映画「スパイダーマン:スパイダーバース」特集 武井宏之インタビュー|「まるで魔法にでも掛けられた気分でした」作品の世界に本気で飲み込まれる、まったく新しい映像体験

劇中でスタン・リーが登場する場面は、不覚にも泣いてしまいました

──では、武井さんにとって特に記憶に残ったシーンを挙げるとすると?

武井宏之

うーん……スタン・リーさんの登場シーンですかね。

──マーベル作品には毎回必ずカメオ出演されていたスタン・リーさんですが、今回もしっかり出番がありましたね。残念ながら昨年11月に逝去されて……。

僕は幸運にも、「機巧童子ULTIMO」という作品でスタン・リーさんと一緒にお仕事をする機会に恵まれましたので。劇中で彼が登場する場面は、不覚にも泣いてしまいました。ネタバレになってしまうので具体的には言えませんが、あのシーンに登場するアイテムが、後々布石として後半のストーリーに効いてくるんですよ。物語上、重要な「転」の部分になっているシーンだったので。本当によくできた話だなと思います。

──スタン・リーさん、実際にはどんな人柄の方でしたか?

まさに今回のカメオキャラみたいな人でしたよ。何か大変なことがあっても、ニカッと笑ってジョークを言えるような……。そういう芯の強さを感じさせるカッコいいおじいちゃん。その辺の若僧にはちょっと真似ができない。

──マルチバース設定の本作では、次元を超えてさまざまなスパイダーマンが登場します。武井さんはどのキャラクターがお好きでしたか?

それぞれに特徴があって、全員よかったです。自分はマンガ家なので、本音を言うと個々のキャラクターより、それらを同時に成立させるテクニックの方に気がいってしまうんですが……。ロボットに乗ったペニー・パーカーちゃんとか、日本の2Dアニメっぽい質感でかわいいですよね。あと、ギャグマンガのブタさんみたいな彼の名前が、スパイダー・ハムっていうのも面白かった(笑)。今回は日本語吹替版で拝見したんですが、1930年代タッチのスパイダー・ノワールの声を大塚明夫さんが担当されていて。めちゃくちゃ渋くてハマってました。

「スパイダーマン:スパイダーバース」より。 「スパイダーマン:スパイダーバース」より。 「スパイダーマン:スパイダーバース」より。

──あのハードボイルドなスパイダーマン、英語オリジナル版(字幕版)ではニコラス・ケイジが演じているそうですね。

へええ、それもぜひ観たいです。

師弟関係というのは物語を動かす大きなエンジンになる

──武井さんの「シャーマンキング」も、善悪さまざまなチームが力を合わせてシャーマンファイトに挑む物語でした。チーム同士の闘いを描くということで、何か共通する部分を感じる部分はありましたか?

いや、自分の作品とはあまり結び付かなかったかな。この作品のユニークさはやはり、スパイダーマンという同一キャラのバリエーション同士がチームを組むところだと思います。彼らみんな異なるユニバースからやってきて、それゆえ外見の雰囲気は違うけど、それぞれの世界でヒーローであることは変わらない。似たような立場で、似たような苦悩を抱え、そして全員が大切な何かを失うという経験をしている。主人公のマイルス少年が、そういった分身みたいな仲間たちから「大いなる力には、大いなる責任が伴う」という大切な真理を学んで成長できるのかどうか。そこが物語のテーマなので、「シャーマンキング」とはむしろ逆方向なんですよ。

「スパイダーマン:スパイダーバース」より。 「スパイダーマン:スパイダーバース」より。

──なるほど。

こういう同一キャラクターによる絆というのは、日本のコミックやアニメではなかなか難しい。1つの作品を複数のクリエイターが分業で描き分けるという、アメコミ文化の土壌があってこそ成立しえた世界という気もしますね。後半、スパイダーマンたちが力を結集し、あるミッションのために立ち向かっていくところは本当に新鮮で、気分がめちゃくちゃ上がりました(笑)。

──マイルスの成長ということで言うと、大きいのはやはり別次元からやって来た中年ピーター・パーカーと、同じ学校に通う女子のスパイダー・グウェンですね。特にピーターとマイルスの師弟関係は、どこか少年マンガを思わせる面白さもあったりして……。

武井宏之

そうですね。少年マンガに限らず、師弟関係というのは物語を動かす大きなエンジンになるので。ただ、普通は圧倒的優位に立つマスターが弟子を鍛えるという構図が多いけれど、この映画は逆。むしろ弱さを抱えたダメ師匠が若き弟子と出会い、教えることを通じて自分もまた成長するというパターンです。これはこれで定番というか、王道的な展開ですごく面白かった。実際に僕は、この2人の会話をもっと観ていたいと思いました。中年ピーターのやさぐれた雰囲気が妙にリアルで……。なんかいい奴だなって共感します。

──いい加減で、不摂生で、体型も崩れかけていて。それでいて別れた恋人のMJには未練タラタラのキャラクターですけれど(笑)。

ははは(笑)。男なら誰しも、多少はそういう部分があるんじゃないですかね。しかも本作ではマイルスが葛藤を抱え込むのとシンクロして、ダメ中年だったピーターの顔つきも締まっていくじゃないですか。「誰もがヒーローになれる」「運命を受け入れろ」というテーマは、彼の表情の変化にも表れていると思う。それもまた「スパイダーマン:スパイダーバース」のいい部分じゃないかなと。僕自身はこれまで、無条件で師匠とか兄貴と呼べる人とは出会ってこなかった。だから物語内でもこういう関係性を観ると、素直に羨ましいです。

僕にとっては“魔法の塊”という気がしました

──以前の取材で武井さんは、「マーベルの作品からはいつも、キャラクターがどうあるべきかを学べる」ということをおっしゃっていました。ビジュアルから内面まですべて含めて、キャラの立たせ方がすごいと。それでいうと今回は?

いや、本当に鮮やかだったと思います。マンガを描いているとよく感じますが、キャラクター作りって不思議な仕事なんですよ。生身の人と違って、どこかで必ず単純化をしなくちゃいけない。でも、いろんな特徴や属性を組み合わせるだけでは、生き生きとしたキャラは作れない……。人間のある側面をうまく切り取ったり象徴させたりして、受け手が気持ちを投影できるポイントを作らなきゃいけません。この映画はその兼ね合いをすごく高いレベルで行っている。マイルスもピーターも、グウェン・ステイシーも、全員そうですよね。

「スパイダーマン:スパイダーバース」より。 「スパイダーマン:スパイダーバース」より。

──確かに。すごくわかる気がします。

デフォルメされたキャラクターであるのは確実なんだけど、それがどうやって成り立っているのか、もはや想像がつかない。半端な分析を寄せ付けないくらい、話し口調から表情、言ってる内容から行動まで、すべてリアルで自然でしょう。僕にとっては“魔法の塊”という気がしました。マイルスの成長物語ではあるけれど、安易に敵をやっつけるお話じゃないのもよかった。

──では最後に、例えば近しい人や、武井さんの読者に「スパイダーマン:スパイダーバース」の魅力を伝えるとしたら、どんな言い方をしますか?

最初の感想に戻っちゃうけど、やっぱり映像ですかね。映画を観ていて、その世界に本気で飲み込まれることってそうないと思うんですよ。だから、これを読まれた方には「とにかく映画館で観てください。まったく新しい映像体験ができるから」とお伝えしたい(笑)。僕自身、いつもは割と冷静に構図や配置をチェックするんですが、今回はまるで冷静に分析できなかった。なので、また劇場に足を運んで、少しでも“魔法”を紐解いてみたいと思っています。

武井宏之