山田南平が画業30周年を迎えた。「オトナになる方法」を軸とした「久美子&真吾シリーズ」、大ヒット作「紅茶王子」の印象が強い読者も多いだろう。山田は現在「恋するMOON DOG」で60万部を突破するスマッシュヒットを飛ばし、30年温め続けた題材の「金色のマビノギオン ―アーサー王の妹姫―」も同時連載、そして2021年に「イケメン騎士を拾ったんだがどうしたらいい?」でBL誌デビューも飾った。30周年でマンガ家としてますます充実する山田に、1万字超えのインタビューを実施。現在の連載から過去作の秘話までじっくりと語ってもらった。
また交流のあった花澤香菜、「紅茶王子」ファンで、ドラマCD版で奈子を演じた潘めぐみからのお祝いコメントも到着。2人と山田のエピソードをお見逃しなく。
取材・文 / 三木美波
やっぱり人には“推し”が必要
──1991年のデビューから30周年、おめでとうございます!
ありがとうございます。すごいですね、生活の一部としてマンガを描いていたら30年も経っていました。
──「久美子&真吾シリーズ」「紅茶王子」といったキャリア初期の作品をリアルタイムで読んでいたファンは感慨深いでしょうね。
一番思うのは、やっぱり30年ずっと読み続けてもらえているというありがたさです。読み支えてくれる読者さんたちがいてくれたからこそ、ちゃんと第一線で描き続けてこられたので、本当に本心から「読んでくださってありがとうございます」と感じています。30年ずっと追っているわけではないし、「恋するMOON DOG」(以下、「恋犬」)だけしか読んでない、という方でも私の作品を見つけてくれる方がたくさんいることが本当にありがたいです。
──山田さんは現在、花ゆめAiの「恋犬」、マンガParkの「金色のマビノギオン -アーサー王の妹姫-」(以下、「金マビ」)に加え、花ゆめの電子BL誌で「恋犬」のスピンオフも連載しています。さらに挿絵や装画のお仕事もされていて……。近年の仕事量には驚かされますが、今の月産枚数はどれくらいですか?
70枚くらいです。花ゆめ本誌で隔週連載をしていた20代から30代くらいの頃は月産60枚くらいで、そこから月刊誌の別冊花とゆめに移って月産45枚くらいに落ちたんですよね。それで40代を過ぎて「金マビ」を描き始めた頃から、月刊誌の45枚に加えて「金マビ」を25枚描いていて「あれ? 70枚? これ隔週連載してるときより月産枚数増えてるね?」と気付き(笑)。自分でも驚きました。
──その原動力はどこにあるのでしょうか。
40代手前のときは「もう若い頃みたいにたくさん描けないや」なんて言ってたんです。そこからちょっと経ったあるとき急に「待って、今40代ってことはあと20年くらいしかマンガを描けないかもしれないってこと?」と気が付いて、いきなり怖くなって。でもやっぱり、実際に描く意欲はそんなに盛り上がってなくて、ただ焦りだけが大きくなっていた状態でした。「これはよくない、無理矢理にでも何かに萌えなければいけない気がする」と思い、2016年くらいに当時娘がハマっていた「刀剣乱舞」を教えてもらったんです。手を出してみたらこれが大当たりで、「うわー、自分もほかの人に萌えを供給したい!」と激しく思って火がつきました。
──山田さんが大倶利伽羅のグッズを集めていらっしゃるのはブログで拝見してました(笑)。やっぱり、自分が心から萌えたり、感情が動いたりすることって大事ですよね。
はい。そこから海外ドラマ、アメコミ、商業BL、海外BLドラマとかいろんなものにハマれるようになってマンガを描くのも楽しくなったし、人生も楽しくなったし、やっぱり人には“推し”が必要なんだなと実感しました。何か嫌なことがあったり、気分が上がらないときでも「あっ、そうだあれを見よう」という依存先がたくさんあると、人生が本当に楽になるんですよね。そういうのがないと、考えても仕方のない嫌なことを考え続けちゃうから。私も誰かの依存先になれるものを描けたらいいなと思って、マンガを描くようになりました。
──BLにハマったということですが、「イケメン騎士を拾ったんだがどうしたらいい?」(以下、「騎士どう」)で2020年にBL誌デビューされましたね。花とゆめ編集部発の電子BL誌・Trifle by 花とゆめの創刊号表紙を飾りました。
男の子同士の恋愛ということでは、(「久美子&真吾シリーズ」に登場する)ジョナサンと広子(ヒロシ)を描いた「BOYS BE AWAKE!」が初のBL作品だと思います。でもあちらは掲載誌が少女マンガ誌だったので、自分的には「騎士どう」のほうが“初BL作品”という気持ちがしますね。先ほどお話ししましたが、萌え探しをしていたときの延長で商業BLを読んでみて、まんまとハマりました。今まで知らなかったんですが、すごいんですね、商業BLの世界。
──どんなところがすごいですか?
まず皆さん絵がお上手で、それに絵柄も最先端なので、とても勉強になります。
──山田さんはブログで、金髪キャラの髪に描き込まれる“金髪線”や黒髪キャラのツヤベタといった、時代によって変わる作画表現に言及していらっしゃいますね。
30年も描いていると絵柄もマンガ表現もどうしても古くなっていくので、ある程度で新しい流行を取り入れて変えていかなければいけないんです。若い作家さんの絵は刺激になるし、ためになります。あと商業BLは少女マンガと違って、攻め(ヒーロー)キャラクターの幅がすごく広いんです。少女マンガのヒーローのような攻めも多いんですが、少女マンガだと受け入れられづらいとんでもない変態やクズ、ヘタレなヒーローでも普通に魅力的に描かれているし、需要があるんです。それで「商業BL、面白いなー!」とずぶずぶハマって、いろんな作品を読みました。
──それで、BLを描いてみたくなった?
