映画「スパイダーマン:スパイダーバース」特集 武井宏之インタビュー|「まるで魔法にでも掛けられた気分でした」作品の世界に本気で飲み込まれる、まったく新しい映像体験

第91回アカデミー賞長編アニメーション賞を受賞した映画「スパイダーマン:スパイダーバース」が、3月8日に公開される。ニューヨークのブルックリンに暮らす普通の少年マイルス・モラレスを主人公にした本作は、時空が歪められたことにより、異なる次元で活躍するスパイダーマンたちが一堂に会する中、マイルスが一人前のスパイダーマンになるため奮闘する姿が描かれる。

コミックナタリーでは「シャーマンキング」「機巧童子ULTIMO」などで知られる武井宏之にインタビューを実施。「ここ数年で出会ったアニメーション作品では、ずば抜けたレベル」と本作を絶賛する武井に、映画の感想をたっぷり語ってもらった。

取材・文 / 大谷隆之 撮影 / 新妻和久

映画「スパイダーマン:スパイダーバース」

ニューヨーク、ブルックリン。マイルス・モラレスは、頭脳明晰で名門私立校に通う中学生。彼はスパイダーマンだ。しかし、その力を未だうまくコントロールできずにいた。そんなある日、スパイダーマンことピーター・パーカーの突然の訃報が。彼の死は、闇社会に君臨するキングピンが時空を歪めたことでもたらされたものだった。

「スパイダーマン:スパイダーバース」より。

「彼に代わって守る」そう意気込むマイルスの前に、死んだはずのピーターが現れる。彼はキングピンが歪めた時空に吸い込まれ、まったく異なる次元=ユニバースからマイルスの住む世界にやってきたのだ。マイルスは真のスパイダーマンになるため、ピーターを師としてともに戦う決意をする。さらにユニバースで活躍するさまざまなスパイダーマンが集められて……。

武井宏之インタビュー

「シャーマンキング」の武井宏之が、スパイダーマンを描き下ろし!

映画を大絶賛する武井宏之が描き下ろしたスパイダーマンたち。 映画を大絶賛する武井宏之が描き下ろしたスパイダーマンたち。

ここ数年で出会ったアニメーション作品では、ずば抜けたレベル

──まずはご覧になった率直な感想から教えてください。

すごくよかった! 控えめに言って最高、でしたね(笑)。「スパイダーマン」シリーズとかマーベル原作ものという括りは外して、ここ数年で出会ったアニメーション作品では、ずば抜けたレベルだったんじゃないかな。

──おお。絶賛、激推しじゃないですか。

はい。そう書いてもらって構わないです。

──本作「スパイダーマン:スパイダーバース」は歴代の「スパイダーマン」シリーズ初のアニメ映画ですが、何がそんなに響いたんですか?

まずはやっぱり映像ですね。その表現スタイルの新しさ、凄み、勇気。そして何より自然さ。何もかも引っくるめて驚愕しました。今回の作品ってベースはいわゆる3Dアニメですが、そこにいろいろと別のタッチが入ってくるじゃないですか。手描き風とかアメコミ風とか、日本の2Dアニメ風とか。

「スパイダーマン:スパイダーバース」より。 「スパイダーマン:スパイダーバース」より。

──そうですね。混在感、マッシュアップ感がすごかった。

驚いたのは、そのすべてが完璧に馴染んでることなんですよ。ただ単に複数のタッチを混ぜるのは簡単だけど、この映画の場合、ミックスする作業がそのまま新しい世界観を生みだしている。だから観始めるとすぐ混ざっていること自体が気にならなくなる。スクリーンで展開されている膨大な情報量がすごくスムーズに頭に入ってくるでしょう。気が遠くなるような手間と時間を注ぎ込まないと、こういう作品は絶対に生まれない。

武井宏之

──確かに資料を見ると、通常の3Dアニメーション作品に比べて、ほぼ倍の時間がかかっているとあります。すべてのCGフレームに手描きの要素を加え、さらに複雑かつ込み入った行程によってブレンドしていると。

ですよね。まさにそこが、僕が感動した部分で。クリエイターたちの気合いが伝わってきて、久しぶりに「新しい表現、来た!」と感じました。色遣いも本当におしゃれですしね。あれだけ映像に凝ると、普通は絵面のほうばかりに気が行きがちだけど、ちゃんとストーリーに感情移入できる作りになっているのがとにかくすごい! 表現は超先鋭的なのに観客にとっては違和感ゼロ、という。その辺りのバランスは、とことん計算しつくされている印象でした。

まるで魔法にでもかけられた気分でした

──3Dアニメーション特有の、つるっとした質感も希薄です。

そうそう。シーン内容に応じて、画面の色味や温度感もかなり細かく変えていますよね。ときには紙のコミックに近い、ザラッとした手触りも感じさせたり。しかもそういった細かい努力が、「スパイダーマン:スパイダーバース」の作品設定と見事に重なっているでしょう。マンガ家的には、そこにグッとくる。

──どういうことでしょう?

