「山田さん、どれだけ褐色男子好きなの」
──ヒーローである“大型犬男子”アキラを描くときに、どんなことに気を付けていますか?
アキラはちょっとバランスの難しいキャラなんですよね。実際にドーベルマンなので、確かに“大型犬男子”ではあるんですが、最近流行りの“ワンコ系男子”かというとそうでもなく、どっちかというと猫系の要素のほうが強い気がします。ただ猫ほど自由気まますぎな感じもしないし、守ってくれる忠犬タイプだからそこは大型犬男子なんですよね。「ぐいぐい来るし、リードはするけど偉そうではない。それよりかわいげのほうがある」くらいの配分を心がけています。
──1巻の帯には「犬好き女のどストライク」というキャッチコピーがありましたね(笑)。
あのキャッチコピー、誰が考えたんでしょうね(笑)。外見的にはドーベルマンのイメージを壊さないようにマッチョ過ぎず細過ぎずの細マッチョにうまく描けるように注意しています。それと実は連載開始前、一部関係者から「ドーベルマンって褐色のイメージあるし、肌にトーンを貼ろうよ」という提案をけっこう強めに受けたんですが……。
──「紅茶王子」のアッサムや「金マビ」のガウェインも褐色男子ですが、アキラもその可能性が。
また褐色キャラがヒーローになったら「山田さん、どれだけ褐色男子好きなの」って言われちゃうから絶対に絶対に嫌だ、と抵抗して今のアキラになりました。ちょっと心は揺れたんですが。
──本当にお好きなんですね(笑)。「恋犬」はこれまでの山田さんの作品と比べると、直球なラブストーリーで、恋愛色が強めだと感じています。何か心境の変化があったのでしょうか?
掲載誌の編集長の「ちょっとエッチな大人向け少女マンガ描いてよ! ねえ!」という強いリクエスト通りのものを描いた結果です。ただ、紙の雑誌連載から電子の雑誌連載に移行するタイミングで、ちょうどいい機会なのでちゃんとストレートど真ん中を狙ってみようかなと。これまでの作品は、なんとなく気恥ずかしさや天邪鬼が出てしまい、ど真ん中を狙うのを避けて変化球に逃げがちだったので。
──反響が多かったとブログでも書かれていましたが、「恋犬」28話がとても印象に残るエピソードでした。晴れて恋人になったけど、犬化の性質を“呪われた血”といい自分の代で終わりにするために頑ななアキラと、それに疑問を持っていた律歌。アキラの実家に挨拶に行ったことをきっかけに、2人がお互いの思いをぶつけ合う様子が描かれていて。啖呵を切る律歌がカッコよかったですし、泣いてしまうアキラもかわいかったです。
「恋犬」という物語のキーになる部分が「俺の子供を産んで」なので、「これは今の時代どうなんだ? 女を子供を産む道具だと思ってるかのような発言はアウトなのでは?」とモヤモヤしながら描いているところがあったので、そこは否定しておこうと、ああいう流れになりました。初期から考えていたのに7巻でようやくなのは遅すぎる気もしますが(笑)。アキラにもどうしても「俺の気持ちは律歌にはわからない」と思ってしまっている部分があったので、それもぶち壊してやらんとなと泣かしてしまいました。ごめん、アキラ。
──山田さんはこれまでの作品でも“1人ひとりの価値観は違うから、一緒にいたい相手だったらお互いの考えを伝えて、違いを認め合って一緒にいる方法を模索する”ということを描いてくれている気がしていて、それが結実したようなエピソードだと思いました。
読み取ってくださってありがとうございます。確かに、「実際にわかり合えた結果よりも、相手のことをわかりたい・わかり合いたいと思えることのほうが大事」というのはいつも思っているので、作品内にもちょいちょい表れてしまっているかもしれません。作品内でそれを初めて意識して表現したのは、「久美子&真吾シリーズ」の初期の頃、小学生の真吾と高校生の久美子がどうしても同じ方向を見てくれなくて行き詰まっていたときです。当時の担当さんから「恋人同士だからって2人とも同じ方向を向いてなければいけないわけではない。俺は俺でがんばるからお前はお前でがんばれ、というスタンスでもいいんだよ」とアドバイスをもらって、真吾が久美子に自分のシャーペンをあげるエピソードを描きました。
