コミックナタリー PowerPush - 冨明仁「ストラヴァガンツァ-異彩の姫-」

花も恥じらう鉄仮面ヒロイン ジェントル・エロスの新境地

鉄仮面はもっとも「異」なもの

この1コマだけ見ても「世界王室会議」には、様々な種族が出席していることがわかる。

──仮面ギャグという切り口を見せた読み切りから一変。連載が始まると、シリアスな物語が幕を開けます。この変化は一体?

たしかに笑いの要素は少なくなりましたが、鉄仮面の女王がいるファンタジー世界という点では地続きのものを描いているつもりです。連載前の読み切りは3本あったんですが、その中の1本が「世界王室会議」というネタで。

──世界中の王が集まって会議をしている様子を描いた話ですね。

そこに出席している他国の王には、エルフだとかドワーフだとか人間以外の種族もかなり混じっているわけです。鉄仮面の女王がいる世界なのだから、これぐらい不思議な感じにしてもいいだろうと。この1回しか描かないつもりでいたんですが、逆に自分の思うファンタジー観を素直に提示できていたなと。そういう異種族が一緒に存在している世界を見せたかったんです。

──しかし多様な種族が暮らす世界の中でも、仮面の女王という存在はひときわ異彩を放っている。まさに「異彩の姫」ですね。

「ストラヴァガンツァ」というのはイタリア語ですが、英語で言うとストレンジ、異なる者という意味。多種族が混在する世界を描くに当たって、大きなテーマになっているのが「他者と理解し合えるのか」ということなんです。わかりあえないということは、お互いに奇妙なやつだと思い合っている状態ですよね。仕事とか友人関係とかに限らず、時には家族ですらぶつかることもある。種族が違ったら断絶はもっと大きいに違いない。ビビアンは、その断絶の中心にいるもっとも「異」な者なんです。

冨明仁

──鉄仮面は、理解できないものの象徴ということですか?

誰の目にも異様に映るということは、極端な状態ではあるけどフラットですよね。誰にもわからないのだから。しかし彼女が鉄仮面をつけているからといって、誰ともわかりあえないということもない。

──たしかに、ビビアン女王は自分の国ではとても慕われています。

仮面をつけていても、彼女の周りにはわかってくれる人がいるわけです。逆に素顔を見せたからといって、誰とでも意志や気持ちが通じるとも限らない。3巻ではビビアンが仮面を外し、女王という身分を隠して旅に出ます。お嬢様で周りに味方しかいなかった彼女が、わかりあえない相手と出会ったときどうするのか。ここから、よりテーマに踏み込んだ話を描いていけるんじゃないかと思っています。お嬢様だったビビアンが、本当の意味でどんどん強く美しくなっていく予定です。

作品世界への没入感は、いまがピーク

──異種族が混在する世界を描くということで始まった物語ですが、第1巻では人間以外ほとんど出てきませんでした。

平和な王国を脅かす猛獣・ウンバの設定を書き留めたスケッチブック。

広い世界を描くにあたって、真ん中にある日常の部分を最初に見せておきたかったんです。普通の人間の暮らしがあって、別の場所には異種族がいて、そういった部分部分をつまみ出して描いていきながら、マンガの中の世界が少しずつ広がっていくのがいいなと。そのためには1巻分くらい使って、しっかり主人公の暮らしを描く必要があると思いました。

──その日常は、凶暴化した猿・ウンバの出現により破壊されてしまいます。これはショックでした。

ウンバに襲われてどうする!ってなったときに、編集さんから「冨さんなら、どういう選択肢を取る?」と問われて。自分なら、いったん逃げて助けを求めると答えたんです。助けを求めるならば、自分にはないものを持っている相手じゃないといけない。

──そこで生まれたのが、巨人族のセポイヤ?

セポイヤの男女、ウンバ、人間のサイズ比較。巨人セポイヤの男は、人間の5倍以上。

実は読み切りで描いた「世界王室会議」の時点で、ほかよりも少し大きい人が紛れ込んでいるんです。連載では異種族という点を強調して、フォルムは違うものに作り変えていますが。

──作品の世界観、キャラクターと、すでに読み切りの時点でパズルのピースは揃っていたんですね。

その揃ったピースをはめ込んで、世界を広げていっている状態ですね。でも頭の中には、まだまだ外に出していない設定とかキャラクターもあります。

──読者はマンガを通して冨さんの世界を見ていると。

そうなっていれば、嬉しいです。描き始めた当初、もっともっと自分の世界に入り込めと担当さんから言われていたので。単行本も3巻目になりましたし、より読者を引き込んでいきたい。いただいたジェントル・エロスという称号を胸に、色々な部分でも楽しませていけたらと思います!

スケッチブックをめくりながら、作品の世界観を語る冨。 設定を書き留めたスケッチブックは3冊にまたがり、どのページを開いても冨ワールドが広がっていた。
冨明仁「ストラヴァガンツァ-異彩の姫-」3巻 / 2015年2月14日発売 / 670円 / 株式会社KADOKAWA
あらすじ

民に、友に、自らに――ビビアンは誓う。愛する国を守り、甦らせることを!
巨森族の助けを借り、ミテラは復興への一歩を踏み出した。だが一方で、ウンバ狂乱の謎は解き明かせぬまま、深まっていくばかり。愛する国と民のため、仮面女王ビビアンは“彼女にしかできない”大胆な行動に出る……!豊かな画力で繰り広げられる戦闘群像劇、第3巻。物語はついに核心へ!

冨明仁(トミアキヒト)
冨明仁

東京都生まれ。2006年、コミックビームFellows! vol.2(エンターブレイン)掲載の読切作品「もっと もっと…!」でデビュー。2008年、Fellows! vol.1にて初連載「彼女の彼」を開始。以後、精緻なだけでなく美しく温かみのある人物・背景描写で読者を虜にし続ける。「玲瓏館健在なりや」全2巻、短編集「柔らかい女」「艶やかな女」の単行本4冊を刊行しており、現在ハルタ(KADOKAWA エンターブレイン)にて長編作品「ストラヴァガンツァ -異彩の姫-」を連載中。