はい。「商業BL描いてみたい」と言っていたら、別花時代にお世話になっていた担当さんから「今度花ゆめから電子BL誌を出すんですけど、山田さん描いてくれませんか?」とお話をもらえて飛びつきました。欲望を垂れ流しておいてよかったなと今では思います(笑)。
「恋するMOON DOG」、最初の設定では犬になるのは女の子のほうだった
──トリマーの女性・律歌と、ドーベルマンに変身できる青年アキラの恋を描く「恋するMOON DOG」。この設定が生まれたきっかけを教えてください。
最初はまったく違う設定だったんです。犬になるのは女の子のほうだったし、主人公カップルも成人ではなく今まで描いてきた感じの高校生同士でした。
──え、そうだったんですか。
でもその設定で70枚くらいのネームを描いて提出したら「大人向け少女マンガ誌なので、主人公たちは成人してるほうがいい」と全部ボツになって。どんな話だったらいけるのかと編集長に聞いてみたところ、「自立した大人の女性のところに、ミステリアスな青年が転がり込んできて共同生活が始まる話」というとても具体的な例を出されたんです。
──まさに1話のあらすじですね(笑)。
最初に提出したネームは連載用のものだったので先の展開も考えてあって、途中から犬化する体質の少年がライバルとして登場する予定でした。「じゃあその少年が青年に育って、別の女性のところに転がり込む話にしたらいけるんじゃ?」と思って。
──それがアキラということですよね。もしかして、7巻に登場する志保とユキくんが最初に描いたネームの主人公カップルですか?
気が付きますよね、そうです(笑)。
──志保とユキくんはすごくキャラが立っていたので印象に残っていました。「恋犬」の主人公・律歌をトリマーにした理由は?
いきなり道にドーベルマンが落ちてても、一般人は保護して連れ帰ろうと思わないだろうから犬のプロがいいだろうと。でも獣医という設定だとキャラクターの振り幅や自由度が少なくなっちゃうし、と考えてトリマーにしました。そんな経緯で第1話が完成して。編集長からの「ちょっとエッチな大人向け少女マンガ描いてよ! ねえ!」という要望が強過ぎた結果、「恋犬」が生まれたんです(笑)。
──あはは(笑)。「恋犬」は7巻までの累計で60万部を突破し、2021年には第12回ananマンガ大賞を受賞しました。山田さんご自身は、「恋犬」の何が読者を惹きつけているとお考えですか?
自分では「絶対ここが受けたんだろう」という決め打ちができないので、的外れなことを言っているかもしれませんが、やっぱり設定がキャッチーであることは大きいと思います。悔しいですが、「自立した大人の女性のところに、ミステリアスな青年が転がり込んできて共同生活が始まる話」に人気が出るだろうという編集長の目論見が当たったということですね。
──編集長、慧眼です。ただ、真新しい設定というわけではないですよね。
そうですね。なので「恋犬」ならではの部分というと、やっぱり犬要素なのかなと。ヒーローが獣人だったり、獣化したりする恋愛ものは多いですが、ヒーローキャラ以外のその“獣”自体の身近な要素までしっかり取り入れて描く作品ってあまりないと思うんです。読者さんにも実際に犬を飼ってる人や過去に飼っていた人は多いし、そういう方が見て「あるある」と思える犬や、犬と暮らす生活の要素を、アキラやアキラ以外のほかの犬たちを含めて描写できたところが受けた要因な気はします。
──すごくわかります。絶世の美少女スピッツ・イズーちゃんを見てると「自分がかわいいって知ってる犬、いるよね」と微笑ましいですし、トイプーの桃次郎のちょっとおバカで生意気な態度は自分の実家の犬を思い出します。フレブルやジャーマンシェパード、ゴールデンレトリバーといった犬種も登場していて、全員個性豊かだしそれぞれの物語があるんですよね。
「主人公2人の恋愛より犬たちを見てるほうが楽しい」という読者さんもたぶんいると思うんです。“犬マンガ”ではなく“恋愛マンガ”で犬たちをきちんと描けたのが、読者さんに受け入れられた部分かな、と。
──「恋犬」では犬を飼うには覚悟が必要なこと、そして犬と一緒に暮らす楽しさも描かれています。犬をテーマにした作品は、いつ頃から描きたいと思っていたのでしょう?
「紅茶王子」の連載中かもしれません。でも当時は自分には犬をちゃんと描く画力がまだないと諦めていました。それでも描きたいと思ったので、「空色海岸」で初めて犬を登場させてみたんですが、やっぱり自分の力不足を痛感して、しばらく控えていたんです。それから「もうさすがに描ける」と思い立って、やっと「恋犬」で描けました。
──物心ついた頃から犬がそばにいた、と「紅茶王子」のあとがきに書かれていましたね。
はい。動物を飼うと絶対に看取らなければいけなくて、看取った後はどれだけ大事に飼っていても山のような後悔が押し寄せます。若い頃は、飼い主としての練度が上がれば後悔しない飼い方ができるようになるだろうと思っていました。でも人生で4匹目の犬を看取ったときに「これはもう、どんなに完璧に世話をしても絶対に後悔はする。逆に大切にすればするほど感じる後悔もある」と理解しました。そんないつも後悔するのに、どうしてまた犬を飼うの?というのもよく聞かれるので、自分なりの理由は「恋犬」の作中で描きました。やっぱり、犬と暮らすのがやめられません。今は5匹目の犬と暮らしていて、私も今年50歳になるので「自分の年齢的にも責任持って看取るにはこの子が最後かな?」とも思っています。一番後悔が少ない結果になるといいと思って、今を大事に楽しく暮らしています。
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