この映画って要は、ある企みによって時空が歪められ、いわゆる多次元世界が現実化しかけちゃう話ですよね。異なる次元と次元が交差すると世界がまるごと消滅してしまうかもしれない。そういうマルチバース設定って、本来違う質感を持つべき存在が混在している状況とも言い換えられるので。

──なるほど。映像のユニークさが、そのまま設定を物語っている。

さっきも言いましたけど、それは作り手からすると、テクニックはもちろんすごく勇気が要るチャレンジだと思うんですよ。当然、観客が戸惑って物語に入りづらくなるリスクは高まりますし。下手をすれば作品自体がめちゃくちゃに破綻してしまうかもしれない。創作者の立場から言うと、説得力のある世界観はやはり、統一感のあるタッチなりトーンによって保証されているものなので。でも本作はそこに果敢に挑んで、しかも成功している。まるで魔法にでもかけられた気分でした。おそらく僕の理解をはるかに超えた技や工夫も、山ほど詰まっているんだと思います。

「スパイダーマン:スパイダーバース」より。 「スパイダーマン:スパイダーバース」より。

──以前のインタビューで“アメコミ愛”、“マーベル愛”について熱く語っていただきましたが、じゃあそのなかでも本作は……。

いち映画好きとしてはもちろん、プロのマンガ家としてもそうとう激しく心を揺さぶられました。本音を言うと、最初はあまり期待してなかったんです(笑)。もちろん歴代の実写版「スパイダーマン」は一通り観ていて、どれもそれなりに楽しんではいたんですけど……。シリーズ初のアニメ映画と聞いても、正直「へええ、そうなんだ」くらいのテンションだった。その意味では完全に裏切られました。まさかここまでとは想像していなかった。

平凡な男の子を主人公にしたことで、「誰もがヒーローになりうる」というテーマが際立った

──作り手の挑戦ということでは、主人公が変更されたことも大きかったですね。ずっと「スパイダーマン」シリーズを背負ってきたピーター・パーカー青年が冒頭でまさかの死を遂げ、彼の意志はある偶然からマイルス・モラレスという13歳の少年に受け継がれます。彼のキャラクターはいかがでしたか?

舞台は変わらずニューヨークですけど、父親が黒人の警察官で母親がプエルトリコ系の看護師という設定がいかにも現代的で面白いなと感じました。ただ、人物の造形的にはむしろオーソドックスというか……。思春期の悩みを抱えた世界中どこにでもいる男の子で、いわば普遍的なキャラクターですよね。このフツーっぽさも、僕はすごくよかったと思います。

「スパイダーマン:スパイダーバース」より。 「スパイダーマン:スパイダーバース」より。

──といいますと?

やっぱり観客にとっては、自分に近いキャラクターのほうが感情移入しやすいでしょう。しかも平凡な男の子を主人公にしたことで、「誰もがヒーローになりうる」という作品の根本的なテーマも、よりわかりやすく際立った。

──そこは「運命を受け入れろ」というキャッチコピーとも重なります。

うん、まさに。「今このアニメーションを観ているあなたにも、そういう瞬間がやってくるかもしれない」という作り手のメッセージですよね。今回のマイルス少年は、その感じがよく出ていた気がします。たとえば彼が暮らすブルックリンの家や身につけている服など、ディテールの描写もリアルで楽しいし……。もちろんニューヨークの土地柄もあるとは思うんですけど、いわゆるマイノリティ的な描かれ方ではなく、本当に普通の男の子って感じがしました。

──考えてみればマイルス少年の目下の悩みは、父親の強い希望で編入した新しい学校になかなか馴染めないこと、でした。

要するに、世界中のいろんな人が共感できる設定ってことですよね。そういうベース部分のお話の作り方も、目立たないけれどうまいなと思います。あと、話がちょっと飛びますけど、ストーリーにおける「巨大加速器」の見せ方にも感心しました。何がいいって、細かい説明がほとんどない(笑)。異なる次元を引き寄せる、この映画内でもっとも重要な装置なんだけど。劇中では誰もが、その存在を当たり前に受け入れているでしょう。

「スパイダーマン:スパイダーバース」より。 「スパイダーマン:スパイダーバース」より。

──ああ、言われてみればそうですね。

制作者からすると、ここ重要なポイントなんです。観客のわかりやすさだけを優先すると、ついつい説明的なセリフを置きたくなる。例えば「あの装置はいったいなんだ?」とか「バカな! 時空を歪めるというのか!?」みたいなね(笑)。でも今回は、マイルス少年が通う学校の授業でさりげなくアインシュタインの相対性理論が出てくる程度で。しょうもない説明ゼリフやリアクションはほぼなかったでしょう。だから話のテンポもよく、すごく気持ちよかった。