「エセルとアーネスト ふたりの物語」カミーラ・ディーキン(プロデューサー)×片渕須直(「この世界の片隅に」監督)/ 豊田エリーのコメントも|遠い国、遠い時代の“普通の人”を身近に感じる──「スノーマン」作者がつづった両親の物語

「スノーマン」「風が吹くとき」などで知られる英国の作家レイモンド・ブリッグズ。彼が両親の半生を描いたグラフィックノベルがアニメーション化され、「エセルとアーネスト ふたりの物語」として9月28日に封切られる。

1928年の出会いから結婚、子供の誕生、第2次世界大戦、そしてともに老いていくまで、平凡な英国人夫婦の40年間を描いた本作。取り留めもない日常が淡々と描写される一方、両親に対する作者の温かな愛情が注ぎ込まれた。監督を務めたのは、2018年9月にがんのため65歳で惜しくも死去したロジャー・メインウッド。ポール・マッカートニーが本作のために書き下ろした楽曲「In The Blink Of An Eye」がエンディングに使用されていることでも話題だ。

本特集では、本作のプロデューサーを務めたカミーラ・ディーキンと「この世界の片隅に」の監督・片渕須直の対談をお届けする。「この世界の片隅に」で、エセルとアーネストと同時代を生きた“すずさん”を描いた片渕。日常や戦争のリアリティをアニメーションで表現するこだわりを明かしてもらった。さらに親・妻・娘としての顔を持つ女優、豊田エリーのコメントも掲載しているのでお見逃しなく!

取材・文 / 金須晶子 撮影 / 入江達也(対談)

カミーラ・ディーキン×片渕須直インタビュー

過剰なドラマチックさはないけれど、最先端を行っている(片渕)

──「エセルとアーネスト ふたりの物語」をご覧になっていかがでしたか?

「エセルとアーネスト ふたりの物語」より、劇中に登場するレイモンド・ブリッグズ。

片渕須直 “普通の人たち”をかわいらしく描いた作品だと思いました。冒頭は実写のドキュメンタリーになっていて、そこでレイモンド・ブリッグズさんの姿を見ることができるんですが、彼がアーネストそっくりで驚きました。時の流れが感じられ、映画として非常にいい導入でしたね。

カミーラ・ディーキン ドキュメンタリーから始まる構成は、ロジャー・メインウッド監督のアイデアです。レイモンドさんを知らない人もいるかもしれないので、彼がアーティストであることを知ってもらうため、スタジオで絵を描いてもらったんです。

片渕 そうなんですね。

「エセルとアーネスト ふたりの物語」

ディーキン 私も片渕監督の「この世界の片隅に」を観ました。そこでも普通の人々が描かれていて、人々に対して戦争がどんな影響を及ぼしたのかよくわかりました。自分で選んだわけじゃないのに大変な苦労をしたり、つらい思いをしたり。国際的な問題が1人の人生に大きな影響を与えることを改めて思い知ったと同時に、普通に生きる人々をたたえたくなりました。

片渕 ありがとうございます。

ディーキン 「この世界の片隅に」と「エセルとアーネスト」どちらにも言えると思いますが、実写よりもアニメーションのほうが当時の状況を映し出すのに適したメディアではないでしょうか。

片渕須直

片渕 それは僕も同意です。ここ最近、むしろアニメーションのほうが主流だと言っても過言ではないかと。アニメーションはファンタジーを描くものだという認識がありましたが、現実から意味合いを抽出して絵にすることに力を注ぐようになってきている。「エセルとアーネスト」は劇映画としての過剰なドラマチックさはないんですけど、それゆえに最先端を行っていると思います。

ディーキン 「エセルとアーネスト」では、ずっと壁に掛けていた写真の額を外したあと、壁にその跡が残っているところまで描きました。ほんのりした悲しみを感じさせるでしょう? そういう点も実写よりアニメーションのほうがうまく見せられるのではないかと思います。

片渕 時の流れによる変化を描くことができるのはアニメーションの大きな力ですね。

レンガにこだわりすぎて「“レイモンド・ブリック”に名前を変えたら?」(ディーキン)

