザと癒着するやり方に不信感を覚え“正義とは何か”に葛藤します。大上のことを正義だと思えましたか?

いや、正義だとは思えないですね。でも、そこの描き方もうまいことやってるんだよね。要するに、ヤクザは飼いならしてまとめなきゃいけない、その役を誰かがやらないと世の中は大変なことになるっていう、本音みたいなものも捉えられていて。「県警対組織暴力」を作っている論理もそういうところだし、正義なんてどこにあるかなんてわからない。「警察じゃけん、何してもええんじゃ」って言っている大上が一番悪いやつという見方もあるし。

完全に昭和のプロレスと同じ

──本作が「仁義なき戦い」ファンを夢中にさせる説得力は、どんなところにあると思いますか?

髙橋ツトム

ヤクザ映画の登場人物って、覆面レスラーみたいなところがあるんですよ。極道というリングに上がっちゃったから戦うしかない存在として描かれている。もちろん、ヤクザ社会から足を洗いたいっていうストーリーの別軸の作品もあるんだけどね。この映画で、日岡は広島大学を出たとか言われてるけど、それ以外に兄弟が何人いるとか、どこで生まれたとか、家庭が大変です、みたいなバックボーンがほぼ出てこないでしょ。それは、もう覆面被ってリングに上がっちゃってるから。

──覆面の下の素顔が、どんな人間であろうと関係ない。

そうそう。リングに上がった人間が何をするのかに重きを置いて、そのニッチな衝動をいかに増幅させてダイナミックに描くか。それが昭和の実録路線が作り上げた見せ方だと思うし、その中でも「仁義」がトップクラスと言われているカギにもなっていると思う。「孤狼の血」は、そういう“「仁義」とはなんだったのか?”という核をとっつかまえていて、俺の大好きな「県警対組織暴力」の論理も入っている。さらに偉そうな言い方になるけど、脚本もちゃんと仕上がっている。

──なるほど。

正直、話の流れは途中で推測できちゃう人もいるかもしれない。でも、そういうことじゃないんだよね。これは完全に昭和のプロレスと同じだから。ロープに相手を投げたら返ってくるし、ロープの最上段に乗ったら相手は下で待つわけ。それはわかっているけど、じゃあどう見せるかっていうことなんだよ。昭和のプロレスは、そのやり方で会場をいっぱいにして、全員を感動させて帰るわけ。プロレスって言われたら作り手の白石(和彌)監督なんかは嫌がるかもしれないけど、これは昭和のプロレスへの純粋なリスペクトを込めて言ってるから。

──様式美や、演出の見事さと言いますか。

そう。俺の商売は、読者がページをめくってもそれぞれの意志で戻ることができるから、相手の時間をコントロールできない。でも映画って2時間をノンストップで見せちゃうのが醍醐味だよね。映画はどんな人が観ても2時間。送り手に繰り出されたものを、ジェットコースターのように味わえるエンタテインメントだと思う。ただヤクザ映画ってけっこう展開がバレバレなものも多くて、「オラァ」とかすごんでりゃいいと思ってる、観てられないようなやつもある(笑)。でも「孤狼の血」は2時間以上あるのに、俺はもうまるで一撃で観ちゃった。観客をここまで集中させられるのはすごいよね。

──確かに、特に後半以降が一気に駆け抜けていく印象でした。

「孤狼の血」より、竹野内豊演じる野崎(左)。

あと昭和のプロレスだといえるもう1つの理由は、キャラが立ってるから。昭和のプロレスって、アンドレ・ザ・ジャイアントが出てきたらもう「今日観に来てよかった! すげえー! でけえー!!」ってなるんだよ(笑)。そういう普通じゃない人が大暴れする、強い者が好き勝手やるっていう、日常を取っ払った面白味があるわけなんだよね。この映画も、一発目に出てくる役所さんをはじめ、キャラクターの説得力があるからこそ成り立っているんだと思う。

「孤狼の血」
2018年5月12日(土)全国公開
「孤狼の血」
ストーリー

昭和63年、暴力団対策法成立直前の広島・呉原。いまだに暴力団組織が割拠する同市では、広島の巨大組織・五十子会系の加古村組と、地場の暴力団・尾谷組の抗争の火種がくすぶっていた。そんな中、加古村組関連企業の金融会社社員が失踪し、それを殺人事件と見た呉原東署のマル暴ベテラン刑事・大上と、新人の日岡が事件解決に挑む。しかし警察組織の目論見や、大上に向けられた黒い疑惑、暴力団それぞれの欲望が絡み、血で血を洗う報復合戦が起ころうとしていた……。

スタッフ / キャスト
  • 監督:白石和彌
  • 原作:柚月裕子「孤狼の血」(角川文庫刊)
  • 脚本:池上純哉
  • 音楽:安川午朗
  • 出演:役所広司、松坂桃李、真木よう子 / 中村獅童、竹野内豊 / ピエール瀧、石橋蓮司・江口洋介

※R15+指定作品

髙橋ツトム(タカハシツトム)
1989年、モーニングに読み切り「地雷震」が掲載されデビュー。1992年より月刊アフタヌーンにて同作の連載を開始。殺人課の刑事を主人公に据え、犯罪者の心理を巧みに描写するハードボイルドな作風で好評を博した。2001年より週刊ヤングジャンプにて連載を始めた「スカイハイ」はテレビドラマ、実写映画化されるヒットを記録。ほか代表作に「鉄腕ガール」「SIDOOH―士道―」「残響」など。現在は月刊アフタヌーンにて「BLACK-BOX」を、ヤングマガジンにて「NeuN〈ノイン〉」を連載しているほか、ビッグコミックの創刊50周年記念企画として2018年6月25日発売のビッグコミック13号に同誌への読み切り掲載が告知されている。
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