清水玲子の画業40周年を記念した原画展「清水玲子原画展」が、11月23日から東京・サンシャイン60展望台・てんぼうパークで開催される。1983年に「三叉路物語」でデビューして以来、美麗かつ力強い線を活かしたSFや、カニバリズムや猟奇殺人をテーマにした骨太なサスペンスなどで読者を魅了してきた清水。初開催となる原画展では、代表作「輝夜姫」「月の子 MOON CHILD」「秘密 -トップ・シークレット-」のカラーイラストのほか、デビュー前に描いたイラストなどが会場を彩る。
コミックナタリーでは原画展開催を記念し、清水にインタビューを実施。「白い紙と鉛筆さえあれば楽しかった」という子供時代や、会社員生活を送りながら投稿作を描いたデビュー前、悪夢に苛まれたという「秘密 -トップ・シークレット-」発表前夜など、40年間のさまざまな思い出を明かしてもらった。原画展の見どころのほか、現在もフルアナログにこだわる作画作業の裏側も語られている。
取材・文 / 小田真琴
「白い紙と鉛筆さえあれば楽しかった」子供時代からデビューまで
──この度は画業40周年、おめでとうございます! このインタビューではマンガ家・清水玲子のルーツを探っていきたいと思うのですが、先生はどのような子供でしたか?
子供の頃から紙に絵を描くっていう作業そのものが好きでしたね。白い紙と鉛筆さえあれば楽しく絵を描いていました。
──その頃にはどのようなマンガを読んでいらっしゃったのですか?
中学生の頃は文月今日子先生と萩尾望都先生が私にとっての二大巨頭でした。でもマンガ仲間の親友が萩尾先生の大ファンだったので、じゃあ萩尾先生はあなたに譲るよ、私は文月先生、って(笑)。
──なんて贅沢な2択(笑)。文月先生の作品の魅力とはズバリどこにあると思われますか。
圧倒的に絵がお上手なんですよね。草とか花とか、とっても情緒豊かに描かれていたので、先生の作品が掲載されている雑誌をすごく楽しみに毎月買っていました。あとは一条ゆかり先生とおおやちき(大矢ちき)先生も大好きでした。
──絵がお上手な方ばかりですね!
本当にそうですね。物語でも楽しむんですけど、どちらかといえば絵を見てうっとりとすることが多かったように思います。絵が好みでない人は一度ざーっと読んだらそれでおしまい。単行本を買ったりはしませんでしたね。
──当時は学生のうちにデビューされる先生方も多かったですね。
あの頃は成田美名子先生とかくらもちふさこ先生とか、才能がある人はみな高校生デビューするイメージがありました。昔で言うと一条先生とか里中満智子先生も高校生の頃にデビューされていますよね。やっぱりそれくらいの歳で私もデビューしないとダメだと思っていたんですが、投稿はしてみたものの、なかなか受賞できませんでしたね。
──デビューまではどのようにして過ごしていらっしゃったのですか?
九州の衣料品メーカーで事務職をしていました。支社が自宅から徒歩5分のところにあったので、近くていいな、と。ほかの方は仕事が終わるとみんなで遊びに行ったりしていたんですけど、私はどこにも行かずにすぐ帰宅して投稿作を描いていましたので、「清水さんって家で何してるの?」なんて不思議がられましたね。
──まさにその最中の1982年、「フォクシー・フォックス」で白泉社の「第9回LaLaまんがハイ・スクール(LMHS)」佳作を受賞しましたね。
その会社には18歳で入社して、20歳で辞めちゃったんですよ。2年間勤めたら退職金をもらえるというので(笑)。まだ正式にはデビューが決まっていなかったものですから、その後は家でずっと絵を描いていました。1週間に1枚くらいのペースで、ちょっと耽美的な絵。どこにも掲載するあてはないんですけど、楽しかったです。
「ちゃんと描いたらみんなわかってくれるんだ」 分岐点となった「22XX」
──翌年、「三叉路物語」がLaLaに掲載され、念願のデビューを果たされました!