「エセルとアーネスト ふたりの物語」

──「エセルとアーネスト」では家のレンガの質感など細部まで綿密にこだわったと聞きました。片渕監督も「この世界の片隅に」では、当時の天気予報まで検証するといった突き詰め方をされていました。アニメーションという表現において、リアルさを追求する点でも両作品は共通していると思います。

ディーキン メインウッド監督は究極的にリアルさを追求する人で、時代考証にもこだわりました。それにレイモンド自身が、原作の段階で大変細かく描き込んでいました。1つ面白い話があるんです。背景のレンガを一生懸命描いていたスタッフが、レイモンド・ブリッグズという名前から取って『“レイモンド・ブリック(レンガ)”に名前を変えたら?』と仲間たちに言われていました(笑)。それぐらい、本当にレンガの作業が大変で困っちゃいました。

片渕 僕は、絵本のようでありたいと常に考えながら映画を作ります。絵本は何回も読むもので、読み返すたび新しい発見がありますよね? レイモンドさんの絵本にもそういう驚きがたくさん詰まっています。「この世界の片隅に」を作る際、戦時中のイギリスについても調べたので、「エセルとアーネスト」に出てくるモリソンシェルターやアンダーソンシェルター、学童疎開に行く子供たちが荷札を付けられることなんかは知識として知っていました。でも実際に映像で目にしたとき、その場所に連れて行ってもらえた感覚になったんです。僕にとってアニメーションでディテールを描き込むことは、観客をどこかへ連れていく、その入り口を作ることにつながるんだと思います。

「エセルとアーネスト ふたりの物語」

ディーキン 私が子供の頃、アンダーソンシェルターがまだ庭にある人がけっこういたんです。倉庫として使ってる人もいたり。でも私より若い世代は、そういうものを直接的な経験として知らない。空襲とか食糧不足とか疎開も実体験としては知らないですよね。なので、こういった映画が歴史のレッスンになることを多くの人々に知ってもらえる機会になると思います。

片渕 でも教科書のように説明するタイプの映画ではないですよね。教えようと熱心になりすぎず、彼らの周りにあったものをそのまま描いている。だから興味を引くんだろうなと思います。

「エセルとアーネスト ふたりの物語」
2019年9月28日(土)全国順次公開
ストーリー

1928年、英ロンドン。陽気な牛乳配達員アーネストと生真面目なメイドのエセルは恋に落ち、結婚し、ウィンブルドンに小さな家を構える。最愛の息子レイモンドの誕生、第2次世界大戦中の苦難の日々、戦後の経済発展、静かに忍び寄る老い。どんなことが起ころうと、いつもエセルの横にはアーネストがいた。

スタッフ / キャスト

原作:レイモンド・ブリッグズ

監督・脚本:ロジャー・メインウッド

エンディング曲:ポール・マッカートニー「In The Blink Of An Eye」

声:ブレンダ・ブレッシン、ジム・ブロードベント、ルーク・トレッダウェイほか

カミーラ・ディーキン
映画やテレビ業界で25年以上のキャリアを持つクリエティブプロデューサー。数多くのドキュメンタリーやアート番組を制作したのち、1999年に公共放送局チャンネル4に入社する。2002年、同僚とルーパス・フィルムズを設立した。手がけた主な作品は「スノーマンとスノードッグ」「きょうはみんなでクマがりだ」など。今後の作品に、ベネディクト・カンバーバッチが声で出演する絵本「おちゃのじかんにきたとら」のアニメ映画化がある。
片渕須直(カタブチスナオ)
1960年8月10日生まれ、大阪府出身。日本大学芸術学部に在学中、テレビアニメ「名探偵ホームズ」の脚本に参加。1996年、「世界名作劇場」枠の「名犬ラッシー」で監督デビューを果たす。主な監督作に「アリーテ姫」「マイマイ新子と千年の魔法」など。2016年に公開され、大きな反響を呼んだ「この世界の片隅に」に約30分間の新規映像を加えた「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」が12月20日に全国公開される。