30年かかってやっと描けた「金色のマビノギオン」
──「恋犬」と同時連載中の、「金マビ」についてもお話を聞かせてください。「金マビ」は「アーサー王物語」をベースにした、女子高生のタイムスリップファンタジーです。このインタビューに向けて山田さんの過去作を読み返していたら、「久美子&真吾シリーズ」のときにイギリスに取材旅行をしていたり、「紅茶王子」で「騎士(ランスロット)と姫君(ギネビア)の報われない恋かい?」というセリフが出てきたり、長年「アーサー王物語」を温めていらっしゃった様子がうかがえて。
本当に、30年かかってやっと描けた作品なんです(笑)。もともと世界の民話や童話をよく読む子供だったので、「アーサー王物語」も身近な物語でした。高校生のときに「アヴァロンの霧」シリーズ(マリオン・ジマー ブラッドリー)を読んで、それまで子供向けのおとぎ話だと思っていた「アーサー王物語」を題材にこんなドロドロした大人の作品が書けるなんて!とショックを受けて、私もいつか自分なりの「アーサー王物語」を描いてみたいと思うようになりました。
──山田さんは高校生のときにマンガ家デビューされているので、では本当にデビュー前からの念願だったんですね。
はい。18歳でデビューしたときにも「アーサー王物語」を描きたいという野望はあったんですが、さすがに新人の少女マンガ家が手を出せる題材ではなく、諦めました。画力的にもまだまだでしたし。でも「知識を溜め込んでおく分にはいいよね」と関連文献を読み倒したり取材旅行に行ったりしていました。「久美子&真吾シリーズ」のあとがきに書いたのも、ご指摘の通り「アーサー王物語」の取材旅行です。「久美子&真吾シリーズ」が終わって別の連載を、となったときに「アーサー王物語」を描きたいとプレゼンしまくったのですが、編集部には突っぱねられました。私の実力不足も大きかったですが、当時は「本格ファンタジーは当たらない」とされていたせいもあったと思います。
──そして「久美子&真吾シリーズ」の後、大ヒット作「紅茶王子」が始まったんですね。
「紅茶王子」は予想に反して25巻もの長編になったんですが、そのおかげでマンガ家としてのスキルは確実に身に付きました。この後に「アーサー王物語」が描けるかもしれないから、こっそり練習してみようと「紅茶王子」の物語後半で高貴な身分の中年男女による愛憎劇や痴情のもつれを描いてみたりしました。
──紅茶王子たちの親世代の愛憎劇! 親世代のエピソードは奈子(たいこ)とアッサムが幸せになるためにとても重要な伏線でしたが、まさかそういった意図もあったとは。
そして「紅茶王子」も終わり、すわ!!と思ってまた「アーサー王物語」をプレゼンしたんですが結局通らず。次の「まなびや三人吉三」は打ち切りになってしまって、もう外せないからと、手堅い題材ということで三角関係の学園恋愛もの「空色海岸」を描き始めました。この頃になると、だんだん「アーサー王物語」を描くことへの諦めも入ってきていました。ゲームなどでアーサー王や円卓の騎士がメジャーに扱われることも定着してきた時代だったので、言いようのない焦りも感じていましたが、見ないふりをしていました。そして「オレンジチョコレート」を描き、「桜の花の紅茶王子」を描き、ふと気付くともう40代で、「もしかすると現役バリバリでマンガを描けるのはあと20年ないかもしれない。『アーサー王物語』をマンガにするなら、完結まで絶対10年とかかかるはず……。もう描き始めないと時間なくない?」と焦り始めたんです。
──「今描き始めないとあとがない」と。
ですね。それで「桜の花の紅茶王子」の終盤あたりで、当時の別花編集長に「次の連載でこれを描きたい」と、ほぼ単行本2冊分の量の「金マビ」のネームを提出しました。ほかの連載をしながらもそれだけの量を描いたのは、数十ページだけ見られて見切りをつけられるのが嫌だったのと、熱意を見せないことには動いてもらえないと思ったからです。
──それで、編集長はなんと?