でもこの頃は描きたいものが固まっていなかったんですよね。絵が描きたくてマンガ家になったものですから、お話を考えるのが苦手でした。いっそ誰か原作を描いてくれないかしら、なんて思っていましたね。
──そうした状態はいつ頃まで続いたのでしょうか?
1992年に「22XX」を描くまでですね。それまでは自分の方向性がフラフラしていて、これでちょっと決まったかなって感じがしたんですよね。ダークな感じを描いた初めての作品だったので。
──テーマはカニバリズム(人肉食)。いくら許容範囲が広いLaLaとはいえ、かなり冒険だったのでは。
編集さんがとても理解がある方で、「このままいきましょう」って言ってくれたんです。そうしたら読者の反応もすごくよかった。あ、こういうふうにちゃんと描いたらみんなわかってくれるんだなと、そう思えた初めての作品ですね。
──「22XX」は少女マンガ史のみならず、日本SF史上に残る名作です。SNSなどで話題に上ることも多いですよね。
自分の分岐点になった作品なので思い入れがあります。たまにエゴサーチすると、いまだに支持してくださっている方に遭遇したりしてうれしいです。でもけっこう皆さんタイトルを間違えていて(笑)。「2200」とか……。
──正しくは「22XX(ニーニーエックスエックス)」です! そしてその「22XX」の延長線上に、「輝夜姫」も「秘密 -トップ・シークレット-」もあるわけですね。
こんなに死体がたくさん出てくる作品を、少女マンガというジャンルで描いてていいのかな、気持ち悪いとか怖いとか言って、みんなに拒絶されるんじゃないか、っていう恐怖はずっとありました。「秘密 -トップ・シークレット-」なんて、発表するまでは毎晩、夢でうなされてました。こんなシリアスでグロいマンガじゃだめだ、もっとこう、人気の出そうなキャラクターとか描かなきゃ……って、眠りながら考えていました。
──でも先生の絵は、たとえそれが殺人現場の絵であっても、そこには気品さすら宿っているような、圧倒的な美しさがあります。「輝夜姫」までは花とゆめコミックスの新書判でしたが、「秘密 -トップ・シークレット-」になって判型が大きくなったことで、絵の魅力をより堪能できると、ファンの方は喜んだのでは。
「秘密 -トップ・シークレット-」で思い出すのは、単行本の1巻を準備していたときに、当時の編集さんが「大友克洋先生の『AKIRA』みたいな豪華本にしようとして、上の人に怒られた」と聞いたことですね(笑)。
──そんな「秘密 -トップ・シークレット-」のスピンオフシリーズ「秘密 season 0」もメロディの10月27日発売号からいよいよ連載が再開されます。
はい、2年半ぶりですかね。
──連載再開までの間、新型コロナウイルスの流行があり、戦争もありました。清水先生としても思うところも多かったように思うのですが、いかがでしたか。
ロシアのウクライナ侵攻があったときは切なかったですね。ウクライナのキーウには、「月の子 MOON CHILD」の取材で訪れたことがあったので。
──まさに「月の子」連載中のことでしょうか。
連載してる途中で、中盤くらいだったかな。これはやはりキーウに行かないとよくわからないなという部分があったので、行かせてもらったんです。
──物語ではチェルノブイリの存在が大きな鍵を握っています。原発事故現場の近くにも行ったのですか?
そのとき同行していただいていた方が妊娠初期だったので、ちょっと怖いなと思って近くには行かなかったんです。キーウを中心に現地の方のお話を聞いたり、現地のバレエ団に取材をしたり。同行した方が、バレエ関係者との伝手をお持ちだったので、バレエ学校やバレエ団をたくさん見学させてもらったのは、よい思い出です。キーウはとてもきれいな街でした。
──「月の子」というタイトルがまさにそうなのですが、先生の作品では子供が重要な役割を果たすものが多いように思います。最近の「秘密 season 0」では子供が物語上の鍵となっていますよね。これは意図的にそうしていらっしゃるんですか?
