熱烈ファンの劇団ひとりが絶賛する「ジョーカー」|心優しい男はなぜ悪のカリスマに変貌したのか?ジョーカー誕生の衝撃的な真実が明らかに

今回のジョーカーが今までで一番好き!

──印象に残っているシーンを教えてください。

アーサーが人気トーク番組に呼ばれたときのことを想像して、家でリハーサルをしてるシーンが印象的でした。痛々しくてたまらなかったけど、あれに近いことってみんなやっちゃうじゃないですか。例えばコンパの前日、最初に席に座ったときの盛り上げ方を考えたり。想像して頭の中でシミュレーションしてしまうのは「わかるなー」って感じでした。

──ひとりさんも昔はそういった妄想を?

僕ら芸人は当然やってますよ。今はさすがにやらなくなったけど、「踊る!さんま御殿!!」のゲスト席に座ってる自分を想像したり。(明石家)さんまさんの「どうなんやひとり!」に対して、僕が「いやさんまさん、それは違いますって!」みたいに、頭の中で勝手にキャッチボールして。そしてアーサーとまったく同じように自分には客席からの大爆笑が聞こえてるんです。収録が終わったあとに楽屋へ来たプロデューサーの「ひとりくん、よかったよ!」に、「ありがとうございます!」って返すところまでシミュレーションしてた(笑)。

「ジョーカー」

──なるほど(笑)。アーサー / ジョーカー役のホアキン・フェニックスの鬼気迫る演技はいかがでした? ジョーカーはこれまでにシーザー・ロメロやジャック・ニコルソン、ヒース・レジャー、ジャレッド・レトといった名だたる俳優たちが演じてきましたが。

素晴らしかったですね。過去に演じられてきたジョーカーがヒントになっているとは思いました。後出しのほうが強い部分もあるけど、そんな中でプレッシャーはすごかったんじゃないかと。いろいろなことをひっくるめて考えると、僕は今回のジョーカーが今までで一番好きです。

──ホアキン・フェニックスにしか表現できていないジョーカーの一面はありました?

まるで勝利の舞のように描かれているダンスがとても印象的でした。少しずつ、でも着実にジョーカーへと変化していくのが表現されている気もしてゾクっとしました。

ロバート・デ・ニーロ演じるマーレイ・フランクリン。

──アーサーが出演を夢見る人気番組の司会者、マーレイ・フランクリンを演じたデ・ニーロはいかがでしたか?

えー、僕なんかがデ・ニーロの演技を語っていいんですか? いつも通りよかったと言っておきます(笑)。勝手なイメージですけど、最近はいい意味で力が抜けてるような重厚感と軽さのバランスがすごいですよね。若い頃のデ・ニーロってやりづらい役者だったんじゃないかなと思うんですよ。でもここ10年くらいは肩の力が抜けていて、僕はそこが好きです。いや、ほんと勝手なイメージですけどね。

アーサーはお笑いを目指して苦しむけど、僕はお笑いに救われた

──アーサーの心は不遇な環境と悲劇によって徐々に追い込まれていきます。ひとりさんはつらい境遇に追い込まれた経験はありますか?

はい。さすがに幻覚を見たり、幻聴を聞いたりすることはなかったですけど、自分が一番アーサーの感覚に近かったのはたぶん16歳くらいのときだと思いますね。

──何をされていたときだったんですか?

その頃、夜間に高校へ通っていたんです。昼間はバイトしてクタクタになって、日が落ちてから学校に行くんですけど、当然逆に全日制の子たちは下校してくるんですよ。すれ違うときに「帰りマック行こうよ!」みたいな楽しげな声が聞こえたり、キャピキャピと青春しているように見えて。対して僕は油にまみれた作業着で夕方から登校してる。自分で言うのも変ですが、僕、中学生のときはそこそこ人気者だったんですね。お調子者だったので「あいつ面白いな」みたいなこともよく言われていて。でも義務教育ではない実力主義の高校に入ったら、勉強もできなかったのでドロップアウトしていく感じがあって、社会に出るってこういうことなんだなと。

──それはなかなか難しい状況ですね。

劇団ひとり

すごく怖かったです。「俺のこの先の人生、大したことは待ってないな」という思いがありました。それまでは自分の父親のことを深く考えたりしたことなかったんですけど、一戸建ての家を持って家族も養うって相当大変なことだぞって思いましたね。毎日クタクタになるまでバイトしても手元に入ってくるお金は少額。それに勉強ができないままだといい就職先も待っていないかもしれないし、俺の人生ヤバいなと……。そのときに感じていた「自分は社会に必要なのか?」と存在意義を見出せないような感覚は、すごくアーサーに近かったと思います。

──きっと誰にでも暗黒時代はあって、アーサーはそこに苦しみますよね。ひとりさんがそういう環境から脱却できたのはなぜなんでしょう?