「大変よい作品だと思うし、何より我々も作家さんが描きたいと思うものを描いてほしい。発表場所は提供するし単行本も出せます」という返事で、涙ぐんでしまいました。ただ、売れる路線ではなかったし、いままで白泉社が育ててくれた“山田南平”の作品イメージともかけ離れていた。山田南平のイメージに沿った作品を別で描き、それと同時連載でなら発表できるという約束をもらい、花ゆめonlineで「金マビ」の連載が始まったんです(※現在はマンガParkで連載中)。
絶対ガウェインを王子様役にするぞと決めました
──30年来の執念が身を結んだんですね。「金マビ」では「アーサー王物語」のガウェインをヒーローに据えています。ガウェインを選んだ理由は?
「久美子&真吾シリーズ」のあとがきで書いたイギリス取材旅行のとき、現地で購入した「Sir Gawain and the Loathly Lady(サー・ガウェインと忌まわしき婦人)」の絵本を読んで、「これぞ理想の王子様では!?」と衝撃を受けたのがきっかけです。自分で「アーサー王物語」を描くときは絶対ガウェインを王子様役にするぞと決めました(笑)。
──「金マビ」のガウェインはアキラより大人な印象で、また違ったタイプのモテる男性像ですよね。
アーサーを主人公にした普通の「アーサー王物語」を構想していたときもあったのですが、アーサーは少女マンガのヒーロー像としてはちょっと弱いんです。実姉と子供を作ってしまうし、奥さんを寝取られてしまうし……。
──確かにそれは少女マンガとしては難しい(笑)。
なのでガウェインをアーサーの右腕にして、ガウェインのロマンスを描こう!と。
──ガウェインがヒロインのたまきのことをかなり大事にしている様子が描かれていて、まさに少女マンガのヒーローです。「金マビ」でお気に入りのエピソードはありますか?
2巻に収録されている「君主の剣」です。アーサーが石に刺さった剣を引き抜くシーンは、「アーサー王物語」の中でも一番描きたい部分でした。「金マビ」オリジナルのシーンで挙げるなら、すぐに思いついたのは6巻に収録される22話の、ランスロットがマーリンを雪に例えるエピソードです。常々思っていたことがやっと描けた、という気持ちになりました。あと絵的には、3巻12話のラストに描いた真の体からマーリンが魂を抜き取るシーンと、4巻15話でアーサーの剣の模様がアンナ(たまき)のドレスに移るシーンです。すごくいい絵が描けた!と我ながら満足しました。
──ストーリー全体を登山に例えると、現在の「金マビ」は何合目くらいでしょうか?
うーん、3合目くらいかもしれません……。まだふもとのほうが近いですね。「金マビ」は私にしては珍しく最後まで全部決めてある作品で、ここまでの流れも最初の予定とずれたり変化した部分はないです。ただ、ここまで描くのにまさかこんなに時間と巻数を使うとは……という部分が予想外でした。死ぬまでには完結させたいので体力がある今のうちに巻いていきます!
──「アーサー王物語」をテーマに描く楽しさ、難しさはどのあたりにありますか?
「アーサー王物語」をよく知っている人でもまったく知らないひとでも楽しめるようにするのはどうしたらいいのかな、という塩梅が最初は難しかったです。私はよく知ってる立場の人間なので、私の感覚でズンズン進むと読者さんがおいてけぼりになるから用心しないといけない、と思って。でもそこはタイムスリップするキャラを3人にしたことで解決しました。
──というと?
「アーサー王物語」について「よく知ってる人は真視点」「キャラの名前くらいは知ってるという人は広則視点」「全然知らない人はたまき視点」で読んでもらうよう意識すれば、描く私自身も「あ、ここはちゃんと説明しないとたまきがわかんないな」と思えるんです。描く側にとっても助かってます。
──確かに、それで言うと私は広則視点で読んでいます。アーサー、ランスロット、トリスタンといった名前は知っていて、剣を引き抜くとか不倫するとかストーリーも聞き齧っているけど詳しくはない。でも「アーサー王物語」を知らなくても、登場キャラクターたちの感情やストーリー展開が波瀾万丈でどんどんページをめくってしまうんですよね。山田さんの描き方が斬新だからかもしれません。ネタバレなのであまり言えませんが、あの有名なランスロットが実は……という設定はびっくりしました(笑)。
詳しい読者さんが「なるほどそうきたか、やられた!」という反応をしてくれたときは、うれしいし楽しいです。オチがバレている物語でも、描き方や導き方によって斬新なものにすることはいくらでもできるので。
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「紅茶王子」と「久美子&真吾シリーズ」の思い出