子供が被害者だったり加害者だったりするとやはりインパクトがあるのでつい使っちゃうというところはあるかもしれません。連載再開後のお話も行動遺伝学をベースにしているので、やっぱり子供が登場しますね。
──行動遺伝学というのはどういった学問なんですか?
わかりやすく言うと、私たちの性格や知能、行動はどの程度遺伝の影響を受けているのか、というところですね。10巻までのエピソードは行動遺伝学の例となるバリエーションを描いてきたとも言えるかもしれませんね。
“取り返しのつかなさ”もアナログの味、初開催原画展の見どころは
──さまざまにお話を伺ってまいりましたが、先生が40年間描き続けてきた数々の絵をついに間近で見ることができる機会として、原画展が開催されます。いよいよ開催が間近に迫ってまいりましたが、今回の原画展はどういったきっかけで企画されたものなのですか?
「秘密 -トップ・シークレット-」もだいぶ長いこと描いてきましたし、絵も溜まってきましたから、そろそろ画集が出したいんです、というお話を編集さんにしたんですよね。「了解です!」というので楽しみにしていたら、「原画展をやることになりました!」ということで、おや、ちょっと話が大きくなってるぞと(笑)。
──意外なことに今回が初めての原画展だとか。
デビューして数年たった頃にファンクラブの皆さんが小さなギャラリーを借りて小規模なものをやってくれたことはありましたけど、公式開催で大規模なものは初めてです。
──展示する絵のセレクトは先生ご自身でなさったんですよね。
ええ。まずは好みで選んで、ただそれだけだと似たような絵ばかりになっちゃうので、意図的にバラエティに富むようにはしました。「輝夜姫」の頃だったら装飾がキラキラしたものが気に入ってますね。あの頃はやたらと細かく描くのが好きで、王族の衣装っぽいものとか一生懸命描いていました。
──多くのマンガ家さんはデジタルに移行してしまったので、文字通り“原画”と呼べるものがなかなかありません。今や原画展ができるということ自体が貴重です。先生は現在でもフルアナログですか?
はい。10年ぐらい前に、色塗りだけでもデジタルでやったほうが、やり直しもできるしいいですよって薦められて、勉強したことがあるんです。でも1時間もディスプレイを見ていると、もう気持ち悪くなってダメ。発光してる画面をずっと見ていることができないんですよ。
──アナログゆえの悩みというのはありますか?
デジタル化が進み、アナログの道具の需要が減って、どんどんなくなってしまっているんです。紙は成田美名子先生が使っていたというクレセントボードという銘柄を使っていて、とても描きやすいきれいなボードだったのですが、ネットや画材屋さんでは手に入りにくくなってしまいました。今はキャンソンボードという銘柄を使っています。ボコボコと畳の目みたいな凹凸が出ちゃうのがちょっと気になるんですけどね。あと、1色原稿で使うスクリーントーンがどんどん廃番になっていくので、困っています。LUMAのカラーインクもなくなっちゃいましたし……。
──そうした中で、やはり技法の面でも変化があったりするのでしょうか。
たとえば「秘密 season 0」の10巻の装画の主線は鉛筆で描いてるんですよ。普通のHとかHBの鉛筆です。淡く、ソフトな感じに仕上がるので、最近は鉛筆ばっかりですね。鉛筆で軽く主線を描いた上にカラーインクで仕上げています。実は「月の子」のときにも主線は色鉛筆で描いてから色を塗ったりしていたので、それにまた戻ってきたとも言えますね。
──作家さんによっては年とともに画風を変える方もいらっしゃいますが、先生の絵は、テクニック上の変化はありつつも、画風としては一貫していますよね。
そうですね。40年間そんなに変えていないほうだと思います。もうなんかこの描き方しかできないんですよね。
──ほかのマンガ家さんの原画展に行くことはありますか?
