他人事ではなくするのがアニメーションの持つ力(片渕)
ディーキン 片渕監督の作品と私たちの作品は非常に似ていると思います。なぜなら人と人とのつながり、愛、家族を描くからです。もっとも重要な点は、そういうものを描くとき、主人公の周りで歴史的な出来事が起こっているということ。私自身、日本の人々が戦時中にどういう暮らしをしていたか知らなかったので「この世界の片隅に」を拝見して知ることができました。
片渕 確かに、そうですね。
ディーキン ドイツで「エセルとアーネスト」を上映したとき、若い女性が私のところに来て「私たちは戦争と言えば兵士やホロコーストのことばかり教えられてきました。でも映画を通して普通の人々がどうやって暮らしているか知ったことで、自分の祖父母を思い出しました」と言ってくださったのが印象的です。BBCで放映された際にもTwitterで話題になって、レイモンドにトレンド1位になってますよと教えたら、「よくわかんないけどよかったね!」と喜んでました(笑)。感想を読んでみると、多くの若い人たちが「おじいちゃんおばあちゃん、両親に会いたくなった」「当時の話を聞きたくなった」と書いていてうれしかったです。
片渕 「この世界の片隅に」のお客さんも同じような感想を抱いてくださっていました。そういえば劇場公開された当初は、主な客層が40代から50代だったんです。それでしばらく経ったら、劇場側が「親子で来る人が増えました」と知らせてくれて。子供は何歳ぐらい?と聞いたら「子供は40歳ぐらいです!」って(笑)。一度観たお客さんが、親を連れてまた来てくれたということです。90歳を超えたお客さんにも出会いましたよ。
ディーキン 素晴らしいですね!
片渕 そんなふうに、自分は体験できなかった時代を他人事ではなくするのがアニメーションの持つ力だと思います。「エセルとアーネスト」を観たら、今度はよその国の遠い時代のことも自分の体験のように感じられるでしょう。
ディーキン 私もそう思います。
- 「エセルとアーネスト ふたりの物語」
- 2019年9月28日(土)全国順次公開
- ストーリー
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1928年、英ロンドン。陽気な牛乳配達員アーネストと生真面目なメイドのエセルは恋に落ち、結婚し、ウィンブルドンに小さな家を構える。最愛の息子レイモンドの誕生、第2次世界大戦中の苦難の日々、戦後の経済発展、静かに忍び寄る老い。どんなことが起ころうと、いつもエセルの横にはアーネストがいた。
- スタッフ / キャスト
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原作:レイモンド・ブリッグズ
監督・脚本:ロジャー・メインウッド
エンディング曲:ポール・マッカートニー「In The Blink Of An Eye」
声:ブレンダ・ブレッシン、ジム・ブロードベント、ルーク・トレッダウェイほか
©Ethel & Ernest Productions Limited, Melusine Productions S.A., The British Film Institute and Ffilm Cymru Wales CBC 2016
- カミーラ・ディーキン
- 映画やテレビ業界で25年以上のキャリアを持つクリエティブプロデューサー。数多くのドキュメンタリーやアート番組を制作したのち、1999年に公共放送局チャンネル4に入社する。2002年、同僚とルーパス・フィルムズを設立した。手がけた主な作品は「スノーマンとスノードッグ」「きょうはみんなでクマがりだ」など。今後の作品に、ベネディクト・カンバーバッチが声で出演する絵本「おちゃのじかんにきたとら」のアニメ映画化がある。
- 片渕須直(カタブチスナオ)
- 1960年8月10日生まれ、大阪府出身。日本大学芸術学部に在学中、テレビアニメ「名探偵ホームズ」の脚本に参加。1996年、「世界名作劇場」枠の「名犬ラッシー」で監督デビューを果たす。主な監督作に「アリーテ姫」「マイマイ新子と千年の魔法」など。2016年に公開され、大きな反響を呼んだ「この世界の片隅に」に約30分間の新規映像を加えた「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」が12月20日に全国公開される。
本特集では、女優の豊田エリーに「エセルとアーネスト ふたりの物語」の感想を聞いた。イギリス人の父親を持つ彼女は、本作が描写するイギリス特有の空気に懐かしさを覚えたという。2010年に結婚、同年に第1子を出産した豊田。“妻”であり、“親”であり、両親にとって“娘”でもある彼女は、どのような視点から本作を観たのか?
エセル&アーネストの思い出が家族と重なる
始まってすぐ、ブリッグズさんご本人が登場した時点でうるうるしちゃいました。劇中では夫婦の出会いから、人生における出来事1つひとつが丁寧に描かれています。私の祖母も当時にしては高齢出産だったみたいなので、エセルと同じぐらいの年齢で子供を産んだんです。だからエセルと祖母をちょっと重ねてみたり。平凡な夫婦の話だから、自分だけじゃなくてほかの家族の思い出と重なる瞬間も多かったですね。
エセルがちょっと見栄っ張りで上流階級に憧れを抱いているところは、自分の母にもこういうところあるかもって思いました(笑)。“お母さん”ってそういうかわいらしいところがあるものですよね。ボイスキャストも、エセルはちょっとポッシュな感じの発音でしゃべっているのがおかしくて。アーネストは下町のしゃべり方を意識されたそうです。そういう違いも深みが感じられるし、人間味のあるキャラクターになっていると思います。ブリッグズさんが温かい目で両親を描いているのが全編通して伝わりました。
夫婦として理想的な向き合い方の2人
エセルとアーネストが素敵な夫婦だなと感じるのは、お互いの意見の違いを“そういうもの”として受け入れる自然さが1つの理由だと思います。2人の支持政党が違って意見が相反するシーンがありましたが、特に気にしてなさそうに「あらそう」という感じで。意見は我慢せず伝えるけれど、相手を否定するわけではない。信頼感が伝わってきて、夫婦として長い時間を過ごす中で理想的な向き合い方だと思いました。
私の父はイギリス人ですが、エセルとアーネストの家の造りが祖父母の家と完全に同じだったのにはびっくり! 階段やリビングや出窓、2階の部屋の位置まで同じで。一般的なイギリスの家庭の造りなんだなあと感じました。あとイギリス人って、家のことはなんでも自分たちでやりたがるんです。アーネストがガスレンジを自作するのはリアリティを感じました。そして、欠かせないのが紅茶。答えづらいことを聞かれたとき、アーネストが「ちょっと紅茶でも淹れてくる」って席を立ってその場をいったん収めちゃうところにも、イギリスが詰まってましたね。
この映画を一番薦めたいのは、両親です。楽しい部分もあれば切ない部分もありますが、一緒に観たいし、きっと観たいと言ってくれると思います。両親の出会いとかも詳しく聞いたことはないので……この作品を通して「で、2人はどうだったの?」って聞いてみようかな(笑)。私、高畑勲監督の「おもひでぽろぽろ」が大好きで。日常の何気ない会話や、ずっと昔に母が口にしたささいな言葉、なんてことない毎日をそっと思い出させてくれる作品が好きなんです。「エセルとアーネスト」を観て、そんな作品がまた生み出されたことがうれしかった。ブリッグズさんにとってつらい場面もあったと思いますが、個人的で大切な物語を私たちに見せてくれてありがとう、と感謝でいっぱいです。