山本さほ「岡崎に捧ぐ」

夢への背中を押してくれた2人の幼なじみ

岡崎さんが私の思い出の引き出しに油を差してくれる

──岡崎さん本人からはどんなことを言われるんですか?

初恋の相手・小田原さんを笑わせたい一心で奇行に走る山本さん。

最初の頃は「ちょっと恥ずかしい」って感じだったんですけど、最近は「もっと山本さんはヤバかった」って言ってきます。

──今描かれているマンガの中でも山本さんの奇行は目立っている気がしますが……。

私自身、読み返して「山本さんヤバいな……」と思うんですけど、岡崎さんが見てきた山本さんはもっとヤバかったらしいです(笑)。「すごくいい子ちゃん風に描いてるね」「もっとヤバかったんだから、それを描けばいいのに」って言われます。

──あはは(笑)。昔のエピソードはどうやって思い出して描いてるんですか?

岡崎さんから言われた「私きっと、山本さんの人生の脇役として産まれてきたんだと思う」という言葉は山本さんに衝撃を与え、定期的に「あのときはビックリした」と岡崎さんに話していたという。

「なんでそんなに子供の頃を覚えてるの?」ってよく聞かれるんですけど、たぶん私1人だったらここまで覚えてられなかったと思うんです。ただ、岡崎さんが私の小・中学校のときの奇行がすごく好きで。最近でも2人で飲みに行くと必ずその話になるんですよ。「山本さんは小学校のときにこんなことをしてて、誰々さんがこんなふうになってた」って。私も「そういう岡崎さんもこうだった」って言いながら飲むのが恒例になっていて。思えば何回も同じ話をしてるんですよね(笑)。「それ、この前も聞いたな」と思いつつも、面白いから話し続けて2人で爆笑するみたいな。思い出の引き出しを開けないまま10年も経ったらそのまま開かなくなっちゃうと思うんですけど、岡崎さんが私の引き出しに定期的に油を指してくれるので(笑)。その繰り返しのおかげで覚えていた話ばかりです。

──素敵な関係だと思います。

2人で記憶を刺激しあって思い出した話ばかりなので、やっぱりこの作品は岡崎さんの記憶力あってこそなんだなと思います。

ギャグは減るかもしれないけど、ありのままを描こうと思っている

──岡崎さんとの思い出を綴っている「岡崎に捧ぐ」ですが、山本さんは今どんな心境でこの作品を描いているのでしょうか。

「岡崎に捧ぐ」は私と岡崎さんの成長記録なので、子供の頃はただ最高に面白かった毎日も、大人になるにつれてそれだけじゃいられなくなってくる。真面目に考えなきゃいけないこともすごく増えていきますよね。そういう流れの中で、山本さんが徐々に変わっていくところを描いていきたいと思っていて。

──3巻の高校生編では山本さんが思い悩むシーンも多く描かれています。

小学生の頃から変わらず仲のいい山本さんと岡崎さんも、少しづつ大人になっていく。

なので1、2巻に比べるとギャップがあると思うんですね。2巻までのふざけている山本さんの姿を求めている方からすると、3巻以降はギャグが少なくなったなとか、もしかしたら物足りなく感じられるかもしれない。でも本当にそうだったんですよ、私の人生は。高校からギャグが少なくなっていくというか、ふざけていくことが減っていって。そのありのままの姿を最後まで描こうと思っています。

──確かに子供時代のあるあるネタを楽しんだり、「このゲーム流行ったな」って懐かしい気持ちで読めるのはもちろんですけど、「岡崎に捧ぐ」というタイトルを噛み締めて読んでいくと子供の頃の話もなんだか切なく感じるといいますか。このマンガは人生を描いている作品なんだなとしみじみ感じます。

そういうふうに読んでいただけたらうれしいですね。ゴールは決まっているので、今はそこに向かって描き続けているんですけど……。ラストまで読んでもらったら、1巻からの山本さんと岡崎さんの関係に対しての感じ方が少し変わるのかなと思います。

子供のときと変わらず、自分の背中を押してくれた2人

──2014年の10月にそれまで勤めていた会社を退職して、マンガ家1本で活動することを決意されたとのことですが、その当時の心境を教えてもらえますか。

noteにマンガを公開して、いろんな出版社さんから連絡が来るようになったんですけど、私はあんまり出版社に詳しくなかったので、すごく疲れ果てちゃってたんですよ。勤めている会社に不満もなかったし、「私はこの仕事をずっとやっていくんだろうな」ってぼんやり思っていたくらいなので、思ってもみないところからいきなり「マンガ家になれる」っていう選択肢が生まれて「どうしよう」って悩んでいて。そんなとき、岡崎さんに相談したら「マンガ家として失敗しても、この仕事にはいつでも戻れるよ」って言ってくれたんです。マンガ家になるのは子供の頃の夢だったので、そうやって逃げ道を用意してくれた岡崎さんのおかげで気楽に考えようと思い始めましたね。

──ケンカを吹っかけるような形で山本さんを鼓舞した杉ちゃんもそうですけど、本当にいい友人関係ですよね。

……私、子供の頃ってすごい全能感があったんですよ。

──はい(笑)。

「私は何をやってもできる!」っていう、その全能感がやんちゃな性格につながってたと思うんですけど、それが大人になるにつれてどんどん薄くなっていったんですね。「あれ、私って絵下手じゃん」とか「話も全然面白くないじゃん」とか。だんだん「私って普通の人なんだな」って思うようになったんですけど、なんで子供の頃にそこまでの全能感を持ってたかって言ったら、岡崎さんと杉ちゃんがすごく褒めてくれてたんですよ。「山本さんは面白いね」「絵がうまいね」って。言い方は悪いですけど、すごいチヤホヤしてくれる友達だったんですよ(笑)。

──ええ(笑)。

「岡崎に捧ぐ」1巻より。「マンガ家になりたい」という山本さんに、「絶対なれるよ!」と声をかける岡崎さん。

それが大人になって、いろんな人と付き合うに連れて「私は普通の人なんだな」って思うようになっていったんですけど、マンガ家になるきっかけが生まれたときに、2人して子供のときみたいに褒めてくれたんですね。「山本さんのマンガは面白いから大丈夫だよ!」「絵が上手いからマンガ家になれるよ!」って。「岡崎に捧ぐ」の1巻の最後に、岡崎さんが「山本さんなら絶対マンガ家になれるよ」って言ってくれるシーンがあるんですけど、私が「杉ちゃんに『マンガ家になれ』って言われたんだけどどうしよう」って悩んでたときにも、岡崎さんはそれと同じことを言ってくれたんですよ。

──小学生のときと同じように。

なのでマンガ家になるために背中を押してくれたのは岡崎さんと杉ちゃん、幼なじみの2人だったので。本当に感謝してますね。いいお友達だと思います。

山本さほ「岡崎に捧ぐ③」2017年2月28日発売 / 小学館
コミック / 850円
Kindle版 / 756円

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山本さほ「山本さんちのねこの話」2017年2月28日発売 / 小学館
コミック / 680円
Kindle版 / 648円

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山本さほ「無慈悲な8bit」 / KADOKAWA
2巻 / 2017年2月28日発売 / 750円
1巻 / 発売中 / 750円
山本さほ(ヤマモトサホ)

1985年8月1日生まれ、岩手県出身。2014年3月、Webサービス・noteで発表したWebマンガ「岡崎に捧ぐ」が、同年10月にビッグコミックスペリオール(小学館)で連載開始。そのほか週刊ファミ通(KADOKAWA)で「無慈悲な8bit」、まんがライフ(竹書房)で「ひまつぶし4コマ」を連載中。