先日は松苗あけみ先生の原画展にお邪魔しました。松苗先生のカラーはとてもきれいなので参考にさせていただきました。ぶ~け(集英社)のページを切り取ってファイルに保存したりして。あとやはり内田善美先生というすごい人がいらっしゃいましたよね。なんというか、絵の1枚1枚が芸術作品のようなものを発表されていたので、ああいう作家さんが前にいると、自分はまだまだだなって思って描いています。
──ご自身では自分の絵の特徴をどこらへんにあると考えていらっしゃいますか?
うーん、植物を描くことが多いですかね。植物は昔から好きなんですよ。描いておけば何かというと場を持たせてくれる。それも花よりかは葉ですね。「秘密 -トップ・シークレット-」は主要な登場人物が男性ばかりなので、花ではなく葉が多くなっています。(アルフォンス・)ミュシャとか(マックスフィールド・)パリッシュが好きで、植物をデザインしながら装飾に使うという感じが気に入っているんですよね。人物よりも植物を描くほうに時間をかけているかもしれません。
──そういえばデビュー前に描いていた絵も展示されるんですよね。
そうです。最初のほうでお話した、会社を辞めてからデビューするまでの間に描いていたものです。昔の写真用のアルバムに1枚ずつ貼ってとっておいたんですよね。デビュー後、カラーが締切に間に合いそうにないときに、そうやってとっておいた絵を流用したこともありました(笑)。
──原画展ではそのほかに何か珍しいものはありますか?
LaLaの全プレのタロットとかでしょうか。
──これはすごいですね!
大アルカナしかなかったんですけど、のちに全部描き足して商品化したんです。もう30年くらい前ですかね。
──最後に原画展の見どころを先生ご自身から紹介していただけますか?
自分でも気に入った絵は編集さんに渡す前にカラーコピーを取って保存しているんですけど、そんな絵がたくさん展示される予定です。特に気に入っているのは、たとえば「秘密 season 0」の10巻のカバーにもなっている薪の絵でしょうか。
──先ほども少しお話に出た、鉛筆で主線を描いたという絵ですね。
そうです。葉っぱの影がシャツに落ちているので、同じように顔にもがっつり影を描かなきゃいけないんですけど、でもあまり描きすぎてしまうと、失敗したときに取り返しがつかないので、怖々と影を入れた記憶があります。顔に濃い色を乗せたらもう元には戻せないんですよね。首くらいまでは思い切って影を入れてるんですけど、顔はなかなか入れられませんでした。
──そういう感覚もアナログゆえですよね。
そうなんですよね。こういうときにデジタルだったら、とりあえず描いてみて、失敗してもすぐに元に戻せるのでしょうけど、アナログだとそれはできない。でも、その取り返しのつかない感じ、一発勝負であるところにこそ、アナログのよさがあるのだと思います。
──データではなく、モノとして存在する先生の絵の魅力を、多くの方に堪能していただければと思います。来場者特典のプレゼントには先生のスペシャルメッセージもあるそうなので、そちらもぜひ楽しみにしていただきたいですね。
ちょっと恥ずかしいのですが……(笑)。私自身も、とっても楽しみにしています。
プロフィール
清水玲子(シミズレイコ)
3月26日東京都生まれ、熊本県育ち。1983年に「三叉路物語(ストーリー)」でデビュー。流麗な絵と寓話や言い伝えをモチーフにしたSF大作で多くの読者を惹きつけ、2002年に「輝夜姫」で第47回小学館漫画賞を受賞。その他の代表作に、大人の女性になることの不安を人魚姫伝説になぞり描いた「月の子 MOON CHILD」、2008年にTVアニメ化、2016年に実写映画化された近未来サスペンス「秘密 -トップ・シークレット-」、ヒューマノイドのジャックとエレナを主人公とするSF「竜の眠る星」「22XX」などの“ジャック&エレナシリーズ”がある。2015年からはメロディ(白泉社)にて「秘密」のスピンオフ「秘密 season 0」を連載中。