劇場公開中の「明日の食卓」が本日6月11日よりauスマートパスプレミアムで配信されている。公開から2週間というスピードで配信開始となった本作で描かれるのは、ささいなきっかけで徐々に崩壊していく3つの家庭。椰月美智子の小説を「楽園」「糸」の瀬々敬久が映画化した。
映画ナタリーでは、石橋ユウという同じ名前の息子を育てる母親を演じた菅野美穂、高畑充希、尾野真千子の鼎談を実施。心と体をむしばまれていく母親役の撮影に、3人はどのように臨んだのか? また、今作で一般家庭に潜む闇を浮き彫りにすることを目指したという瀬々の印象や、映画を配信で観ることについての考えも聞いた。
取材・文 / 前田かおり 撮影 / 清水純一
育児の大変さだけでなく、人間賛歌もテーマ
──子育てをめぐって三者三様の母子と家庭の在り方を描いた物語ですが、台本を読まれたとき、どう感じられましたか。
菅野美穂 最初、原作を読ませていただいたんですが、自分自身が今、子育て中ということもあってすごく共感しましたし、子育てされている方は皆さん、自分を重ねてしまうような部分があるお話だなと思いました。台本を手にしたときは去年の緊急事態宣言明けで、育児の尊さと難しさ、壮絶さを考えさせられました。ただ、映画化に当たっては瀬々(敬久)監督の男性の目線が入ることによって、育児の大変さが描かれているだけでなく、人間賛歌のようなところもあって。映画としてはより深く、そして多くの方に当てはまるような要素も加わっているなと感じました。
尾野真千子 私はどの役ということで読んだのではなく、全体的に読ませていただいて。伝えることがすごく多い作品だなと感じて、どの役でも演じてみたくなりました。同時にそれほどやりたいと思うのだから、やらなければいけない作品なんだなと感じました。
高畑充希 自分自身がまだ20代で、10歳の子がいる親をやらせていただく機会はなかったので、今回のオファーにはすごくびっくりしました。それに、台本を読んだだけでとても壮絶な作品になる予感があったので、少し不安にもなりました。でも、菅野さんと尾野さんと同じ画面には映らないけれど、一つの作品でご一緒できる機会なので、ぜひ参加したいと思いました。それから、私自身の役の生活圏が自分の育った地元に近いということも、ご縁を感じました。
精神的にも役柄もボロ雑巾みたい
──演じられた役柄に関して、女性の目から見てどう感じましたか? まず菅野さんからお聞かせください。
菅野 私が演じた石橋留美子は3つの石橋家の中では一番、等身大の女性だと思うんです。子育てが落ち着いてきたから、仕事をしようと社会に出るけれど、そのことでいつもやっていたことがうまくいかなくなったり、家庭の中がギスギスしたり。仕事では復帰したことで昔と今とのギャップに悩んだり……。私自身も2人目が生まれて、この映画が初めての現場だったんです。だから、どんなに準備しても安心できず、毎日が全部後ろに飛ばされていくような留美子の焦りは自分と重なりました。高畑さん演じる加奈の家庭はお互いが思い合うが故にぶつかり合うような問題はあるけれど、理想の親子像だと感じました。一方、尾野さん演じるあすみの家は、周りもうらやむ理想の家庭に見えるけれど、外側と家庭の中のギャップで一番苦しんでいる。がんばっても簡単に変えられるような状況じゃない問題があって。結局、問題のない家庭はないと思いながら、台本を読んでました。
──そんな等身大の留美子を演じるに当たって、どんなアプローチをされたのでしょう。
菅野 自分とは違う役ですというような距離感があるわけではなく、重なる部分もすごくあるんです。ただ、うちは下が女の子なので、2人とも男の子の母親である留美子はもっと大変だろうなと思いながら演じてました。役作りして、固めていくというよりは、ある意味、自分をさらけ出すようなところがあったと思います。撮影期間は短かったんですけど、ほんと毎日カスカス……、もう絞っても何も出てこないぐらいボロ雑巾みたいな気分になって毎日通ってました(笑)。
──尾野さんが演じられた石橋あすみは壮絶でしたね。
尾野 あすみさんのような家庭って、現実にあると思うんです。でも、台本を読んだ時点であまりにも問題が多いから、伝えきれなくなってしまうんじゃないかと心配になって。事務所の人たちともいろいろと話したんです。ただ、3人の中ではあすみが一番問題があるように見えるけれど、よくよく考えてみれば、普通の家庭ではもっともっといろんなことがある。家庭の中では本当に小さなことかもしれないけど、その小さなことがもっと増えたり、大きくなったりするんじゃないのかなと。私自身、母親の気持ちはわからないですけど、台本をヒントにして演じました。肉付けしきれてなかったんじゃないかと思う部分もあるんです。現実はもっとすごいんだと言われるんじゃないかと。だけど、もっとすごいんだと気付かれることで、現実にはこんなこともある、あんなこともあるという話になったら、やったかいがあるのかなと思いました。
──石橋家の中では本当に、一番シビアでした。
尾野 でも、撮影は楽しかったんですよ。それに、もしかしたら、この体験を今後、現実にするかもしれないじゃないですか……。いや、しないかもしれないし、もちろん、しないに賭けてるんですけど(笑)。疑似体験ができる。こういう気持ちが少しでもわかる、気付けることはいい経験だなと思いました。
──高畑さんは初めて10歳の子を持つシングルマザー役を演じられてみてどうでした?
高畑 とにかく現場ではずっとカツカツでした。
──菅野さんはボロ雑巾とおっしゃってましたけど。
高畑 (笑)。そうですね、私の場合は自分の精神的にもボロ雑巾みたいだし、役柄もとにかくお金がないし、頼れる人もいない。閉塞感がある役だったんです。しかも、撮影期間は短くて1週間ぐらいだったので、本当に何をやっていたのか記憶がないぐらい。集中していたというよりは重いシーンが多すぎて、それがギュッと毎日入ってるんです。しかも、すごいスピード感もあって、ぼんやりしてると置いてかれる感じだったんで(笑)。子供との2人だけのシーンが多い中、子役の阿久津(慶人)くんとどうやって距離を詰めたらいいんだろうと悩みながらやってました。
──スクリーンからはそんな距離など感じられないほど、リアルな親子に見えました。
高畑 よかったです(笑)。加奈の家庭は、息子と噛み合っていない部分もありますが、心は通じ合ってると思うんです。互いに相手を思いやることができるいい家族で、ほかの2つの家族が大変なことになってるので、その違いがうまく出せればと思いました。
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シャイで寡黙な瀬々敬久監督との現場は