それは、そのあとにお笑い芸人を目指し始めて、そこで希望を持てるようになったからです。お笑いの世界で一発当てればでかい家に住めるぞみたいな、宝くじ買ったような感じはするじゃないですか。アーサーはお笑いを目指して苦しんだけど、僕はお笑いによって救われた人間ですね。

──もしお笑いと出会っていなかったらどうなっていたと思いますか?

それは今でも時々考えるんですけど、本当にゾッとするんですよ。どうなっちゃっていたんだろうって。高校卒業して何もかもうまく行かず、アーサーのように追い込まれて悪いことをやってしまっていた可能性もゼロじゃじゃないですし。でもありがたいことに、今はすごく幸せですね。妻と子供たちがいて、犬も2匹いて。自分の生活をふと俯瞰で見る瞬間があるんですけど、もしお笑いをやっていなかったら絶対に手に入っていないんだろうなと思います。なんか鳥肌立ちますよね。

──お笑い芸人をやっているからこそ今があると。

だから、僕にとってお笑いは神様に等しい。それによって家族が食べていけてるし、笑いの神様というものを本当に信じてるかもしれないですね。すべての恵みは笑いの神様からもらってるので。

映画の感想のはずが気付いたら人生観を語ってた
「ジョーカー」はそういう作品!

──世の中には昔のひとりさんのように悩みながら過ごしている人たちがたくさんいると思います。そういう人が堕ちていかないためには、何が必要とお考えですか?

「ジョーカー」

何かなあ……端的に言えば希望かな。1つでも希望があれば人間はがんばれると思うんです。お先真っ暗だと思っていると、あとは堕ちていくだけかなと。今はつらいけど、これをがんばった先には光があるかもしれないと信じることが大事かなと思います。勉強やスポーツ、それ以外にもいろいろな趣味とかあると思うんですけど、何かしらの希望を見つけてほしいですね。

──ひとりさんがお笑いに希望を見出したように。

そうですね。ただ難しいのが、見出した希望が世の中に役立つかそうでないかによって人生は変わっていくとも思っていて、自分の希望を意識的に選び取ることはできないですよね。僕はたまたまお笑いで人を楽しませることができているかもしれないけど、極端な考えや犯罪などを希望や野望と取り違えてしまう人もいますしね。

──なるほど。誰かのためになる希望を選べたらいいよね、ということですね。

……映画の感想を話すはずだったのに、気付いたら人生観を語ってました(笑)。でもそれは「ジョーカー」がそういう作品だということです! 単純に「面白かった!」で終わらせることができない深いテーマとメッセージ性があって、アーサーの人生を見ながら切なくてスリリングな人間ドラマを堪能することができます。もちろんジョーカーは悪者ですから100%の共感はできないですけど、完全に否定できない気持ちにもなって感情移入してしまう部分もある。この映画を観たら、ドキドキしながら楽しんだあとに、誰もがふと自分の人生について考えると思いますね。

「ジョーカー」
2019年10月4日(金)日米同日公開
ストーリー

コメディアンを夢見る、純粋で心優しい男アーサー・フレック。彼は一緒に暮らす母の「どんなときも笑顔で人々を楽しませなさい」という言葉を胸に、ピエロメイクの大道芸人として生計を立てており、同じアパートのソフィーに好意を抱く穏やかな男だ。そんなアーサーの夢は、人気司会者マーレイ・フランクリンのテレビ番組に出ること。しかし、想像を超える悲劇と混沌とする社会が彼の心を少しずつむしばんでいき……。

スタッフ / キャスト

監督:トッド・フィリップス

脚本:トッド・フィリップス、スコット・シルヴァー

出演:ホアキン・フェニックス、ロバート・デ・ニーロ、ザジー・ビーツ、フランセス・コンロイほか

劇団ひとり(ゲキダンヒトリ)
1977年2月2日生まれ、千葉県出身。コンビとして1993年にキャリアをスタートし、2000年のコンビ解散後にピン芸人となった。2006年に「陰日向に咲く」で小説家デビュー。自身の小説を原作とした初監督映画「青天の霹靂」が2014年に公開された。2019年、「べしゃり暮らし」で連続ドラマの演出を初めて担当する。